いい大人にもなれば、恋愛にともなうさまざまな"痛み"を経験してきたという人も多いはず。そのなかでも、「あいつにさえ出会わなければ......」と思わず脳裏に浮かぶ顔があるかもしれない。2018年1月12日(金)より公開される恋愛ミステリー『伊藤くん A to E』では、まさにその代表格ともいえる超モンスター級の痛男が登場することでも話題となっている。
さらに、本作の見どころとなるのは、そんな痛男である伊藤に振り回される5人の女たち。ときに無様でありながらも、成長していく彼女たちの姿には、誰もが思い当たる節があるだけに、共感せずにはいられないところ。そこで、原作の同名小説を生み出した作家の柚木麻子先生と、崖っぷちの"アラサー毒女"である矢崎莉桜役を演じた女優の木村文乃さんに、この作品を振り返りながら今の心境について語ってもらった。
初対面で語るお互いへの思いとは?
じつは、今回の対談で念願の初対面をはたしたというおふたり。まずは、これまで本や画面を通じて感じていたお互いの印象について聞いてみた。
柚木先生:原作だと莉桜は自己管理もできないだらしないタイプなので、木村さんのような完璧な美女は正直どうかなと思っていました。でも、クライマックスのシーンでは表情と仕草だけで、莉桜の行き詰った気持ちやすさんだ部分を出してくださったので、やっぱりすごい女優さんだなと感じましたね。
木村さん:私は莉桜ひとりを演じるだけでも大変でしたが、柚木先生は5人の女性や男性陣など、それぞれの痛みをときに面白おかしく、ときに厳しく書かれていて、それこそ本当にすごいことだなと思っていました。というのも、本を読んでいて、「自分と似てるな」とか「痛いところ突かれたな」と感じていましたが、普段から接している相手のことを分析していくことは大変なこと。しかも、ゼロから作られているわけであって、生みの苦しみというのは、当事者にしかわからない辛さがいっぱいあると思います。
タイトルの「A to E」とは、AからEまでの5つのタイプに分かれた女性のことを指しているが、そのなかには「都合のいい女」や「愛されたい女」など、幅広いキャラクターが登場。思わず自分と重ねてしまう登場人物ばかりが勢ぞろいしているだけに、女性たちからは高い支持を得ている。そのなかでもAの智美という女性は、柚木先生の友人をモデルにしており、実際に伊藤のような男に振り回され続けたときのエピソードがもとになっているという。
柚木先生:実は伊藤みたいな男性に5年間振り回されていた友達がいて、ずっと彼女から話を聞いていましたが、そのたびに「なんて嫌なヤツだろう」と思っていたんです。そしたら、その友達が「この経験を消化したい」と言っていたので、それなら私が小説のなかでひどい目にあわせようと思って書くことになりました。でも、自分から何もしない男なので、書いても書いても彼はひどい目にあわないんですよね。
もともと大学時代には脚本家を目指していたという柚木先生。それだけに、落ちこぼれの脚本家である莉桜みたいにどんどん腐っていくような経験も過去にはあり、自身が投影されているという。では、木村さんが、自分と似ていると思うキャラクターは?
木村さん:私は、伊藤に3年間片想いして重いとフラれるDの実希に昔の自分が近いのかなと感じていましたね。かたくなに自分を守ってしまうところです。というのも、他人に対して自分に入って来ないで欲しいと思う時期があったからなんですよ。
柚木先生:いつも木村さんのインスタを見ていますが、「この人は不器用で繊細な方なんだな」と思っていたので、それはわかっていました。
木村さん:どうしてバレてるんだろう(笑)。でも、こうやって話す前からわかっていてくださるので、安心して柚木先生の隣にいられる気がします。
人との出会いこそが人生を変えるきっかけ
人物描写に定評のある柚木先生だけに、さすがの観察力で木村さんを分析。まるですべてを見透かしているかのような発言の連続に、木村さんは取材中に何度も驚くことになる。人と接することが苦手だったという木村さんだが、ある出会いによって大きく変わったという。
木村さん:私が初めて信じようと思った人は、いまの事務所の社長で、この出会いは私にとっては大きかったですね。というのも、それまでは良いことばっかりを言う人が周りに多くて、そういう人はあまり信用できないと思っていたんですけど、社長には初めて怒られたんです。「君の考えは間違ってないけど、頭が固いから一回全部壊さなきゃだめだ」と。
初めてそんな風に言われたんですけど、他人の人生を否定することって責任が必要なことであって、相手のためじゃないと言えないことですよね。だから、その言葉がすごくうれしくて、もう一度やり直そうと素直に思えたんです。それまではオーディションも落ち続けていましたが、社長と出会ってからの自分の方が圧倒的に好きになりました。
ひとつの出会いによって、人を信じて期待から逃げずに応えていきたいという意識に変わったという木村さんからは、人生における出会いの重要さを感じさせる。一方の柚木先生も一風変わった出会いによって、最近あることに気がついたという。
柚木先生:ここ数年お料理がすごく好きで、本格料理の本を読んだりしながら挑戦しているのですが、近所のお肉屋さんとの出会いでちょっと人生が変わったと思っています。というのも、お肉屋さんにもプライドがあるので、「この肉でこんな料理を作るなんてありえない!」といった感じで、私のことをことごとく否定してくるんです(笑)。
そのたびに、私たちの間ですごいやりとりがあるんですけど、そこで正直に人とぶつかることや自己主張することの大切さを学んでいますね。そうすると、相手もだんだん私を認めるようになってきて、調理法を教えたりしてくれるので、知識が増えて世界が広がりましたし、お料理も上手になりましたね。
どんなことにでも全力で向き合う柚木先生のパワフルさは、働く女性にとって見習いたいところ。最後に莉桜のようにスランプに陥ったときに、どのようにして抜け出しているのかをおふたりに尋ねてみた。
木村さん:私はまったく切り替えができない方です。
柚木先生:実は私も同じで、わーっと思いながら仕事しちゃうみたいな感じですね。なので、逆に切り替える方法を教えてもらいたいくらいです(笑)。
木村さん:でも、結局はやるしかないというのもありますよね。
柚木先生:確かにそうですね。でも、木村さんの場合は、葛藤してぐちゃぐちゃのまま現場に行っているのが、魅力にもなっている気がします。なので、切り替えられないのであれば、無理に切り替えなくてもいいんじゃないかなと。それも味になるのかなとも思ったりしますね。
「デキる女=切り替えがきちんとできる」という図式につい自分を当てはめたくなるだけに、第一線で活躍している柚木先生と木村さんの「無理に切り替えなくてもいい」という言葉には心が軽くなる。
今回登場する5人の女性たちもまた、さまざまな悩みや葛藤を抱えながら、自分なりの方法で前に進もうとしているだけに、その姿にはどこか背中を押されるはず。どの女性も一歩間違えればただの"痛い女"に見えてしまうが、"痛みのわかる女"になった瞬間にみせる表情は魅力的なもの。小説、ドラマ、映画と異なる視点で描かれた本作は、それぞれの楽しみ方が味わえるだけでなく、女性なら自分への反面教師としても見ておきたい作品だ。
伊藤くん A to E
出演:岡田将生、木村文乃 | 佐々木希、志田未来、池田エライザ、夏帆、田口トモロヲ、中村倫也、田中圭/監督:廣木隆一/原作:柚木麻子『伊藤くん A to E』(幻冬舎文庫)/脚本:青塚美穂/音楽:遠藤浩二/主題歌:androp「Joker」 (image world)/配給:ショウゲート/©「伊藤くん A to E」製作委員会
2018年1月12日(金)より全国公開
撮影/柳原久子 文/志村昌美

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