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濱野ちひろさん。セクシュアリティ・エロティシズムの文化人類学的研究に取り組む。撮影/祐實とも明
40歳を目前にキャリアからいったん離れ、京都大学の門を叩いたライターの濱野ちひろさんに、なぜ、学問の道に進んだのか、その結果、よかったことや悪かったことを綴ってもらう「社会人の学び」特集番外編。 受験を決めた第1回に続き、今回は39 歳の大学院入試に立ちはだかった落とし穴について。
撮影/宮本敏明
濱野ちひろ(はまの・ちひろ)さん
1977年広島県生まれ。フリーライター。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍中。セクシュアリティ・エロティシズムの文化人類学的研究に取り組む。バツイチ、金なし、ミッドライフ・クライシス、の三重苦をバネに、先行き不透明なケモノ道を邁進中。ルポに「欲望のトレーニング——ベルリン「セックスの祭典」体験記」『新潮45』2018年3月号など。
恐ろしきシャープペンシル
入学試験なんておよそ20年ぶりだった私にとって驚くべき体験だったのは、「紙にシャーペンで解答を書く」という作業の難しさだった。日ごろボールペンで乱雑にメモを取り、書類はたいていパソコンで入力することに慣れ切っている仕事用の手は、シャーペンの芯の固さや紙との摩擦の加減をさっぱり忘れていて、文字を書くスピードが普段の三倍くらいかかってしまった。
まさかこんなことでつまずくとは予想さえしていなかったので、時間配分がめちゃくちゃになった。「筆記具との相性の悪さなんかが原因で落ちたらたまらない! 誰に言っても信じてもらえないだろう!」と焦った。幸いにも私は合格したが、このシャーペン事件はその後の大学院生活を暗示する象徴的できごとだったことにその後私は気づくことになる。
自転車でフラフラ、頭もフラフラ
2016年春、慣れ親しんだ東京に後ろ髪をひかれながらも京都に引っ越し、新生活が始まった。桜が咲き誇り、空は青く、鴨川はきらめいて鷺がのどかに佇んでいる。なんと優雅なことだろう。
そんな京都の日常をサバイブするには自転車が必須であるため、私は20年ぶりにサドルにまたがった。愛用のトートバッグはバックパックに、8㎝ヒールはスニーカーに代わった。東京の交通機関に甘やかされてきた私は自転車のバランス感覚が掴めずに、鴨川沿いで一回、百万遍の交差点あたりで一回、派手に転倒してアザを作った。
正直、桜なんて愛でる余裕もない。痛くてもすぐ起き上がって大学に行かねば。 根性でゼミに向かうと、今度は脳のバランスが崩れた。鍛えあげてきた仕事脳は、学術脳とはかけ離れていた。議論のポイントをざっくりと掴むことはできても、奥深いところに手が届かないもどかしさ。私、結構大変なことに着手しちゃったんだなと理解したのは入学して一か月は経った頃だった。
Image via Shutterstock
おとなの身体を若返らせる
シャーペン、自転車、仕事脳。私に降りかかったこれらの苦労は、おとなの身体が備えているクセに関する問題だ。人間は環境に作用され、自分の周囲の世界に馴染んでいく。そうやって技術を習得し成長する。しかしそれは同時に、いつの間にかその環境に特化したクセを身につけ、特定のこと以外に鈍感になったり不器用になったりすることでもある。その側面を人は老化と呼ぶのかもしれない。もしそうならば、新しい環境に挑戦し続ければ老いは減速するともいえる。
実際、挑戦の効用はすぐに現れた。講義や議論が純粋に楽しい。知らないことが多すぎるという喜びは、仕事で得る達成感とは180度違っていた。脳が内側から新しくなる感覚があった。大学に行きさえすれば知恵や知識が降り注いでくるという事実を、なんという贅沢だろうと感動した。20代ではわからなかったことだ。
筋トレしてから受験しろ!
しかし本当のところ、最初の半年間の私は、帰宅するや毎日ほうほうのていでベッドにもぐりこんでいた。若さという財産をピークまで蓄えた学生たちが初夏の日差しを受けてきらめきを増す中、私はといえば春風邪を長々と引きずり、わが身にはぴちぴちのカケラも搭載されていないと痛感していた。打ち上げられて浜で腐りかける魚のような気分で身を引きずりながら、前期をどうにかこなし、すべての課題を終えた時は泣きそうになった。
仕事中心の生活で作られていたこれまでの身体を、学問に耐えうる身体に書き換えるには、実は体力が何より必要だった。受験勉強で太っている場合じゃなかった、むしろ筋トレとジョギングが大事だったんだとこのころやっと気づいたが、後のまつり。
だからいま私は声を大にして言いたい。大人になって大学院に行くつもりなら、まずは筋トレから始めよう!と。2時間受験勉強したらスクワット20回。そんなメニューをおすすめしたい。 (続く)
※アラフォー受験生、合格! 次回はアラフォー学生の本音を綴ってもらいます。
*続きはこちら
*第1回はこちら
文/濱野ちひろ
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