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レジスタンスがあるからこそ、強くなれるしおもしろい/セーラ・マリ・カミングス

レジスタンスがあるからこそ、強くなれるしおもしろい/セーラ・マリ・カミングス

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時代を鋭く斬るコラムニストとして活躍する深澤真紀さん。「草食男子」の名づけ親としても知られる深澤さんが、今、注目しているキーワードが「免疫美人」なのだそう。

ひと時のブームに流されたり、他人との幸せ比べにとらわれたりすることなく、自分が持つ魅力も弱さも知って、自分を守る知恵を備えている女性。"自分の持ち物=ありもの"を最大限に活かして、しなやかに、強く生きる女性――。そんな「免疫美人」な生き方を教えてくれる女性たちに、深澤さんが会いに行き、話を聞く対談連載です。

前回までの対談記事はこちら

小布施の町おこしで話題になったアメリカ人女性が、新しい活動を始めようとしている」と聞き、深澤さんが向かったのは、長野駅から車で20分ほどの山里。車がやっと通れるほどの坂道を進んでたどり着いたのは、建て替え工事の最中にある古い民家でした。

「ようこそ! こんにちは」。山間に吹き抜ける初夏の風のように明るいブロンドヘアをなびかせながら現れたのは、セーラ・マリ・カミングスさん。

栗菓子と日本酒の老舗「小布施堂」を中心に「古き良き日本の文化が息づく町の再生」に着手し、独創的な発想力と類いまれなる実行力で注目を集めた女性です。文化発信イベント「小布施ッション(オブセッション)」の開催、地元に縁のある画家・葛飾北斎を前面に出した「国際北斎会議」の誘致といったセーラさんの実績は、魅力的な町づくりのモデルケースとなっています。そんなセーラさんが、拠点を移し、始めようとしているチャレンジは何なのでしょうか。

アメリカ人女性が「地上の天国」で始めた場づくり

20140715_sarah_2.jpg拠点となる古民家をバックに。右の建物は畑で収穫した野菜などを蓄える貯蔵庫として、左の建物は事務所として使用する予定。

深澤:ここに来る前に、小布施に行ってきたんですけど、相変わらず素敵な町ですね。セーラさんが大改装した桝一酒造のレストラン「蔵部(クラブ)」での食事も、とってもおいしくて空間にも引き込まれました。ただ、こちらはまだ工事中なんですね。ここが取材先かとちょっとびっくりしました(笑)。

セーラ:実はここで取材を受けるのは初めてなんです。ここ、長野市若穂保科に移ってきたのは、実はつい最近のことです。約6000坪の土地を借りて、この地区に暮らす"人生の先輩たち"の知恵を借りて農業を始めました。家屋の工事も1か月後には完成している予定です。

深澤:何を始めようとされているんですか?

セーラ:農業を中心としたコミュニケーションの場づくりです。ここ若穂には、日本人が忘れかけている原風景がまだ残っています。ホタルやカエルが庭に集まってきたり、家の中を通り抜ける風と一緒にトンボが家の中に入ってきたり。自然と共に生きる暮らしは、日本家屋という建物そのものにも象徴的に表れています。私は、初めてこの家に来て満点の星空を見たときにとても感動して「地上の天国」だと思いました。この場所を使って、地域の老若男女の交流を促進する場の提供や、農業体験ができるツーリズムを企画中です。世界のクリエイターを集めてイベントをするのもおもしろそうでしょう!

深澤:たしかに、里山の風景は、日本人が忘れかけている宝ですよね。私も両親が育った山梨県の家がまさにこのようなつくりだったので、縁側に弱いんです。ここに座っているだけで不思議なくらい落ち着いて、東京に帰りたくなくなりますね。

「元気にしたい」から挑戦する

20140715_sarah_3.jpg(写真右上)栗菓子工場「傘風舎」の入り口では、小布施堂に縁のある画家・葛飾北斎の「傘風子図」が迎える。(右下)桝一市村酒造場の酒蔵の一部を改装した和食レストラン「蔵部(クラブ)」。蔵人が酒造りで泊まり込む時期に食したシンプルな「寄り付き料理」を提供する。(左下)酒造場の改築でセーラさんがこだわったのは看板。グラフィックデザインは原研哉さんに依頼し、富山まで職人を訪ねて「時を経るほどに輝きがにじみ出る」プラチナ箔で仕上げた。(左上)昭和30年代に廃れた「木桶仕込み」の酒造りを復活させたのもセーラさんの実績。

セーラ:里山は風景も素晴らしいですが、人も素晴らしい。私は農業について地域の先輩方に毎日教えていただいていますし、キノコ狩りにも連れていってもらったんです。

深澤:セーラさんのお話で、「里山」の持つ力について思い出させてもらった気がします。「里山」って、100%自然でもなく、100%人工でもない、「人の手が入った自然」。つまり、先人の知恵が結集された暮らし方なんですよね。

セーラ:そうです。でも残念ながら、里山の風景は日本の各地でどんどん失われています。私は、ここ若穂で里山を再生して地域を元気にするチャレンジをしたいんです。名づけて、「かのやまプロジェクト」。日本の歌「ふるさと」に出てくる「かのやま」を、みんなの心に取り戻そうというプロジェクトです。

深澤:「かのやまプロジェクト」! いいですね。「かのやま」は「彼の山」だけど、セーラさんの込めた意味は「みんなにとってのそれぞれの山」。小布施ではすでにある「小布施堂」「桝一酒造」というブランドをより活性化する試みだったと思いますが、「かのやまプロジェクト」はきっと「何もない」ところから始める挑戦なんですよね。だからこそ、どこででも応用できるモデルにもなれる。

セーラ:そのとおり! 私もワクワクしています。

深澤:小布施に恋したセーラさんにとっての「セカンド・ラブ(二度目の恋)」が若穂だったということですね。

セーラ:ファースト・ラブかな(笑)。それくらい夢中です。

「必要なものがなければ、自分たちで作ればいい」

20140715_sarah_4.jpg起伏のある広い敷地は、野菜畑、鶏小屋、リンゴ畑など表情豊か。近々、ヤギも飼い始めるそう。「昔ながらの日本家屋は来客を迎えるスペースを重視し、家族が生活する面積は控えめでした。私たちもその文化に準じて、家屋の3分の1ほどのスペースを自宅にし、それ以外は皆さんに使っていただける場所として開放したいと思っています」とセーラさん。

深澤:素朴な疑問ですが、どうして若穂だったんですか?

セーラ:2006年に結婚した夫と出会った当初、彼が暮らしていたのがここだったんです。彼が主催したパーティに呼ばれてここに来たら、とても気に入って。彼もアメリカ人で英語教師として日本に暮らしていて、私と同じくらい日本文化に興味を持っていたんですね。私も山の中で暮らしたいと思っていたけど、暗い夜道が怖くてひとりではできなかった。でも、彼と一緒なら大丈夫だから、それも都合が良かったですね。

深澤:"怖いものなしの台風娘"と言われたセーラさんにも怖いものってあったんですね! でも、その怖いものを克服してくれる存在がご主人だと。

セーラ:そうかもしれないですね(笑)。"台風娘"って言われていたときも、私自身はそんなふうに意識していなかったんです。でも、周囲にそう思われることで、かえって仕事はラクになりましたよ。

深澤:その頃のことを、少し聞かせていただいていいですか。今の取り組みもそうですが、小布施時代もセーラさんは「日本人が忘れかけている大切なものを再発見」してくださる方だと思うんです。その視点はどこから生まれるものなんですか?

セーラ:地域の先輩方に直接聞いて昔のことを教わったり、地域で保管されている写真を何千枚も見たりすると、酒蔵の壁に使われる建材の変遷など、いろんなことがわかります。ここ若穂も、何もないようで、きちんと文献を調べていくと、昔は地元で力のある人たちが山に登って定例の月見の会を開いていたという記録が見つかって、ぜひ残したい文化だと思いました。私は、私が好きになった日本の姿が消えてしまうのが嫌なんですそういう危機感を持ったら、足元でできることを探して、行動するだけ。

深澤:そして、再発見した「伝統」を、私たち日本人が思いつかないくらい斬新な手法で新しい形に発展させて残すのがセーラ流ですね。日本で活躍したアメリカ人女性として語り継がれる人としては、日本国憲法の草案作成に関わって男女平等の思想を取り入れたというベアテ・シロタさんが有名ですけれど、セーラさんは第2のベアテさんにもなり得る存在じゃないかと私は思っているんです。

セーラ:とんでもない。私は自分のやり方で「必要なものがなければ、自分たちで作ればいい」とやってきただけです。

できないことは人に任せて、人がやらないことをやる

20140715_sarah_5.jpg小布施町には、セーラさんのインスピレーションを刺激するスポットが点在。北斎が晩年に描いた「八方睨み鳳凰図」の天井絵が飾られる岩松院(写真右上)は、その色あせない筆致に「伝統を未来につなぐパワー」をもらうそう。600年前に作られた石段が名物の浄光寺(写真右下、左下)は、「日本笑顔プロジェクト」など地域や東北支援活動にも積極的な姿勢に共感できるという。玄照寺(写真左上)の三門は、「シンプルながら存在感のある佇まいが素敵」とセーラさん。境内ではアートイベントが行われたことも。

深澤:セーラさんって「これだ!」と思ったことに対してものすごいエネルギーを注ぐ半面、「できないことはやらない」に徹底している方じゃないかと思うのですが、いかがですか?

セーラ:そうですね。人がやろうとすることは人に任せればいいと思っています。だから、私は人がやらないことをやります。

深澤:そして、セーラさんと言えば「言葉遊び」の達人。小布施堂で開催する餅つき行事の名前が「餅ベーション」で、蔵の一部を改装した店舗は「蔵部(CLUB)」。極めつきは文化発信イベントを「小布施ッション(OBUSESSION)」と名づけたことで、これは表記に英語の「obsession」にはない「U」=「you」を加えて「あなたも参加する」という意味を込めたそうですね。私は言葉を扱う職業柄、セーラさんの言葉遊びの才覚に興味があるんです。

セーラ:あはは。「餅ベーション」はちょっとやり過ぎました(笑)。でも、同じ言葉でも発想次第で意味はいくらでも膨らむでしょう? だから、私は何でもおもしろがれるんだと思います。

深澤:それがセーラさんの強みですね。新しいことを始めるときに、完成形のイメージは浮かぶんですか?

セーラ:全然。イメージは走りながら固めていきます。ただ、結果が中途半端になるのが一番よくないことだと思っているので、思い切ってやることが大事です。例えば、レストラン「蔵部」のプロジェクトは「若者の職場を作りたい」という思いで始めたもので、結果的に空間も素敵なものになりました。

深澤:新しいことを始めるときには対抗勢力が付きものですが、それに対してはどう考えていますか?

セーラ:レジスタンスがあるからこそ強くなれるし、おもしろい。でも最近は、自分ひとりで走るより、もっと周りの力を借りて巻き込んでいきたいと思うようになりました。「助けてほしい」って言ったら、たくさんの人が関わってくれて本当にいいものができるし、とっても楽しい。今、私はこれから夢中になれるライフワークに出合えた喜びでいっぱいなんです。

深澤:「かのやまプロジェクト」、私もぜひ参加したいです。まずは工事が完成したらまた伺いますね。

インタビューを終えて

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まだ始まったばかりの「かのやまプロジェクト」の拠点で、私たちを迎えてくれたセーラさん。「ファースト・ラブ」と言うほどに力を注ごうとしている新たな挑戦についての取材は初めてだったということで、イキイキとした笑顔でお話をしてくださいました。

免疫美人は、「自分のありものを最大限に生かして、機嫌よく生きる女性」のことですが、セーラさんは「日本のありもの」も発見してくれる人。そして、「人がやらないことをやる。できないことは人に任せる」ことで、自然と応援者を増やしていける女性なのでしょう。小布施で実績を残した実行力で、きっと近い将来、私たちを驚かせてくれるに違いありません。

20140715_sarah_prof.jpgセーラ・マリ・カミングス

文化事業部代表。1968年アメリカ・ペンシルバニア州生まれ。91年、関西外国語大学の交換留学生として初来日。93年にペンシルバニア州立大学卒業後、長野県のマルイチ産商中央研究所に入社し、94年、小布施堂に籍を移す。日本の文化を世界に伝える町おこし事業に従事し、桝一市村酒造場を再構築。98年の長野冬季オリンピックでは英国アン王女と英国選手団の民間特命大使役を務め、同年に国際北斎会議を誘致。欧米人では初めて利酒師の資格も取得した。平成20年度地域づくり総務大臣個人表彰を受ける。2013年、小布施堂から独立し、現在は長野市若穂保科地区に拠点に新たな活動を始めている。

前回までの対談記事はこちら

(文/宮本恵理子、撮影/篠塚ようこ)

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深澤真紀
コラムニスト。淑徳大学人文学部客員教授。企画会社タクト・プランニング代表取締役社長。1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。卒業後いくつかの会社で編集者をつとめ、1998年、企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役社長に就任。2006年に日経ビジネスオンラインで「草食男子」や「肉食女子」を命名、2009年流行語大賞トップテンを受賞。フジテレビ系「とくダネ!」など、テレビやラジオのコメンテーターも務める。著書に『女はオキテでできている 平成女図鑑』(春秋社)、『働くオンナの処世術 輝かない、がんばらない、話を聞かない』(日経BP)、『日本の女は、100年たっても面白い。』(ベストセラーズ)など。

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