直線と曲線の扱いがグラフィックデザインのような、モノトーンの写真作品。被写体に対し、まるで俯瞰しているかのような視点を感じる。
うん、かっこいい。
企画展のウェブサイトを見たときの第一印象だ。男性だろうかと名前を確かめると、女性。一体どんなクールな女性なのだろうかと想像を膨らませ、銀座の『資生堂ギャラリー』へ足を運んだ。
銀座8丁目の赤い資生堂ビルの地下にあるギャラリー。階段をゆっくりと下って行くと、吉田志穂さんの作品が壁面から床面まで展示されているのが見えてくる。
会場には小柄な金髪ボブの女性。そう、可愛い彼女がこの写真作品の作家なのだ。作品とのいい意味でのギャップに嬉しくなって、作品を眺めながらインタビューを始めた。


検索し、目で確かめ、撮影するだけで終わらせない
淳子(筆者、以下J)「この写真『測量 | 山』をウェブで見て、かっこいいなぁと思って楽しみにしてきました。企画展のホームページに『ウェブやスマホによってデジタルイメージが日常の身近な存在になった現在における写真の可能性を探究する』とあったので、きっとフィルム写真をプリントしている作品だと思うのですが、どんな工程で撮影しているんですか?」
吉田(以下Y)「ウェブの画像検索やグーグルマップを使って撮影地のリサーチを行った上で、実際にその場所に行って現場で新たなプロセスを踏んだり、現地での写真をさらに独自の方法でプリントし直したりしています」
J「一見、風景の写真にも見えるんですが、よく観ると違和感があって『あれ、これどうなっているんだろう』と思っていました」
Y「たとえば『測量 | 山』は撮影した山の写真を引き伸ばし機で壁に投影したんです。その壁に向かってカメラで撮影し、現像してみたら 現場の山の写真よりも その山の美しさが表現できている写真が仕上がりました。これだ! って思いましたね」
J「面白い! ウェブで調べたものが美しかったとしても、実際に見ているものが美しかったとしても、それを撮影した時に本来存在していた"らしさ"が消えてしまうことってありますよね。その感覚、とても共感できます。理想と現実を行き来した上で、吉田さんが自らの手で、そのイメージを作り出してしまうんですね」
Y「もっと近くで見てみてください。この作品は実際のフィルムを壁に映し出したことで壁のテクスチャが映り込み、実際の写真よりも雪らしい表情が出ています」
近くで観れば観るほど、その作品の工程と仕上がりまで、彼女が幾重にも工夫を施している様子が想像できてくる。ウェブ検索→検証→現場での撮影→検証。こうして"風景を作り出す"彼女の工程には、作業時間と同時にしっかりとした思考時間があることが窺える。現代社会に蔓延する膨大な情報、自分の目で見たもの、カメラで映し出された写真、すべてが彼女にとっての素材となって、1つの写真作品が完成している。
現代におけるフィルム写真の価値と創作力
フィルムカメラから遠ざかっている人のため、簡単におさらいを。
撮影したフィルムを専用の液体に浸し、現像液・停止液・定着液など何種類も経て、"現像"していくと、白黒反転した状態で像が見えてくる。これがネガフィルム。乾かした後に暗室で引き伸ばし機にネガをセットすると、そこで初めて本来の撮影した像が現れる。これを印画紙に映し出し、再び現像液・停止液・定着液を経てプリントのできあがり。とても時間のかかる作業なのだ。
Y「わたし、銀塩写真(紙自体に発色する薬剤を塗ってプリントした写真)に重きを置いています。もちろんスマホもデジタルカメラも使うんですが、銀塩写真には圧倒的な強さがあると信じているんです。色、質感、画質。なにより、100年以上残ります。作品として大切なことだな、と」
J「インクジェットプリントと比べると、フィルム写真を銀塩プリントした黒は圧倒的に美しいですよね。特に大きく引き伸ばした時に並べたら、その色の階調の豊富さも深さも全然違いますし。ところで、なんで床面に展示があるんでしょうか」
Y「これは、実際に俯瞰して撮影しているので、鑑賞者にも同じ視点を体験しながら観ていただきたいと思ったんです」
J「ほんとだ。ということは『測量 | 山』が部屋のコーナーにあるのも意図的ですよね?」
Y「はい。制作時の状況をできる限り再現しています。私は絵を描くのが得意じゃない代わりにカメラに撮影してもらっていて、それをプリントする際に自分なりの工程を重ねることで作品にしているんです。手で線を引いたりしないけれど、気持ちは同じ。時には撮影段階で手を加えるものもあって、窓に線を引いて山並みと一緒に撮影したり、調べた画像をプリントして窓に並べて窓枠ごと撮影したり」
J「本当だ。なんだか間違い探しのようで、観る楽しみが倍増します(笑)。それにしてもスマホの普及で情報過多な社会に疲れている人が見受けられる中で、吉田さんはブレがないんですね」
Y「そうでしょうか?」
J「はい。従来のものも新しいものも両方使いこなし、とある風景の写真を巨匠の日本画やグラフィックポスターのように仕上げている。展示を通し、自分自身の価値観や判断力、同時に創作力が試されている時代なのだと教えていただいた気がします。」
新しい感性に触れることのできる展覧会
今回紹介した吉田志穂さんの展示は、『Shiseido art egg』の一部。これは2006年にスタートした公募展で、新進気鋭作家を毎年3名選出し、既存の作品だけではなく、新たに資生堂ギャラリーのキュレーションで制作した作品を展示する。
吉田さんのほか、独学でキャリアをスタートさせ、40代で作家デビューを果たした、ヨーロッパでも人気の刺繍作家・沖潤子さん、「ホワイトキューブ」をモチーフとして絵画作品を制作する菅亮平さんの2名が受賞。菅亮平さんは本展では新作となる映像のインスタレーションもあり、いずれも見逃せない。ギャラリートークやワークショップなどのチェックも忘れずに◎
なお、吉田さんの会期中は彼女ができるかぎり会場に在廊するそうなので、作品解説を直接受けてみてください。


Shiseido GallerY: 第11回 shiseido art egg展
場所:資生堂ギャラリー(東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビルB1) 電話:03-3572-3901 開館時間:11:00~19:00(日祝~18:00) 休館:月、祝日 入場無料 吉田志穂展2017年6月2日(金)~6月25日(日) 沖潤子展 2017年6月30日(金)~7月23日(日) 菅亮平展 2017年7月28日(金)~8月20日(日)
[資生堂ギャラリー]
写真/Miki Takahira

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