大学時代、「デザインを学んでいます」と初めてお会いした方に話すと、その返答は8割がたの確率で「ファッションですか?」というものだった。
なぜファッション限定? と大きなクエスチョンマークが頭を駆けめぐった。
というのも、我が家は父が建築士だったこともあり、家の中にある椅子でも机でも、デザイナーらによって「デザインされたプロダクト」がいくつも存在していたから(いま思えばそれも偏った環境だったのかもしれない)。が、一般的にはファッションの方が「デザインされたもの」に結びつきやすいということに、このとき気がついた。ただしオートクチュールやファッションショーのようなものについては、「アート」として捉える方がしっくりくる(デザインを「商業・工業」という捉え方をした場合、そのように私は解釈している)。
デザインか、アートか。
これはしばしば論議される議題なのだが、今回はさらに思考を進めて、建築家によるプロダクト=建築は、デザインか、アートか、について考えたい。
竹橋駅から橋を渡って皇居を一望できる場所に位置する「東京都国立近代美術館」で開催されている「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」で、その謎を自問自答したいと思う。
本展は2016年11月「MAXXI国立21世紀美術館」(ローマ)、2017年3月「バービカン・センター」(ロンドン)と、海外で好評を博し、いよいよ東京開催を迎えたものだ。

時系列ではなく、戦後の住宅をテーマ別に展開

1945年は、第二次世界大戦が終結した年。都市部は一面が焦土と化していたため、戦後、住宅が圧倒的に不足した。そこで自ら土地を買って持ち家を建てることが、政策により推進されることに。そして1950年に建築士法が施行されると、多くの個人住宅が「建築家」によって設計されるようになる。東京の現在の街並みが生まれるきっかけとなったのは、この頃から。
本企画展では、日本の住宅の歴史を時代ごとに追うのではなく、住宅建築が増加した1945年から現代までの住宅を13のテーマに分類し、構成されている。400点を超える模型、図面、写真、映像というボリュームある展示から、私が気になった作品についてご紹介したい。
建築をアートだと考える建築家・篠原一男
まずは「住宅は芸術である」のセクションに展示されていた、篠原一男による作品。これは前述の「建築はデザインか、アートか」という疑問に呼応するものだ。ここに張り出されていた言葉がとても印象的だった。下の写真の言葉を読んでみてもらいたい。
戦後の合理的な生活が叶う建築により、便利な新しい生活が手に入ったけれど、同時に日本が古来から持つ美しい生活が消えてしまったことがうかがえる。美意識の高い空間と文明批評を、自らの設計を通して展開している篠原一男は、この言葉の語り手としてふさわしい建築家といえる。
彼による「上原通りの住宅|1976」は写真家・大辻清司の家。展示では施主である大辻が設計完成後に撮影した写真と共に、その家族が完成当時とその家での生活を振り返りながら語る映像が流される。


映像の中で「収納がない」とコメントがなされるように、美しい構造を意識して造られた空間での生活はやはり容易ではないようだ。が、美が存在する場で生きるのか、そうでないのかによって、生活を通じて得られる美的感覚には差が生じるように感じる。
住宅とは、「住む」→「寝床」として捉えることもできるし、特に戸外で働く人にとっては寝に帰るだけの寝床になりがちな気がする。けれど、そこで暮らす人が自分の居住空間を「素敵だ」「自由でかっこいい建築だ」と感じられるとしたら、その建築は人の感情を揺さぶる存在、つまりはアートとして捉えていいと思った。
建築=デザインと捉える立場もある
一方、「家族を批判する」のセクションでは、建築家たちは「家をデザインする」ことで、新しい家族のあり方を世に問うている。
それまでは、ちゃぶ台でご飯を食し、片付けて布団を敷いて雑魚寝をするスタイルで、畳の部屋ふた間でも良かった。が、家父長的で封建的な家族の形はもはや過去のものとなり、同時に生活改善や女性の地位向上への期待もあり、過去の一般的な家族像を基に構築された造りの家しかないことが、次第に問題視されるように。これらに疑問を感じた人びとと建築家が一体となって「新しい時代の家とは?」について協議し、家をデザインすることで「新時代の家族モデル」を提案したことを示すのが、このスペース。

展示には、さらに時代が進んだ、対等な夫婦の暮らしがコアとなる家や、LGBTカップルのための家、人間以外の生き物との共生を目指す家なども。



建築デザインの力によって、家族のあり方が時代と共に変化していることが明確にされていて、新しい住宅デザインで暮らす人びとを想像しながら眺めるのはとても楽しい。
建築家ではない立場からの家に対する提言
本展では、同美術館の所蔵作品から住宅に関連する絵画や写真作品を選んで展示されるほか、建築家以外の立場から「家」に対して投げかけられた重要な提言もある。たとえばファッションデザイナー・津村耕佑の「FINAL HOME」は、「服」を人間にとって最小の「家」として捉えた作品で、ファッションという領域を飛び越えたもの。

このように全体にとてもバリエーションの幅がある展示で、これらの視点を通すことで、建築がデザインであるか、アートであるか、その答えはどちらか1つ選ぶものではないということに気づかされた。建築美を求めた篠原一男や、デザインの力で新時代の生活を設計した建築家たちのように、それぞれの建築家が個別に持つ「意識」によって、どちらの答えもあり得ると言える。
若手建築家の作品も見逃せない
ちなみに冒頭写真は、気鋭の建築家ユニット「大西麻貴+百田有希/ o+h」による「二重螺旋の家 | 2011」。下町の旗竿敷地に建つこの家は、外からのアプローチである路地が白い塔にそのまま巻き付いたかのようになっている。明るい場所と暗い場所が生まれる構造にあえてすることで、住まい手が気分に合わせて居場所を選べるそうだ。
大御所だけでなく若い建築家作品までが、模型や複数の写真と共に展示される。自分が小さくなってその建物を覗くような気持ちで鑑賞できるのがなんとも楽しい!
1度ですべてを読み込もうとすると、脳内が飽和しそうなボリュームある本展。筆者も2回観にいったわけだが、2回目以降にはお得な割引もあるという嬉しいお知らせがあった。しかも会期は10月までとロングラン。戦後の日本、暮らしの自由、そして生きる上での表現の自由を、建築を通して楽しんでいただきたい。
「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」
会期:2017年10月29日(日) 会場:東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1 1F 企画展ギャラリー) 開館時間:10:00〜17:00(金土〜21:00)※入館は閉館の30分前まで 休館日:月(9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火) 観覧料:一般1,200円 ※金土の17時以降は一般1,000 円に ※本展使用済み入場券を持参すると、2回目以降は特別料金(一般500円)に
写真/Miki Takahira

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