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濱野ちひろさん。セクシュアリティ・エロティシズムの文化人類学的研究に取り組む。撮影/宮本敏明
2か月にわたって「社会人の学び」を特集中、ふと疑問がわきました。「キャリアに直結しない学びは、無駄なのだろうか?」
仕事につながらなくても、本当は「好きなこと」を学びたい。でも、時間もないし、一歩を踏み出せない……。
そんなふうに考える人も多い中で、40歳を目前にキャリアからいったん離れ、京都大学の門を叩いたライターの濱野ちひろさん。彼女に、なぜ、思い切った行動をとったのか、その結果、よかったことと悪かったことを綴ってもらいました。
学び特集の番外編として、「お金にならない社会人の学び」について考えます。
濱野ちひろ(はまの・ちひろ)さん
1977年広島県生まれ。フリーライター。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍中。セクシュアリティ・エロティシズムの文化人類学的研究に取り組む。バツイチ、 金なし、ミッドライフ・クライシス の三重苦をバネに、先行き不透明なケモノ道を邁進中。ルポに「欲望のトレーニング——ベルリン「セックスの祭典」体験記」『新潮45』2018年3月号など。
誇れるものが何もない!
いったい自分がいくつで死ぬのか知らないが、だいたい折り返し地点だなと思った35歳の頃、これまでを振り返ってあまりの迷走人生に愕然とした。
周りは20代で素晴らしい恋愛をし、就職し、結婚し、家庭を持って幸せを満喫している。ところが自分はどうだろう。20代で恋愛とも言いがたい最悪な関係しか経験せずに結婚までして離婚、就職超氷河期にめげて一社も内定を得られず、わが身を養うために22歳からフリーライターになった。不安定極まりない職で糊口をしのぐため馬車馬のように働いて、数々のセクハラにも耐え(キレたこともあるが)なんとかやってきたものの、ふと我に返ると自分の手元には誇れるものはなーんにもなかった。
結婚・出産・仕事……すべての課題に落第して
35歳当時、私は「一生食っていける!」と思える専門性もなければ、やっと巡り会えた素敵な彼氏とも、好きという気持ちでだけはうまくいかずに別れた直後だった。結婚や出産、安定した収入など重要課題のすべてに私は落第していた。フリーライターの仕事は出版業界の不況とあいまって先行き不透明になるばかり。今後どうやって、何をして生きていくのか。未来が見えなかった。
私はずっとバカにやけっぱちに生きてきて、そのツケを払うタイミングを失いっぱなしで、「やけっぱちに水」みたいな状態で30代後半に突入しているんだと気づいた。このままでいいのか。忸怩たる思いを抱きながら数年過ごした。もちろん転職することも考えた。今ならぎりぎり間に合うと思ったから。だが心の底に「勉強したい」という思いがあるのを無視できなかった。
Image via Shutterstock
大人になってから得た課題を解決したい
なぜ勉強したいか? 単純に、理解したいことがあるから。20代のひどい恋愛で私は凄惨な性暴力を受け続け、逃げられず、人生を一度ズタボロにした。セックスってなんだろう。私だけじゃなく、セックスによって傷つく人たちはたくさんいる。人間にとって当然の行為とされるセックスの周りで、たくさんの普通じゃないことが起きる理由ってなんだろう。大人になってから得たこの問題に何らかの答えを見出したかった。
そのためには学術の場で取り組むのが最善に思えた。生活を変えるのは怖かったが、考えてみればずっと迷走中なのだから、いまさら捨てるものなど何もない。よし、思い切って大学院に行ってみよう。どうせならバカにバカを重ねてやろう。そう決めた。38歳の時だった。
何をどこで、誰のもとで学ぶか
文筆家の端くれとして、私は社会を調査して独自の見解を作り上げていく学問を望んだ。そこで選んだのが文化人類学だ。文化人類学では、基本的に一人の調査者が特定の社会に入り込み、時に何年もの調査を行って自らの視点で捉えた世界の片鱗を民族誌として描き出す。私にとって、それは残りの人生で情熱を燃やすに足る営為に思えた。
私の関心領域に近い研究者を探しては著書を読むうち、「この人だ!」と思える人物を見つけた。京都大学の教授だった。善は急げで、読み終えてすぐメールを送り、面談してもらった。自分の年齢が不安だと打ち明けたら「そんなことは関係ない」と教授が静かに断言したのが忘れられない。
大丈夫だよと背中をポンと押してもらった気がした。この時、本当に一歩を踏み出したのかもしれない。
受験勉強、開始!
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教授はさっそく受験勉強のアドバイスをくれた。「文化人類学の辞典を丸暗記すること」と言われたときには目が回った。しかも辞典は1冊ではないのだ! 教授に会ってから半年ほどは仕事を絞り、土日と平日のうち1日は必ず勉強に充てた。
毎日辞典を読んでは難解な学術用語に心が折れそうになった。大学生向けの文化人類学の教科書を繰り返し読んで頭に叩き込んだ。辛かった。脳が糖分を欲するなら限りなく与えた。8キロ太った。辞典の丸暗記など到底達成できぬまま巨大化した私は、びくびくしながら京大の大学院修士課程を39歳になる年に受験した。2016年2月、寒いがよく晴れた京都の冬のある日のことだった。(続く)
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文/濱野ちひろ
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