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「怖がり」が最大の武器になる/レ・パ・デュ・シャ代表・池野美映

「怖がり」が最大の武器になる/レ・パ・デュ・シャ代表・池野美映

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時代を鋭く斬るコラムニストとして活躍する深澤真紀さん。「草食男子」の名づけ親としても知られる深澤さんが、今、注目しているキーワードが「免疫美人」なのだそう。

ひと時のブームに流されたり、他人との幸せ比べにとらわれたりすることなく、自分が持つ魅力も弱さも知って、自分を守る知恵を備えている女性。"自分の持ち物=ありもの"を最大限に活かして、しなやかに、強く生きる女性――。そんな「免疫美人」な生き方を教えてくれる女性たちに、深澤さんが会いに行き、話を聞く対談連載です。

前回までの対談記事はこちら

お酒は弱いけど、お酒を作る文化やお酒に関わる人が好き、という深澤さん。取材やプライベートでの旅で、日本国内の酒造の現場やヨーロッパのワイナリーを数多く訪ねてきました。「八ヶ岳にワイン畑をたったひとりで開いた女性がいて、評判のワインを作っているらしい」と聞いて気にならないわけがありません。特急電車に乗って、さっそく向かいました。

最高の環境で最高のワインを

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醸造所の設計は、ブルゴーニュの伝統的な醸造法にヒントを得た「グラビティ・フロー・システム」を採用。収穫したブドウを潰す、絞る、樽に詰めるといったプロセスで、人工的な負荷を極力かけないように重力を利用している。細心の注意を払いながら作業を行うので、醸造に関わるスタッフは多くて3人。すべてのプロセスに池野さんが関わる。「"手が届く"範囲で、"手のかかる"作業を貫いている」と深澤さん。

深澤:はじめまして。モダンな雰囲気のワイナリーですね。

池野:はるばるお越しいただいて、ありがとうございます。ワイナリーに面して丘の向こう側まで続くのが私のワイン畑です。ご案内しますよ。

深澤:(ワイン畑へと続く階段を登って)......わぁ。青々としたブドウの葉が一面に。なんてきれいなんでしょう。広いですねぇ!

池野:約3.6ヘクタールの敷地に7,000本のブドウの木を植えています。ここ、八ヶ岳は日照時間も全国有数で、土壌の水はけもよく、ブドウを育てるには理想的な環境なんです。このあたりに植えているのは、赤ワインを作るための品種、ピノ・ノワール。今はぐんぐんと葉とツルが伸びる時期で、今朝も「芽かき」(高品質なワイン用ブドウにするための収量制限や樹勢のコントロールするための作業)をひと通りやったところです。

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今年はピノ・ノワール900本、メルロー1500本を出荷。先日、フランス時代の栽培の専門家の恩師が日本を訪れた際に、池野さんの畑に立ち寄った。通常は非常に厳しい評価をする方だが、「こんなにいい土やブドウがいい状態にある畑は見たことがない。ブラボー!」と最上級の賛辞を贈ったという。

深澤:360度見渡せる山々の風景もすばらしいですね。ワイン畑はいろいろと見てきましたけれど、こんなに気持ちがいいところは初めてです。

池野:はい、私もこの自然環境がとても気に入ってるんです。といっても、はじめは、土の表面は背丈まである雑草に覆われて猫の足跡しか見えないような耕作放棄地だったんですけれどね。

深澤:そこから数年でこれだけの畑までされたというのはすごいですよね。近くのリゾートホテル「星野リゾート リゾナーレ 八ヶ岳」にあるリストランテ「オットセッテ」で池野さんのワインも飲めるワインペアリングのコース「ヴィノ・クチーナ」をいただいてきたんですけれど、驚きました。料理長の政井茂シェフが「池野さんのワインは本場のブルゴーニュワインそのもの。本物です」とおっしゃったのですが、飲んでみて「たしかに!」と感動しました。

池野:ありがとうございます。

「私も人に語れる何かを持ちたい」

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ワイナリーから車で10分ほどの距離にあるリゾートホテル「星野リゾート リゾナーレ 八ヶ岳」にあるリストランテ「オット セッテ」。「ミエ・イケノ」をはじめ山梨・長野のワインとイタリア料理のマリアージュが楽しめるコース「ヴィノ・クチーナ」が好評。写真(右上)は、2012年シャルドネと共に提供される、旬の白身魚を使ったひと皿。この日はアイナメと芽キャベツなどの地元野菜。写真(左下)は、2012年ピノ・ノワールと共に提供される甲州牛のサーロインのロースト 山ブドウのソース。「池野さんのワインは、国産とは思えない深い味わいがある」と料理長の政井茂シェフ。

深澤:でも、ワイン作りを始められるまではまったく違うお仕事をされていたとか。ここに至るまでの経緯を教えていただけますか?

池野:最初に就職したのは大手の住宅メーカーで、4年ほど人事部で働いていました。学生時代から雑誌の編集者に憧れていたので出版社に転職して、経済誌の編集者として働き始め、毎日楽しく仕事をしていました。人の話を聞くのが好きだったので、取材をして記事を作るという仕事はやりがいがありましたね。でも、だんだんともっと打ち込める自分のテーマを探すようになりました。

深澤:夢の職業に就いたのに、ですか?

池野:何かを成し遂げた方って本当に楽しそうなんですよね。取材で多くの方々に会う中で、「一体、私には何があるんだろう? 私も人に語れる何かを持ちたい」と思うようになったんです。そこで、「自分が好きなもの」についてじっくり考えてみると、長野県小諸市で生まれ育った私は自然が好きで、人が好き。そして、昔から旅が好きで、世界各地の生活に根付いた文化に興味がありました。「自然」「人」「文化」の3つを追究できるテーマは? と考えたときに導き出した答えが「ワイン」だったんです。

深澤:そして、本場フランスでワインを学ぼうという決断に至るわけですね。モンペリエ大学でワイン醸造学のディプロマを取得するのは、フランス人にとっても超難関だと聞いています。かなり勉強されたんですか?

池野:しましたね。植物や微生物の生態、土壌、経営学まで、ワイン作りには膨大な知識が必要で。しかも、辞書に載っていないような専門用語ばかり(笑)。大変でしたけれど、単純に自分がどこまでやれるのか知りたくて、夢中でやっていました。資格を取った後は、各地のワイナリーで修業しながら、イメージを固めていきました。

深澤:帰国後に実際にワインを作るまでというのも、簡単なことではなかったと思います。

池野:土地探しに半年ほどかけて、その後は地元の方々への説明、石拾いから始めた畑の開墾、ワインが出荷できる体制を整えるための行政とのやりとり、醸造所を建てるにあたっての金融機関との交渉......ひとつひとつを乗り越えていった感じです。でも、私自身としては必死で苦しかったというより「人って、やればできるんだな」と淡々と受け止めてました(笑)

ある種の「潔さ」があったから

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池野さんのワインは、リゾナーレ八ヶ岳内のワインハウスや「ドメーヌ ミエ・イケノ」のオンラインショップで買える。

深澤:思うに、池野さんって実はとても"慎重"な方なんじゃないでしょうか。大きなアクションを起こすときには、二重にも三重にも策を用意して臨む。

池野:たしかにそういうところはあるかもしれませんね。怖がりなんですよ、私。だから、想定されるパターンをいくつも考えて、状況がどう転んでも対応できるように準備することが多いですね。

深澤:人事部勤務経験があるとおっしゃいましたが、きっと書類仕事もお得意なんでしょうね。

池野:得意とは言えませんが、早いほうです(笑)。

深澤:だから、目標を着実に実現されてきたんだと思います。「ワイナリーを作る!」って大きく打ちあげて、書類仕事ができなかったとしたら、ものごとが先に進まないはずですから。会社員経験をしっかり生かされているんですね。

池野:あとは、やるだけやってダメなら自分の責任として引き受ければいい、と割り切っているところはありますね。私の場合、お金の面でも借り入れだけでやっていますし、もしも失敗したら自分で責任をとればいいんだと腹をくくっています。だから、自分の力でできるところまでは頑張りたい。でも、自分の手が届かない範囲まで無理はしない。だから、「もっとたくさん作ってほしい」と言われても、これ以上、手を広げることはしないつもりです。しっかりと納得できる味を守ることが大切だと思うので。頑張り過ぎてポキッと折れることがないように、竹のようにしなやかでありたいと思っています。

深澤:自分で責任を引き受ける。そういう潔さを持って働くことは精神衛生上もいいことですよね。

池野:心が健やかであるかどうかは、私にとって大事なファクターなんです。ここでやっていくと決めたのも、この環境があったからだと思います。土、花、虫、風、雨......自然がすぐそばにあって、マイナスの感情が持続しないんです。あまりに夕焼けがきれいで、外に飛び出しちゃうこともよくあります(笑)。

深澤:夕焼けを見て飛び出す職場って最高ですね(笑)。「どんな仕事をするか」にこだわることも大事ですけれど、長く働くためには「いかに心地よく働くか」はもっと大切にしたほうがいい

池野:同感です。

深澤:そうやってご自身が心地よく働くことを大事にされているから、ワインもとても素直で力のある味に仕上がるんですね。ワインは醸造家に似るといいますが、まさにそういう印象です。私がこれまで抱いていた「日本のワイン」というイメージを超えました。

池野:私自身は、「日本だから」「ブルゴーニュだから」というボーダーがあまりないんです。男女も年齢も。だから、「これを超えよう」という目標も特になくて。「今後の目標は?」って聞かれるのが苦手なんです。

深澤:たしかに、遠い将来をあれこれと心配するより、目の前のことひとつひとつに着実に向き合える幸せを知っているほうが、毎日を楽しく過ごせるような気がします。

池野:はい。できるところまで行ってみる。その行き先がどこかは、わからない。それでいいかなって思っています。

深澤:ありがとうございました。

インタビューを終えて

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「ワイン畑をゼロから作って、ワインを醸造する」という壮大かつ大胆な夢を、一体どうやって実現したのか。池野さんにお会いするまで不思議でしたが、実際にお会いしてお話を聞くととても納得しました。池野さんの最大の武器は「怖がり」であること。だからこそ、慎重に準備を進め、うまくいかなかったときの対策も用意しながら、着実にものごとを実行できる強さを持っている方なのです。

働く環境の「心地よさ」にこだわる点も、私たちが真似したいところです。目の前に広がるブドウ畑は、池野さんにとっていつまでも包まれていたい毛布のような存在なのでしょう。ブドウ畑とまでは行かなくても、例えばオフィスのデスクに自分が好きな小物を少し置いてみたりするだけでも、心地いい環境づくりは始められるはずです。

私自身が共感できたのは、「夢や目標はなくてもやっていける」という言葉。私も社会人になって以来、「明日のことだけで精一杯」な毎日を重ねて今に至ります。今日、明日にとりあえずやることがある。これこそが幸せな日常の姿であろうと。池野さんの姿勢は、「夢が見つからない」と焦っている女性たちにとっても、勇気を与えてくれるものだと思います。

20140829_mie_ikeno_profile.jpg池野美映(いけの・みえ)

ドメーヌ ミエ・イケノ、農業生産法人レ・パ・デュ・シャ代表。長野県生まれ。企業の人事担当、編集者を経て、2001年に単身渡仏。国立モンペリエ大学薬学部でフランス国家資格ワイン醸造士の資格を2005年に取得。フランス各地の研究所や醸造所で経験を積んで帰国後、山梨県八ヶ岳山麓にワイン畑を開く。2011年にワイナリー「ドメーヌ ミエ・イケノ」をオープンし、オリジナルワイン「ミエ・イケノ」をリリースする。

前回までの対談記事はこちら

(文/宮本恵理子、撮影/篠塚ようこ

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深澤真紀
コラムニスト。淑徳大学人文学部客員教授。企画会社タクト・プランニング代表取締役社長。1967年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部社会専修卒業。卒業後いくつかの会社で編集者をつとめ、1998年、企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役社長に就任。2006年に日経ビジネスオンラインで「草食男子」や「肉食女子」を命名、2009年流行語大賞トップテンを受賞。フジテレビ系「とくダネ!」など、テレビやラジオのコメンテーターも務める。著書に『女はオキテでできている 平成女図鑑』(春秋社)、『働くオンナの処世術 輝かない、がんばらない、話を聞かない』(日経BP)、『日本の女は、100年たっても面白い。』(ベストセラーズ)など。

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