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起業は目的ではなく手段。クメール伝統医療をヒントにスパをつくった女性

起業は目的ではなく手段。クメール伝統医療をヒントにスパをつくった女性

働く女性に焦点をあて、シリーズで綴っているカンボジアレポート。第3弾では再びかの地で起業した邦人女性にスポットを当てたいと思います。

その人の名は篠田ちひろさん。現在、カンボジア・シェムリアップでアロマグッズ製造販売とスパ事業の会社『Kru Khmer(クルクメール)』を経営しています。

人生の節目を自分でつくる

日本では、起業はあまり身近な話題ではないかもしれません。

実際、「Global Entrepreneurship Monitor (グローバル・アントルプルナーシップ・モニター)」による世界の起業活動レポートを見ても、日本の起業率は、他国とくらべかなり低いものです。たとえば、2014年時点で、日本で3年以内に起業したいと考えている人(18~64歳)の割合は2.5%と、この年調査対象となった世界70か国のうちもっとも低い数値でした。

起業自体に対するイメージも日本ではバラ色とは言えず、「起業はキャリアにとってプラスの選択だ」と考える人の割合は31%と、これまた下から2番目の低さに留まっています。

けれども、私の印象では、起業や転職など、人生の節目を自分でつくった人の多くは、自由でユニークな発想をします。彼らの話は、ときとして、異なる視点に気づかせてくれたり、意外なヒントを与えてくれたりするものです。

ちひろさんのインタビューもまた、私に多くのことを気づかせるものでした。

子どものころから「思い立ったが吉日」

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スパクメールの緑濃い庭園のなか、隠れ家のようなあずまやで向きあったちひろさんは、ピンと伸びた背筋に、ふんわりウェーブする髪がかかり、笑顔がチャーミングな女性です。

見た目のせいか、「おっとりしてると思われやすい」そうですが、どうしてどうして、話してみると、とんでもなく冴えていることがよくわかります。質問への返答は、すべて理路整然と、ポイントを押さえており、説明はそのまま活字にできそうなほどわかりやすいときています。

山口県出身の1984年生まれ。姉妹弟という3人きょうだいの長女でした。子どものころは、車に乗ればしゃべりっぱなしというくらいおしゃべりで、また長女の責任感ゆえか、しきりたがりでもあったそうです。

好奇心旺盛で、何でも思いたてば、すぐ行動に移さずにはいられない情熱とバイタリティの持ち主でした。「でも飽きるのも早かったんです」とは、本人の弁ですが、3歳ごろから始めた楽器を高校卒業まで続けるなど、粘り強さも兼ね備えていました。

5、6歳のころ、近所に英会話教室ができたことで、幼いながらも世界の広さを認識したちひろさんは、「知らない国へ行ってみたい」と強く願うようになります。

大学時代の3つの濃い経験

大学では経営学を専攻しますが、在学中、もっとも多くを得たのは、机上の勉学からではありませんでした。

「まずは旅行です」

大学時代にバックパッカーで廻ったのは、主にアジアとヨーロッパの20か国。いろいろな国を見れば見るほど、さらにもっと知りたいと思うようになったそうです。

「つぎに本」

そのころ読んだ『流学日記』は、二十歳(はたち)の学生がバックパッカーで旅した流浪の遍歴を記したものでした。自分と同年代の若者がほぼオンタイムで語る体験と考察に、ちひろさんは大いに刺激されます。

著者の岩本悠氏は、本に共感した人びととともにボランティア団体を発足しますが、そこに大学2年のちひろさんも身を投じます。ゲームを利用した日本の子どもたちへの啓蒙運動や、アフガニスタンの学校建設といった大きなプロジェクトに参加しました。

そうして、この経験を通して、ボランティアの限界も感じるようになりました。寄付金に頼る活動は、先の展望が開けにくいもの。

また、学校という箱をつくっても、中身というソフトが充実していなければ、子どもたちにその恩恵は届きません。さらに言えば、親に安定した収入がない子どもは、通学さえままならないのが現実です。

次第に、雇用を生む側=起業に興味をもつようになったちひろさんは、大学3年のとき、企業でのインターンを経験します。

「インターンシップでは、ビジネスマン、ビジネスウーマンを目指す同志と知り合い、多くの刺激を受けました」

この経験で得た交流関係は、その後もちひろさんを支えることになります。

忘れられなかったカンボジア人の輝く笑顔

カンボジアは、バックパック旅行で廻ったなかでも、ひときわ印象深い国のひとつでした。2004年秋、初めてカンボジアを訪れたときの印象を、ちひろさんは、自社サイトに下のように綴っています。

道路は舗装されてなく、数少ないバイクが通るたびに土ぼこりが舞う静かな観光の街シェムリアップで、貧しさとは裏腹にキラキラした笑顔で幸せそうに暮らすカンボジアの人々にショックを受け、幸せとは何かを考えさせられました。

kru khmer」より引用

この国に、雇用を生みだし、お金が循環するシステムをつくりたい。

そう心に決めたちひろさんは、内定していた就職を辞退し、起業準備に取りかかります。日本を飛びだしたのは、ちょうど10年前、大学卒業後まもない2007年6月のことでした。

経験のなさを言い訳にしない

この話を聞いて、思わず自分自身を振りかえりましたが、10~20代のころは、いまできないことも、経験を積んだ30代、40代になれば、できるようになっているさと、楽観視していたように思います。

けれども、実際に年をとって悟ったのは、かならずしも年月が人を成長させるわけではないということ。年月さえ経れば、成熟した大人になるわけでもなければ、より勇敢になるわけでもないのです。

逆に言えば、経験がないからといって、万事にしり込みする必要もないのですが、若いうちにそのことに気づける人は、多くありません。そう考えると、ちひろさんは、それに気づいた数少ない若者のひとりだったといえます。

日本を後にしたちひろさんは、イギリスでの8か月のインターン生活を経て、マーケティングと英語を習得。2008年5月には、半年契約の仕事を見つけ、カンボジアに移り住みます。

クメール伝統医療との出会い

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起業アイディアの固まらないまま、カンボジアで生活を始めたちひろさん。ある日、「チュポン」というカンボジアの薬草を使ったスチームサウナの存在を知り、そのリフレッシュ効果に感動します。

よくよく調べてみると、カンボジアにはアンコール王朝をはじめとするクメール帝国時代より伝わる、クメール伝統医療というものが人々の生活に息づいていることがわかってきました。

kru khmer」より引用

この伝統医療をうまく取りいれ、商品化に成功すれば、

カンボジア人から材料を買い、

カンボジア人に仕事を与え、

カンボジアの文化を外に知らしめるビジネスになるのではないか。

そう考えたちひろさんは、伝統医療の専門家(カンボジアの言葉でクルクメール)に教えを乞い、半年かけて4種のハーブ入浴剤を完成。2009年5月末には、会社設立にこぎつけます。

まわりを巻きこんで突進するエネルギー

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スタッフを4人そろえ、同年12月販売もスタートしたクルクメールボタニカルでしたが、収益が上がるまでは、約2年の月日を要しました。

「(その間、)もう極貧生活でしたよ」

明るく笑うちひろさんですが、給料が出せず、せっかく雇ったスタッフにも田舎に一時帰ってもらわざるをえなかった話など聞くと、経済的苦しさもさながら、精神的ストレスも相当であったと想像できます。

それでも、行動せずにはいられないバイタリティは健在で、徐々に売り上げが伸びはじめてからは、2012年直営店出店、2015年にはスパクメール開業と、目まぐるしく事業を展開させてきました。

「いつも新しいことを考えていて、アイディアが浮かぶと、まわりを巻きこんで突進してきた感じです」

特筆したいセンスの良さ

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2015年4月にオープンしたスパクメールは、シェムリアップの繁華街から少し離れた場所にあります。インタビューのために訪れ、その洗練されたセンスの良さに目を見張りました。

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とくに、メインビルディング。シックなセメントタイルのスペースの奥には、一段低く床に水を張りめぐらせた一角があり、飛び石のように置かれた通路を真ん中に、籐製ソファが左右に配置されています。

この寛ぎスペースの独創性には、まるで砂漠でオアシスを見つけたような気分になりました。

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オアシス空間から、開け放たれた大きなガラス戸を越えると、むせかえるほどの緑あふれる庭園へと小路が続きます。庭園に建つ5つのヴィラを上手に隠しながら結ぶこの小路の脇には、南国の植物やハーブが植えられています。

聞けば、もちろん、設計は専門家の手によるものですが、すべて、ちひろさんの希望を盛りこんだ結果だそうで、デザイナーとしても通用しそうなセンスとアイディアの斬新さに舌を巻くとともに、きっちりと打ち立てられたスパのコンセプトを目にした気分になりました。

イメージは駅のプラットホーム

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現在のスタッフは、製造、販売、スパ業務合わせて29人。経営の悩みは尽きることがないとはいえ、組織としては安定してきました。

起業はあくまで手段であり、目的ではないというちひろさん。ビジネスを立ちあげて、サステイナブルに社会貢献したいという考えで、彼女が描くイメージは、駅のプラットホームです。

プラットホームのように、いろんな人がそこを通って出発していける基地をつくりたいと考えてきました」

プラットホームの基盤がしっかり固まれば、あとは他人に託して、自分はまた別なことにチャレンジしたいと思っているそうです。また、次のチャレンジでは、とくにカンボジアにこだわるわけでもないと、さらりと語ってくれました。

どんなときも、自分の掲げる目標自体が支えとなって、前へ進んでこられたそうですから、きっと次の目標が定まれば、エネルギッシュに、とことんそこを目指すことになるのでしょう。想像すると、わたしもわくわくが止まらなくなりました。

そうして、このまわりにもたらす高揚感もまた、起業家たちが人を惹きつける魅力のひとつなのだと再確認する思いで、インタビューを終えました。

GEM (Global Entrepreneurship Monitor) , kru khmer, Spa Khmer

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冠ゆき
山田流箏曲名取。1994年より渡仏。大学院での研究の傍ら、国立大学や専門学校で日本語日本文化講師を勤める。2000年より、ポーランド五年、イタリア三年半、中国四年半の生活を経た後、2013年夏フランスに戻る。旅好きでもあり、今までに訪れた国は約40カ国。六ヶ国語を解する。多様な文化に身をおいてきた経験を生かして、柔軟かつ相対的視点から、フランスのあれこれを切り取り日本に紹介中。

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