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#2 神保町『青二才』ワイングラスの奥に揺れはじめる2人の未来【あなたの隣で呑むお酒】

#2 神保町『青二才』ワイングラスの奥に揺れはじめる2人の未来【あなたの隣で呑むお酒】

世の中には男女の数だけ、恋の形がある。

40歳の今井佐和子と、31歳の大谷雅人。年も環境もすべて違う2人が、足を踏みいれてしまった蜜月。日々変わっていく心境、そして心のスキマを埋め合い深まる関係。

恋を見守るように、いつもそばにある日本酒。惹かれ合い、苦悩する2人の姿を追っていくストーリー。

「いま神保町に来ているんですが、少しだけ会えませんか?」

雅人からのメッセージを、デスクで受け取ったのは20時半を回ったころだった。

急ぎの仕事はないし、ちょうどお腹も空いていたけれど、佐和子はわざと時間をおいてから返信をした。

佐和子が待ち合わせに指定したのは『神保町 青二才』。まるで海外にあるビアパブやバルのように天井が高くオシャレな雰囲気で、ランチにもよく利用する店だ。

ハイチェアが並ぶカウンター端の右手に雅人、左手に佐和子が座ってシャンパングラスに注がれた日本酒を傾けた。

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「このお酒、甘い! しかも炭酸が入ってます?」

「そう。日本酒って普通、加熱処理されるんだけど、これは生のままのフレッシュなお酒なの。だからまだ微生物が生きていて、発酵が進んでいるの。それで少しガス感があるのよ」生きているお酒か。ーーと興味深く雅人は呟く。それからしばらくシャンパングラスを見つめ、視線を外してから雅人が再び口を開く。「今日は急に呼び出してすみません」

「ううん。終わろうとしていたところだったから、ちょうど良かったの」

佐和子は爽やかに笑ってみせたが、雅人の顔は浮かない。

「あと......」

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「あと、この間酔った勢いで"次はデートで"って、あんな形で伝えたことを後悔して......」その表情から、どんな深刻な話が出てくるかと考えていた佐和子は、吹き出してしまった。そして雅人を傷つけないよう笑いを隠して、言葉を選びながら伝える。

「でも嬉しかったよ。若い男の子からデートなんて言われて、私もまだいけるのかな? なんてね。ふふ」

「そうじゃなくて......! あれは本心です。それをちゃんと伝えたくて」私は、なんて答えれば良いのだろう。

男女は出会った瞬間から「アリ」か「ナシ」か本能的に判断をしていると思う。そしてさらに"自分にとって良くも悪くも重要な人だ"ということが感覚的にわかるのだ。これ以上は聞きたくない。

あれからひと月の時間が流れ、仕事で何度か一緒になった。以前緊急対応してくれた雅人のために写真の仕事を融通する義理があったからだ。それに彼の腕はいつだって確かだったし、現場を盛り立てる華やさと品性を持ち合わせた人だった。会うたび佐和子は「意識していない。いつも通り」と不自然なほど、自分自身を装う必要があった。

ほんの少し好意を示されたくらいで心揺さぶられている自分のことを、雅人にも、誰にもバレてはいけないのだ。目を閉じて、左手のリングを眺めながら心を落ち着ける。しかし、雅人と秘密を共有しているスリルに高揚を感じているのもまた事実だった。

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「綺麗......もうすっかり秋だものね」

出された刺身の盛り合わせに、ため息を漏らした。

『青二才』は経験を積んだシェフが、和食を基調とした創作料理を出してくれる。こうした季節感のある演出は、都会に住み、近くばかり見ている私たちの心を癒してくれる。

お酒は、お米由来の旨味が乗った特別純米酒を選んだ。ご飯と刺身が当然のごとく合うのと同じように、ぴったりと寄り添う組み合わせだ。

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「佐和子さんは、どうして結婚したんですか?」

「どうして? そうね。同じ会社で知り合って付き合っていたら、家族から急かされて。それで27の時になんとなく。お互いに断る理由もなかったから」

「幸せですか?」

「うーん。好きな仕事をして、帰る家があって仲も悪くないし平和よ。だから幸せかな。まぁ、夫が何をして、いつ寝ているのかも知らないけどこんなものかなぁと思うのよ。大谷くんは?」

「僕、バツイチなんですよ。新卒で大きなスタジオに入って、学生時代からの彼女と結婚して。でもスタジオで働く中で、自分が撮りたい物からどんどん離れる気がして独立を決めたんです。ちゃんと準備もしたし。でもいざ独立するタイミングになった時、彼女が猛反対したんですよ。たくさん話し合ったけど、生きる道が違うねって離婚して。それから何人かと付き合ったけど......」

「そうだったのね...」生活感のない雅人からの思いがけない告白に、佐和子は返す言葉を探しあぐねた。

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雰囲気を変えるためか、顔を上げた雅人が新田店長に声をかけた。「日本酒をワイングラスで飲むって意外ですね」

「グラスの形や、口の広がり方で、香りや味の感じ方が変わるんですよ」

「味まで変わるなんて、不思議ですね!」

「いや、本当ですよね。でも厚さによって、唇に当たる感触が違います。口の広がり方では傾ける角度が変わります。実際別物に変化するんですよ!」

佐和子はただ黙って2人の様子を見、心地よさを感じていた。最終電車の時刻が近づいたころ、『青二才』のあるガーデンシティの広く心地良いテラスの一角に2人の姿はあった。

「ねぇ大谷くん、帰りは神保町駅? 竹橋?」

雅人はそれに何も答えずに、先を歩く佐和子を強く引き寄せ、抱きしめた。

熱い体温が、急に佐和子のなかに流れ込んでくる。雅人の顔を見ることができない。だけど次第に、さらに力を込め抱きしめてくる雅人の気持ちに触れ、佐和子は酔いに任せ、雅人に身をゆだねて背中に手を回した。そして佐和子は一度強く目をつぶり決心をしてから、雅人をしっかりと見つめる。

「まだ引き返せるのよ?」

制止とも、挑発ともとれる佐和子の言葉に、雅人の想いは弾け、ビルの谷間で2人は人目もはばからず口づけをした。

呼吸を忘れるほどの長いキス。それぞれの境目がわからなくなり溶けてしまいそうで、訳もなく何度も泣きそうになった。どちらかがやめようとすると、どちらかが引き寄せ2人だけの世界で、一瞬とも永遠とも思える濃密な時間を過ごしていた。認めることができなかった。認めたくなかった。

出逢った時から、恋に堕ちていたのだ。

私たちは始まってしまった。もう引き返すことなどできない。

登場したおすすめの日本酒情報

「風の森」(奈良県) 純米しぼり華 無濾過無加水 生酒

「伯楽星」(宮城県) 特別純米

青二才 神保町店

住所:東京都千代田区神田錦町3丁目22 テラススクエア

電話:03-5244-5244

営業:月曜〜金曜11:30〜14:00/17:00〜24:00(LO 23:00)、土曜日17:00〜24:00(LO 23:00)

定休日:日曜祝日

http://www.aonisai.jp/

撮影/土佐麻理子

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友美
日本酒ライター/コラムニスト 「とっておきの1本をみつける感動を、多くの人に」という想いから、初心者向けのイベントやセミナーの主催や記事を執筆。寒さに弱い北海道出身。http://tomomiseki.wix.com/only

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