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濱野ちひろさん。セクシュアリティ・エロティシズムの文化人類学的研究に取り組む。撮影/祐實とも明
40歳を目前にキャリアをいったん手放し、京都大学の門を叩いたライターの濱野ちひろさんに、 なぜ学問の道に進んだのか、その結果、 よかったことや悪かったことを綴ってもらう「社会人の学び」特集番外編。 第3回は「大人が大学に入り直したら、実際どんな感じ?」なのか教えてもらいました。
撮影/宮本敏明
濱野ちひろ(はまの・ちひろ)さん
1977年広島県生まれ。フリーライター。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程在籍中。セクシュアリティ・エロティシズムの文化人類学的研究に取り組む。バツイチ、 金なし、ミッドライフ・クライシス の三重苦をバネに、先行き不透明なケモノ道を邁進中。ルポに「欲望のトレーニング——ベルリン「セックスの祭典」体験記」『新潮45』2018年3月号など。
よいことその1:世界は変わりうると知ったこと
大学院での最大の収穫は発想力が飛躍的に高まったことだ。
世間の常識に居心地の悪さを感じながらもそれを打ち破れないでいた私にとって、学問とは理論的に常識を疑うための救いの手立てだった。
目の前のできごとを手に取り、いろんな角度からじろじろと何百時間でもかけて眺めてみる。飽きてもなお眺め続ける。視野が変わらないときは、山積する文献を読み漁る。延々それを繰り返していると、急に視界が開けてくる(気がする)瞬間がある。
往々にしてそれは幻想なのだが、それでも何かを少しでも掴めたとき、本当に不思議なことに、他のものごとたちも一気に違う側面を見せ始める。新しい解釈の方法を獲得した瞬間に、身の回りの当たり前だった世界が変貌する。これが学ぶこと考えることの醍醐味だ。
この経験は一生の宝物になるだろう。今後もしも私がまったく違うことを始めたとしても、学問に取り組むことで得た「世界は変わりうる」という確信はいつでも明確に私の足元を照らしてくれるはずだ。
よいことその2:年齢も国籍も超える友情
Image via Getty Images
陳腐に聞こえるかもしれないが、友人に恵まれたことも大きな収穫だ。私は社交性の高さを自負していたので、大学院でも苦労しないとタカをくくっていた。だがそれは自信過剰だったようで、入学すると若くて賢い人々に引け目を感じ続けた。
とはいえ大学院に通い始めて数か月たった頃、私はなんだか自然に周囲に受け入れられていると感じるようになっていた。それは私が頑張ったからではなかった。だって相変わらず自分はみんなと違うとちょっと自虐的に感じてしまっていたから。
それでもいつの間にか馴染めていたのは、周りの友人たちが私に対してとっくに心を開いてくれていたからだった。それを理解したとき、「自分ならどこでだってやっていける」なんて、ひどく傲慢だったと思わずにいられなかった。それは周りの優しさや温かさがあって初めて実現することなのに。
一緒に悩み苦労するのに年齢や性別や国籍、 その他もろもろの不可解なマークたちはまったくもって関係ないという事実を、私は理解しているようでしていなかったのだと思う。こういうことは、 実践してみて初めて骨の髄まで染み渡る。染み渡らせてくれたのは周りの友人たちであり、彼らとの関係性の中で私はどんどん変わっていった。
職場など他の場面で出会っていたなら、私たちの関係性は異なったものになっていただろう。 日本社会は相変わらず年齢によるヒエラルキーが厳格で、せっかく気が合いそうな人を見つけても、立場を超えて友情を育むことが難しい。
いま、大学院という場所で20代の仲間と日々をちゃんと共有できていることを心底ありがたく思う。困ったら何時間でも話し込んでアドバイスしてくれるひとまわり以上歳年下の大好きな友達がいまでは何人もいる。育った背景も性別も母語もさまざまだ。
ここで出会っていなければ、彼らはもしかしたら私に堅苦しい言葉遣いでしか話してくれなかったかもしれない。そんな状況を想像するともはや恐ろしい。年齢や立場、環境の違いで友情が阻まれかねないなんて本当にあほらしいと、いまは心底思う。
つらいことその1:忘れ去られる不安と孤独
つらかったことの筆頭は仕事からいったん離れざるを得なかったことだ。
私はフリーライターという仕事の特性上、学生をしながら仕事もできると考えていた。だが蓋を開けてみるとそううまくはいかなかった。
転居に伴い東京での仕事が減ることは予想していたが、当初はクライアントを開拓して関西圏で新たに仕事を得ればいいと考えていた。それはまったく甘かった。思った以上に学業が忙しく、営業までとても手が回らない。結果的に経済的な打撃を受けた。
もっともしんどかったのは、お世話になってきた東京の仕事関係者たちに忘れ去られていく不安と、孤独感だった。人間関係が疎遠になって仕事で求められなくなると、自分がいかに仕事によりかかって自己やプライドを形成していたのか痛感した。仕事が私を生かしてくれていたのだ。
覚悟も自覚も足りなかったし、だからこそ仕事に後ろ髪を引かれているのだと何度も思った。これは耐え忍ぶよりほかに解決策がなかった。
つらいことその2:大学にもある35歳の壁
Image via Getty Images
仕事が思うように得られなかったため、2年目には深刻な経済問題に直面した。
貯金や退職金を生かして大学院に入学する人は計画性があって素晴らしい。しかし将来を見通せないというダメすぎる特徴を備える私はそうではなかった。
大学院には各種奨学金や助成金を申請する手立てがあるので挑戦したが、ここで年齢の問題がたちはだかった。日本の奨学金や助成金の類いは、修士課程なら35歳以下、博士課程以上なら40歳以下という年齢制限を設けていることが多いのだ。
35歳といえば一般的に転職の目安とされる年齢であり、また高齢出産としるしづけられる年齢とも重なる。なぜか日本は35歳という数値を「まだやり直せる大人」の目安としているようだ。私のようにこの数値から外れている人は、どこに行っても苦労しかしない仕組みだ。
このことを踏まえると、修士課程で学びたいならなるべく30歳ごろまでに受験を終えるべきだと助言できる。35歳以上ならさらなる覚悟が必要だ。数年間勉強に没頭しても生きていける算段をつけておこう。 これってたぶん、当たり前すぎるアドバイスだが。 (続く)
※七転八倒しながら学生道を邁進する濱野さん。次回は7月13日公開、学ぶことで見えてきた濱野さんの人生論。最終回です!
文/濱野ちひろ
*続きはこちら
*第1回と第2回はこちら
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