“世界最高峰”と名高いサービスを求めて、世界中から熱心なファンが集まるホテル、ザ・リッツ・カールトン東京。その顧客サービスには、ひとりひとりの従業員の創意工夫を引き出し、チーム力を高め、すべてのお客様に「ザ・リッツ・カールトン・ミスティーク(リッツ・カールトンの神秘性)」と呼ばれる体験をしていただくための、独特の「言葉」が大きく作用しています。
「ザ・リッツ・カールトン東京」のチーフコンシェルジュを務める伊藤正子さんに、「言葉の力」で従業員を結ぶチームマネジメントについて伺いました。
“ミスティーク”を生み出す4つのワード
プールサイドでプロポーズする計画を従業員に話したら、一輪の花と冷えたシャンパンとともに、プロポーズする際にひざまずけるよう絨毯を準備してくれた。桜の花が見たくて日本に来たのに、見頃が過ぎてしまったと嘆いていたら、ホテルの部屋に満開の桜を生けた大きな花瓶と、美しい桜のカードが添えられていた。
物語に登場する“善い魔法使い”のように、顧客を感動させるサービスを生み出すザ・リッツ・カールトン東京。いったいどうしたら、これほどのホスピタリティを持つ従業員を育てることができるのでしょうか。
女性のコンシェルジュチームを率いる伊藤さん。チーム内でたびたび口にするという言葉を、ザ・リッツ・カールトンホテルにおける定義とともに紹介します。
ザ・リッツ・カールトンの従業員が常に携行する「クレドカード」。そこには、ザ・リッツ・カールトンの企業理念である「クレド」「モットー」「サービスの3ステップ」「サービスバリューズ」「第6のダイヤモンド」「従業員との約束」が記されている。内容は世界共通で、各国語に翻訳されている。
1.価値観と行動基準が詰まった「ゴールドスタンダード」
世界中のザ・リッツ・カールトンホテルの従業員が共有する「企業理念」を指す 「ゴールドスタンダード」。これらは通称「クレドカード」と呼ばれるポケットサイズのカードにまとめられ、すべての従業員に携行が義務づけられています。クレドとは「私は信じる」を意味するラテン語。迷ったときはこれらの基準に照らし合わせることで、自らの判断の指針を得ることができます。
「日々の会話のなかで、ザ・リッツ・カールトンホテルの従業員として我々はどうしていくべきか、という話題になることはとても多いです。入社すると3日間のオリエンテーションがあり、ゴールドスタンダードを徹底的に学びます。3週間後に『day21(デイトゥエンティワン)』と呼ばれる理解度テストがあり、その後もさまざまなトレーニングの場を設けて、ザ・リッツ・カールトンホテルの文化を全員が理解しながら働く環境が築かれています」(伊藤さん)
バックオフィスのあちこちにゴールドスタンダードの一節が張り出されていたのは、ザ・リッツ・カールトン東京を訪れて驚いたことのひとつ。従業員間のリマインドに役立っているといいます。
2.“We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen(紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です)”
ゴールドスタンダードに「モットー」として掲げられるのが、“We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen(紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です)”というフレーズ。すべての従業員が常に最高レベルのサービスを提供すること、またサービスを提供する従業員同士もリスペクトし合う関係であることを表しています。
「文化と呼べるほど、日常的に使われていますね。総支配人も私たち従業員も、同じようにそう呼び合っている。メールを全館に送るときの書き出しは、Dear Ladies and Gentlemen......ですし、日本語なら紳士淑女の皆様、と。お客様へだけでなく従業員同士も尊敬し合うという風土は変わりません」(伊藤さん)
紳士淑女という言葉は、ザ・リッツ・カールトンホテルがお客様や従業員とどんな関係を築こうとしているか、そして従業員とお客様をどれほど大切にしているかを示す言葉でもあります。自分の仕事に誇りを持ち、この場所にずっといたい、このチームのために頑張りたい、と思わせる。そんなロイヤルティを高めるパワーのある言葉です。
3.一日あたり2,000ドルまでの決裁権を持たせる「エンパワーメント」
「エンパワーメント(裁量委譲)」はザ・リッツ・カールトンホテルの大きな特徴のひとつ。お客様へ最高のサービスを提供するためであれば、その都度上司の判断を仰ぐことなく、 最大2,000ドルまで従業員自身の判断で支出することができるという権限です。
伊藤さんに「他のホテルと違うザ・リッツ・カールトン東京の特色は?」と尋ねたとき、最初に挙がったのがエンパワーメント。最大2,000ドルという金額の大きさに目が行きがちですが、その狙いは従業員の当事者意識を育み、タイムロスなくお客様へ最高のサービスを提供することにあります。
4.お客様とのエピソードを共有する「WOW(感動)ストーリー」
「WOW(感動)ストーリー」とは、世界中のザ・リッツ・カールトンホテルで実際に起こった、従業員とお客様との心温まるストーリーのこと。ザ・リッツ・カールトン東京では、月に一度、Monthly Wow(月間ベストWOWストーリー)が表彰されます。また世界各国のWOWストーリーは、世界中のザ・リッツ・カールトンホテルで行われるラインアップ(ミーティング)の際に共有されています。
顧客との深い関係を築く「エンゲージ」
じつは、冒頭で紹介した桜のWOWストーリーは伊藤さん自身のエピソード。伊藤さんには他にもこんなMonthly Wowとして表彰されたストーリーが。
「ご滞在ではなく、ザ・ロビーラウンジをご利用になった50代のお客様でした。ザ・リッツ・カールトンホテルを利用してみたいので、会員プログラムやパンフレットがあれば送ってほしいとのお話で。すぐに資料を手配したところお喜びいただいて、そのときの会話で、次の結婚記念日にザ・リッツ・カールトン・ウィーンに泊まる予定だとうかがいました。
そこで私は、ザ・リッツ・カールトン・ウィーンに連絡をし、シャンパンとケーキを用意してもらったのです。加えて、たまたま同僚がバケーションでウィーンに行くというので、手書きのカードと着物を纏ったリッツライオンのぬいぐるみを託し、お客様のチェックイン時にお部屋にセットアップできるよう手配いたしました。それを受け取ったお客様はとてもお喜びになり、写真まで送ってくださって。それ以来、京都と東京のリッツ・カールトンのリピーターになってくださいました。私がエンゲージさせていただいたお客様のひとりです」(伊藤さん)
日本では“婚約”のイメージが強いエンゲージという言葉ですが、ザ・リッツ・カールトンホテルでは、顧客と深い信頼関係を築くことを“エンゲージ”と表現しています。エンパワーメントもWOWストーリーの共有も、すべては顧客を喜ばせ、顧客とエンゲージするための仕組みなのです。
ブレない指針がいつも自分の中にある
配慮とスピード感、従業員の個性やユーモアまで垣間見えるサービスこそザ・リッツ・カールトンホテルの強み。ゴールドスタンダードという絶対の指針があることで、判断に迷ったときも自分にGOサインを出すことができるのです。
“紳士淑女”をはじめ、 ザ・リッツ・カールトンホテルで使われる言葉には不思議なパワーがあります。ひとつの言葉や短いフレーズで従業員の誇りを高め、理念に共感して自発的に動ける人材へと変えていく。口癖が人を変えるとはよく言われることですが、世界規模でこうしたワード・マネジメントを行っている企業は少ないのではないでしょうか。
後編では、従業員全員にその日のホテルの情報共有を徹底させる“ラインアップ”の方法論や、チーム力を高めるメンバーとの向き合い方について、伊藤さんにお聞きします。
伊藤正子(いとう・まさこ)さん
「ザ・リッツ・カールトン東京」宿泊部 チーフコンシェルジュ。航空会社の客室乗務員を経て、某クレジットカードVIP専用のコンシェルジュをつとめ、2015年1月から 「ザ・リッツ・カールトン東京」のコンシェルジュとなる。
撮影/YUKO CHIBA、取材・文/田邉愛理、企画・構成/寺田佳織(カフェグローブ編集部)

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