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ダイアン・フォン・ファステンバーグが今まで語ることのなかった人生

ダイアン・フォン・ファステンバーグが今まで語ることのなかった人生

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ダイアン・フォン・ファステンバーグ(写真左)

ニューヨークを代表するブランド「Diane Von Furstenberg(ダイアン・フォン・ファステンバーグ)」のラップドレス。フロントを着物のように合わせてウエストで結ぶとできる、砂時計のようなシルエットは、女性の体型をより魅力的に見せてくれます。

ジャージー素材で着心地抜群なうえに、きちんと感もある1着は、オフィスで、またはディナーやちょっとしたパーティに......とまさにドレス界のオールラウンダー。誕生から40年を経た今も、現代の女性のライフスタイルに寄り添う、最高のドレスです。

ラップドレスは支払いのためのもの

最近出版されたダイアンの自伝、『The Woman I Wanted To Be』では、そんな名品をデザインした彼女が、今まで語ることのなかった人生を紹介しています。

ダイアンはブリュッセル出身。ユダヤ移民の家系に生まれ、パリとイタリアでテキスタイルを学びます。ニューヨークへ渡り、起業したのは1969年。同じ年に、由緒正しいドイツ系の家柄であるプリンスと結婚しました。

仕事も恋愛も桁違いに成功したかのようにみえる彼女。しかし、本人が自身のトレードマークであるラップドレスに抱く感情は、複雑なものでした。

とてもおかしいのですが、私は何年もの間、ラップドレスですべてをまかなってきました。請求書や子どもたちの教育費を支払い、自由や名声までもそれで得たのです。私は当然と思っていました。それなのに、「『ダイアン・フォン・ファステンバーグ』とはラップドレスのことである」と言われたりすると、腹を立てたりもしたんです。

The Wall Street Journal」より翻訳引用

大成功したニューヨーカーというイメージの彼女から、このような言葉を聞くとは思いませんでした。成功者である彼女も、私たちと同じように日常の些細なことに振り回され、生きるのに一生懸命だったのです。

ダイアンを支えた母からの教え

また、自伝のポイントは「彼女の母についてだ」とダイアンは語ります。ダイアンは、ホロコーストから死にものぐるいで生還した母から、目的を達成すること、そして自由を熱望することの大切さを叩き込まれたそう。そんな彼女だからこそ結婚生活に甘んじず、情熱に正直に、自立した成功者になる道を選んだのです。

私は早く起き、とても忙しいですが、とてもワクワクもしています。なぜなら、揺るぎない自信があるからです。長い間愛されるドレスをつくりました。そして、そんなドレスは他にないのです。

The Wall Street Journal」より翻訳引用

以前は彼女の生活を根本から支えていたラップドレス。時を経た現在、彼女にとってそれは人生の誇りになりました。

今を一生懸命生きて、ふと振り返ってみると、誇れる何かがある。そんな生き方ができたら素敵だなと思わされるダイアンの人生。ダイアンにとっての"ラップドレス"を、筆者も見つけにいきたいと思いました。

The Wall Street Journal, The Woman I Wanted To Bephoto by Getty Images(神田朝子)

神田朝子

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