会社に社長の机がないという株式会社ウィズグループ。「リアルな身体がない状態で仕事が成り立つか実験している」という社長の奥田浩美さんは、普段レジデンスの一室で打ち合わせや仕事などをこなしている。
IT/インターネットの黎明期からITに特化したイベントを主催し、これまでサービスや商品が発表されたその瞬間に、世界ががらりと変わる様子を見てきた。普段過ごしているという仕事場で、これまでのキャリアを伺った。
奥田 浩美(おくだ・ひろみ)さん
株式会社ウィズグループ 代表取締役。株式会社たからのやま 代表取締役社長。インド国立ボンベイ大学(現州立ムンバイ大学)大学院社会福祉課程修了(MSW)。1991年にIT特化のカンファレンス事業を起業し数多くのITプライベートショーの日本進出を支える。情報処理推進機構・未踏IT人材発掘育成事業委員、「IT人材白書」委員。内閣府輝く女性事業調査検討委員等。著書に「人生は見切り発車でうまくいく」、「ワクワクすることだけ、やればいい!」等。
力不足を感じ、挫折を経験したインド留学
父親に「男女の差がない教育学部に」「将来は教員から校長に」と言われてその通りの進路に進んでいたという奥田さん。妹とは異なり「リーダーになるだろう」と期待され、自分でもそのつもりでいた。就職先の学校まで決まっていたところで、父が当時働いていたインドへ卒業旅行として訪れた。
「頭の中で“どら”が『じゃーん!』と鳴ったのを覚えています。道端に手を切られた子どもや、物乞いをする子どもがいて。それを見たときに、自分はこれまでどれだけ狭い世界を生きてきたんだろう、この世界はどこまで矛盾に満ちているのだろうと思い、もっとその世界を見てみたいという思いが強くなったんです」
旅行から帰国しても、その思いは高まるばかり。どうすればインドに住めるかを考えたところ、大学院への進学を思い立った。
それからは、親を説得する日々。毎日のように父と国際電話をし、高額な電話料金を「親子喧嘩」のために使っていたという。
「でも最後には受け入れてくれました。努力すれば周りの人が受け入れてくれると知り、『自分の人生を自分で決める』という大きな経験をしたんです」
インドでは社会福祉活動に精を出した。何も知らずに売春させられる子どもに倫理教育をして、刺しゅうや縫物を教える。
ところが、子どもたちはそれによる働き口があるわけでもなく、プログラムが終われば同じ生活が待っている。さらには、倫理教育によって、社会にはびこっている物事に対する罪悪感だけが植え付けられる。
自分の力が何の役にも立たず、むしろ不幸を量産しているような気持ちになり、大きな挫折を味わった。
ITなら世界を救える
帰国して、日本で就職しようと考えた奥田さんは、さまざまな情報が集まる国際会議を運営する会社に就職する。担当は、半導体や通信の標準化といった分野。当初は、「次世代通信標準化会議」などが人を救うとは到底思えなかったという。
「今となっては時代の寵児のように言われている人たちが、青年のようなキラキラした表情で登壇し『世界を変える』と言うのを何度も目にしてきました。先進国で生きてきた私は、インドのような場所で地べたをはいつくばって世界を変えるのは無理だった。でも、登壇者たちの言葉を聞くに従い、技術で世界を変えることができるかもしれないと思うようになり、未来のITに生きる人たちに力を尽くそうと考えたんです」
入社して2年が経とうとした頃、新規事業の立ち上げメンバーとして誘われ、通訳やカンファレンスを請け負う事業を立ち上げた。
「海外から日本に進出しようとする企業のカンファレンスを企画していました。大手の広告代理店と競合となりますが、私たちは気概で負けなかった。クライアントは、人生をかけているんです。『新規事業として、私も人生をかけています』と真剣に話すと、担当させてくれることが多かった。サンフランシスコやラスベガスに視察に行き、バーコードやICカードで入場できる仕組みを日本のメーカーと一緒に作ったりもしました」
海外では、展示パネルやステージ、プレゼンターの立ち居振る舞いを見て、イベント中に「世界が変わる瞬間」を何度も目の当たりにした。
「カンファレンスによって、前の日と次の日の世界をまったく違うものに変える。それが私の売り文句でもありました。『何をやりたいか』じゃなくて『翌日から世界をどう変えたいか』。その境目としてのイベントです」
幸せの形は「成長」だけじゃない
みるみる成長していく事業。数字を追いかける魔力。インドに留学していたころから「生きること」や「幸せ」について考えることの多かった奥田さんは、数字による成長の中毒性に疑問を持ち始め、あることをきっかけに幸せの軸を変えることになる。
「当時とても羽振りがよかった私は、両親と妹を連れて北海道旅行へ行きました。その場所は言うなれば、お金を出してあげている私が感謝される場だと思っていたんでしょうね。ところが食事中、妹が『妊娠したの』と告げたとき、大喜びする両親を見て、やっかみとともに何かがガラガラと崩れ落ちました」
「命を授かる」というシンプルながらも尊い幸せ。結婚はしていたものの、それまで子どもを作る気はなかったが、その出来事をきっかけに考えが変わる。翌年には女児を出産した奥田さんは、育児をきっかけに働き方も見直したいと、娘の1歳の誕生日に新しい会社を設立した。
その会社は、「世界を変える」ことに引き続きフォーカスするも、数字的な成長だけを目標にしないというスタンス。クライアントを、事業に共感できて世界を変える力があるところに絞った。
ほかにも、奥田さん自身が「もうからない」と言う株式会社たからのやまを創業し、女性や高齢者に寄り添い、ITと社会をつなぐ事業を進めている。また、エストニアにもロボットと医療をつなぎ、社会的な事業を行う会社を設立した。
「インターネットによって世界はつながったけど、同時に断絶もしています。私は断絶した端と端を、体と目と脳を使ってつないでいくことができると思っています。最先端の場所にも行くし、草の根のようなところにも訪れる。それをつなぐのが私の役目」
いつもフル回転で思考し、気持ちよさを大事にし、世界中のあらゆるところを飛び回る。奥田さんによって端と端がつながることで、世界は少しずつ、あるいはダイナミックに変わっていくのだろう。
一問一答、奥田さんのお気に入り
Q:朝のルーティーンは?
昨年までは、高校生だった娘にお弁当を作ることでした。今は、家族3人そろって朝ご飯を食べること。
Q:デスクの上には何を置いていますか?
Echo Plus。モバイル型ロボットのロボホン。デスクの下にはヒューマノイドロボットのナオも。
Q:お気に入りのファッションアイテムは?
TUMIのバックパック(気に入りすぎて色違いで2つ持っている)とショルダーバッグ。ショルダーバッグはパーティの時にはクラッチのようにも使える。ポケットがたくさんあるところが好き。
Q:愛読書、現在読んでいる本は?
愛読書は『自由からの逃亡』『生きるということ』(共にエーリッヒ・フロム著)、現在読んでいる本は『シェアリング・エコノミー』(宮崎康二著)。『生きるということ』に書かれている一部は現代のシェアリングエコノミーなどの発想とも繋がると思っている。
Q:人から受けたアドバイスで心に残っているものは?
「早く行きたいなら、ひとりで行きなさい。遠くへ行きたいなら、みんなで行きなさい」
アフリカのことわざ。本来は「早く行きたくて、ひとりで行ってしまうタイプ」だったが、スピードをダウンさせるために作った今の会社ではゆっくり行こうと思っている。
Q:1 か月休みがあったら何をしたいですか?
今の仕事の7割は好きなことをしているので、休みでも同じことをすると思う。
Q:今会いたい人、会って話を聞きたい人は?
特にいない。縁があるときに出会うと思っている。
撮影/柳原久子
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