昨今の「Me Too」や「Time’s Up」といったムーブメントを引き起こしたように、まだまだ映画界も男性社会といわれているが、女性たちの活躍も目覚ましいことには変わりない。そのなかで、日本を代表する女性監督として、国内外から高い評価を受けているのは河瀨直美監督。作品を発表するたび、世界中の映画ファンからの注目を集めている。
最新作『Vision』は、フランスが誇る世界的女優ジュリエット・ビノシュを主演に迎え、生まれ故郷である奈良を舞台にした意欲作。ある女性エッセイストが「人類のあらゆる精神的な苦痛を取り去ることができる」という薬草を探すために、吉野の森を訪れるところから物語は始まる。そこで今回は、本作に込めた思いや仕事に対する原動力について語ってもらった。
ジュリエット・ビノシュと意気投合
この作品が生まれたきっかけとなったのは、河瀨監督が2017年のカンヌ国際映画祭に参加したときのこと。運命に導かれるようにジュリエットと出会い、言葉の壁をものともせず意気投合、なんとその翌月には本作の制作が決定したという。
スクリーンでも圧倒的な存在感を放つジュリエットは、監督にとってインスピレーションを与えてくれる女優。まずは、現場で印象に残っているエピソードについて教えてもらった。
河瀨監督:今回は順撮りしているので、ジュリエットが電車に乗って森に向かっていくシーンから撮りました。脚本では、「泣く」とはありませんでしたが、流れゆく風景の中でトンネルを抜けたら彼女が涙を流していたんです。セリフだけではなく、そこに至るまでの役としての人生やなぜここに来たのかというのを全部自分のなかにストーリーとして作ってきてくれていたので、そこで思いがあふれ出したんだと感じました。なので、私も「泣かないで欲しい」とは言わずに、その感情を次につなげていく形でエピソードを変えていくことにしたんです。
ジュリエットの自分に向き合う真摯な姿勢
冒頭のシーンのみならず、ジュリエットの役への向き合い方には、監督もつねに驚かされたという。
河瀨監督: 彼女は役になりきるため、日本に来た瞬間からパンを食べずに玄米に切り替え、日本古来の食を中心に食べて体の中から変えていくようなこともしていました。それに加えて、撮影のないときでも、10年以上付き合いのあるNYのアクティングコーチとは1日平均4~5時間もスカイプでセッションをしていたようです。技術的な面も含めて、すべての時間を役として存在することに費やしてくれていました。
さらに、撮影中の過ごし方ひとつとっても、ジュリエットがいかに役へ没頭していたかが垣間見ることができる。
河瀨監督:吉野にはジュリエットクラスの女優さんを宿泊させるような施設というのはないので、それを逆手に取り、ユニークな場所として、お寺の宿坊に泊まってもらいました。そこでは、毎朝お堂でご住職がお経をあげていましたが、彼女も一緒にお祈りをして、そこから見える吉野川の景色を愛でながら、過ごしていたようです。
では、ひとりの女性として、彼女の生き方から刺激を受けたことは?
河瀨監督:仕事への向き合い方は、ストイックでとにかく高い集中力を持っていますが、それだけでなく、何に対しても決して逃げない。泣いていても、わからなくても、わかるまで向き合おうとするので、そこは強いなと思いました。そんな彼女に共感することもありましたし、尊敬するところもたくさんありましたが、頭の回転が速いので、非常に刺激的でもありましたね。あとは、そんななかでも家族との時間をしっかり持とうとしているところも素晴らしいと思います。
毎日2時間のミーティングで細かくチェック
今回はジュリエットのみならず、日本からも永瀬正敏や夏木マリ、岩田剛典といった豪華な俳優陣が集結。これだけのキャストとスタッフをまとめて現場をけん引するのは、並大抵なことではなかったはず。どのような方法で乗り切ったのかを聞いてみた。
河瀨監督:撮影のあと、最低2時間はスタッフと全体ミーティングをしていました。今回は、各俳優にひとりずつスタッフをつけていたので、彼らの心の動きはどうなのか、疲れてはいないかというのをすべて聞き取って、翌日につなげていく方法を取ったんです。
そうやってみんなから聞き取りをしたあとに、「いま抱えている問題」と「うまくいっていること」を全部並べたうえで、明日どうするかということを話し合っていました。できることとできないことを積んでいくという形で進めていたので、俳優たちがそこで生きることを優先していくような演出になったと思います。
才能のみならず、上に立つ人間としての資質も兼ね備えている河瀨監督。18歳でカメラを手にしてからすでに30年が経つ。映画と真摯に向き合い続け、今回で長編映画10作目を迎えた。では、これだけ長きにわたって映画制作に情熱を注いできた原動力となっているものはなんだろうか。
河瀨監督:チームの人たちとはすごく大変なものを乗り越えた同志みたいな感じで、とにかく仲がいいので、彼らが愛おしいというのもあります。そんなチームと作り上げる作品は、すべてを凝縮したものを、さらに濾したあとに残る“何か”みたいになるのですが、それが映画として100年後でも残っていくというのは次のモチベーションにもなりますし、「生きているうちにまたやろう!」みたいな気持ちにもなりますね。
今を大切に、ていねいにやり続けて
自らの道を進み続ける河瀨監督は、同じ40代であるカフェグローブ読者にとって、まさに憧れの存在。最後に、働く女性たちに向けてのエールをもらった。
河瀨監督:まずは、自分の足元を見つめてやり続けるということが大切。私と同世代の女性は、いろんなものを抱えなければいけない時代でもあるんですけど、まずはできることから、ていねいにやっていけば何かにつながると思います。
あとは、このまま人間だけが生きているような考え方でいると苦しくなってくると思うので、自然との共存や目に見えないものの存在とか、そういうものを実感しながら次の世代に伝えていければいいですよね。それは、「未来を作ろう」とか大袈裟なことではなくて、いまをちゃんと大事にしていくことじゃないかなと思っています。
河瀨監督が未来に抱く希望や危機感、さらに映画作りに対する独自のビジョンがダイレクトに伝わってくる本作。川のせせらぎや葉が擦れる音、そして生き物の気配にこだわったという美しい自然描写や今回表現したかったという言語を超えた心の交流を目の当たりすれば、魂が震えるのを感じるはずだ。
『Vision』
出演:ジュリエット・ビノシュ 永瀬正敏 岩田剛典 美波 森山未來 田中泯(特別出演)・夏木マリほか/監督・脚本:河瀨直美/配給:LDH PICTURES
2018年6月8日(金)全国ロードショー
©2018“Vision”LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.
http://vision-movie.jp/
撮影/柳原久子、取材・文/志村昌美

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