よく晴れた土曜日、天王洲は道が広くて建物も少なく、陽がいつもよりさらに光を放つよう。向かった先は『TERRADA Art Complex』の5階。倉庫をリノベーションした建物の、入り口すぐの大型エレベーターに乗り込む。2017年3月にオープンしたばかりのギャラリー 『KOSAKU KANECHIKA』は、いままさにチェックすべき新しいアートの拠点。
入り口には『佐藤允 求愛/Q1』の文字。そして、ガラスに小さな昆虫の作品があった。反射的にエゴン・シーレを思い出させるような、とても独特な線を用いる作家。ギャラリーへ来る前に本展について調べたところ、異様に緻密な線で描かれた線画と、なにか込み上げてくるような力強いペインティングが見られるようだ。
ギャラリーには、鉛筆のコラージュとペインティングが並ぶ。その中に、1点の大型絵画を夢中で描く本展の主役、佐藤允さんの姿もあった。
こちらに気がつくと、気持ちのいい笑顔で迎え入れてくれた。と同時に、会話が止まらない。ちょっと不穏な空気を纏う作風からは想像できない、愛くるしい眼差しと表情の人。
作品を眺めながら、さっそくインタビューを始めることにした。
誰かに触れたい、伝えたい。タイトルにこめられた想いとは
淳子(筆者、以下J)「実は佐藤さんの作品を拝見するのは初めてなんです。なので『求愛』というタイトルをつけた経緯などから伺えますか?」
佐藤(以下S)「そもそも"絵を描くことで誰かに近づきたい、理解してもらいたい"という気持ちがベースにあります。僕はいつも何だか寂しくて、道や電車ですれ違う人に触れたり、キスしたくなったりすることがあって。でも、いきなり抱きつくとか、そういうのって......しちゃダメですよね」
J「笑! そうですね」
S「僕はそれくらい誰かに触れたくて仕方がないんです。でも、生身の自分自身に自信はないし、人が僕を受け止めてくれるとは思えないし。逆に、自分が人をまったく受け付けない時もある。僕にとって、絵を描く行為そのものが、誰かに想いを伝える「求愛」に近いのではないかと気がつき、今作に取り組むことにしました」
恩師との出会い。落書きから、意思を持った作品へ
J「とっても無邪気な感覚ですね。佐藤さんが同展の紹介文として寄せた文章で『今回描かれているものは全て私のことだ。(中略)絵に自分自身を写すことで、私を理解してくれる誰かを探している。他人と心繋がらず生きるのはとても苦しい。私は絵になって、人に触れたい』という言葉が印象深く、"コミュニケーション"について伺いたいと思っていました。SNSをはじめ、さまざまな形で簡単にコミュニケーションが取れる時代ですが、佐藤さんにとってのコミュニケーションとは何でしょうか」
S「絵ですね。ただ、小さい頃から絵を描いていたのですが、僕の絵はちょっとグロテスクだし気持ち悪いしと歓迎されないことが多くて......親から心配されたりもし、隠れて描く習慣がついていました。転機となったのは、大学時代。先生に見せた高校在学中に描いた絵が、ニューヨークで展示するきっかけになったこと。そうそう、そのデビューからちょうど10年となりました!」
「おめでとうございます!」とお祝いの言葉を返したら、ここで1冊の本を見せてくれた。高校から大学卒業までに描いた絵を集めた作品画集。時間を大切にして描き続けたのであろう素晴らしい痕跡が、そのどれもに残っている。最初のページからしばらくは、キャンバスではなく、懐かしい香りがしてきそうな、藁半紙のような少し黄色くなった紙に描かれているようだが......。



S「初期のものはテストの裏紙で、特に大事にもしていなくて、捨ててしまったのもあるくらい。先ほどお話しした恩師と出会った時に昔のものも掘り起こして、それらが初めての個展の作品となりました」
J「なるほど。それにしても、描いている量が普通じゃありませんね。緻密だし、線1本1本にまで執着したかのように、丁寧に描き上げられている。これらはすべて伝えたいことがあって、それを描こうとしているのでしょうか? どうやって絵が描き進められているのかが気になります」
S「はじめは描きたいこととかはなく、ただの落書きだったんです。大学時代に脊髄の病気で入院したことがあり、薬の副作用で幻覚をみるほどの状態でした。この時の感覚を描き残そうと思ったのが、何かを意識して描いた始まりです」
J「なんというか、まるで描きながら増殖していくような制作風景が思い浮かびます」
S「そうかもしれません。制作を始めたころは伝えようというより、見えてしまった何かを描いていたので。霊感みたいで変だって言われるけれど、僕には線が見えていて、それをなぞっているような感じです」
J「いまでもそういった感覚は残っていますか?」
S「紙に線がぼんやり浮かび上がることはありますが、子供のころに比べると少なくなりました。僕には絵の終わりがわからなくて、絵に描かされている感覚があります。絵が『もういいよ』と許してくれたら、それは完成になりますが、許されずに1枚に6か月没頭していたことも......」
J「6か月!? でもなんだか想像できます(笑)。画集を見ると、作風が徐々に変化していっていますが、大学での勉強が反映されているんですか? それとも独学?」
S「自分ではずっと同じ絵を描いているように思っています。でも、勝手に変わってしまう。成長しているのか、発見しているのか、心境の変化なのか、自分でもわからない。昔は好きな人がいたら、その人のことばっかり考えて描いていました。でもある日、恋愛に終わりがきて......描けなくなるくらい、悲しくなりました。それからは個人的な感情を記録するために描くのではなく、描くテーマ自体を多くの人に伝えたいことにしていこうと思うようになったんです」
本当は変わりたくない。変化する自分を受け止め、描写する




J「今回の個展で描いたのは、佐藤さんご自身の姿なんですよね?」
S「はい、すべて僕です。毎日一緒にいる、もっとも身近で自由に使える素材。日々変化する自身を見つめて、キャンバスに写していきました。「怒り」という作品(写真上)は、はじめは可愛いほのぼのした絵だったのですが、ある出来事に気持ちが逆転してしまい、塗りつぶし、キャンバスに気持ちをぶつけるようにして完成しました。ずっと同じままでいたくても、私たちは常に変わって、流れていく。こうなると思ったことも、予想通りにはならない。その結果として、初めてのペインティングにも挑戦してみたり」
J「絵の内容に限らず、手法でも変化する姿を伝えているんですね。変わるきっかけは何かあったんですか?」
S「いま僕に変化がもたらされているのは、このギャラリーのオーナーである金近さんによるところが大きいかもしれません。いままでは展覧会に関わるすべてを自分で決めねばならないと思い込んでいましたが、今回は頼れる部分はすべて頼り、自分がすべきことに専念することができました。僕のやりたいことを理解し、支離滅裂な僕の味方でいてくれたんです」
本展から学ぶ、コミュニケーションの本質
J「たしかに、作品を通してお二人の信頼関係が伝わってきます。そうだ、話をコミュニケーションに戻しますね(笑)。コミュニケーションにはいろんな形がありますよね、SNSもメールも、絵も」
S「そうでした、コミュニケーション(笑)」
J「どれがいいとか悪いという問題ではなく、求愛する、つまりは誰かに想いを伝える際に大切なことはツールが何であれ変わらないということを、今回の作品と展示全体を通して教えていただいた気がします」
S「と言いますと?」
J「佐藤さんと大学の恩師や、佐藤さんと金近さんとの関係では、コミュニケーションツールは、絵。絵を通し、時間をかけ、1対1で向き合うことで信頼関係を築いている。そしてそもそも佐藤さんの絵も、ひとつの想いを形にするために多大な時間をかけて作品と向き合って生まれたもの。コミュニケーションを図る上で必要なのは、ツールが何かということではなく、"時間"と"向き合う姿勢"なのかな、と。それが感じられる、とても素敵な空間でした」
S「ありがとうございます!」
10年の時を経て、「落書き」が「作品」へと進化した姿が見られる『求愛/Q1』展。
「伝えたい」と「描きたい」が交差して生まれた彼の無限の愛のメッセージを、この空間で受信してみてはいかが?
佐藤允「求愛/Q1」展
会期:〜2017年 6月24日(土)時間:11:00〜18:00(金〜20:00)定休日:日・月・祝会場:KOSAKU KANECHIKA(東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 5F)電話:03-6712-3346
写真/Miki Takahira

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