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ソウルの女王アレサ・フランクリン死去。私の人生は女性と黒人のために

The New York Times

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生前のアレサ・フランクリン、2017年7月撮影 (Photo by Dimitrios Kambouris/Getty Images)

2018年8月16日に亡くなったアレサ・フランクリンは、熱狂的でソウルフルな歌声、聴衆の胸に響く表現力を持つ歌手として最も知られていた。しかし、床まで届く長い毛皮やゴージャスなロングドレス、髪飾りを身に着けスポットライトを浴びていたステージを降りると、公民権運動に関わり、アフリカ系アメリカ人、そして女性の地位向上のために生涯にわたって情熱を燃やし続けるという素顔も持っていた

「アレサは、自分に与えられた発言の場を利用して人々を啓蒙していた」と、ジェシー・L・ジャクソン師はインタビューで話している。「自分のキャリアより信条を優先する人でした」

資金集めのイベントを開催してはツアーに出ながら無料ライブを行い、社会運動を支持して活動家らの保釈に尽力。闘いは終わることなく、初期の公民権運動から、米国初の黒人大統領の2期目が終了するまで、キャリアは50年に及んだ。

マーティン・ルーサー・キング牧師との出会い

マーティン・ルーサー・キング牧師との出会いは、少女の頃だ。デトロイトのニューベセルバプテスト教会の牧師で公民権活動家でもあった父、クラレンス・ラヴォーン・フランクリン師とキング牧師は友人だった。キング牧師は、父親に会うためフランクリン家の自宅をよく訪れていた。そうして早い時期からアレサは公民権運動に触れた。

「彼女は人種とジェンダーの二重の苦しみに直面していた」と、ジャクソン師は言う。「それは自分の苦しみでもあったのです」

キング牧師が1968年に暗殺されると、当時26歳だったアレサは、同師が好んでいた讃美歌「Precious Lord」を葬儀で歌ってほしいという依頼を受ける。キング牧師が、疲れたときはゴスペルシンガーのマヘリア・ジャクソンにこの賛美歌を歌ってもらいたいとリクエストしていたのは有名な話だった。それから4年近くたって彼女が亡くなると、アレサは葬儀で歌ってほしいと頼まれ、この賛美歌を再び心を込めて歌い、偉大なゴスペルシンガーに捧げた。

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馬車で運ばれるマーティン・ルーサー・キング牧師の棺と、その後を歩いて追悼する人々。葬儀ではアレサ・フランクリンが歌を披露した。1968年4月9日(DON HOGAN CHARLES /The New York Times)

不当な容疑でFBIに指名手配された女性に保釈金

1970年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で哲学を教えていた26歳のアンジェラ・デイヴィスが、裁判所襲撃事件に使用された拳銃の元々の購入者だったとする容疑で、FBI(米連邦捜査局)の最重要指名手配者トップ10リストに載せられる出来事が起きた。

アレサはジェット誌1970年12月号で、「10万ドルでも25万ドルでも」いいから、デイヴィスの保釈金を支払う用意があることを明らかにした。同誌に対してアレサは、「アンジェラ・デイヴィスは釈放されなければいけません。黒人はこれから自由の身になるんです」と語っている。

「私も勾留された経験がありますが、自分に治安が与えられないなら、その治安は乱すしかない」

同胞を救う方法でお金を使いたい

「私には保釈金を支払えるお金ならある。これは黒人からもらったものです。彼らが私にこのお金を持たせてくれた。だから同胞を救う方法でこのお金を使いたいのです」

ジェット誌は続報で編集長宛に届いた読者の声として、アレサを「真のシスター」「ブラック&ビューティフル」と称える声を紹介している。ある読者はこう書いている。「これは黒人の団結力の強まりの証です。彼女が稼いだこのお金は、黒人のコミュニティからのお金で、それはミス・デイヴィスを救うためのもの。これぞ黒人の連帯感を示すものです」

デイヴィスはその後、ロジャー・マカフィーという酪農家が自分の不動産を担保に捻出した保釈金で釈放され、すべての容疑に関して無罪となり、黒人の権利のために活動家として活躍した。

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米ニューヨークのアポロシアターでステージに立つアレサ・フランクリン。1971年6月3日(Tyrone Dukes/The New York Times)

「アレサが歌うたびに神というものを垣間見た」

2009年1月、バラク・オバマが米国で黒人初の大統領として就任宣誓式を行った。オバマはこの歴史的な行事で、自分の選挙運動を支持してくれたアレサに「My Country, ‘Tis of Thee」を歌ってほしいと依頼する。

アレサは、いつも通りに登場し、歌を披露して退場した。

オバマとミシェル夫人は訃報を受け、「アレサが歌うたびに、私たちは神というものを垣間見る栄を賜った」として、「自身の曲と比類なき音楽家としての才能を通して、彼女はアメリカという経験を定義付けしてくれた。彼女の歌声を通して、私たちは、この国の歴史のすべて、私たちの力と痛み、光と闇、救済の追求、苦労してようやく手に入れた敬意を感じ取ることができた」と哀悼の意を表した。

オバマが涙し、会場が総立ちとなった晩年のパフォーマンス

アレサはオバマの大統領在任中にたびたび歌を披露したが、なかでも晩年屈指のパフォーマンスとされるのは、2015年のケネディ・センター名誉賞授賞式で歌った「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」だ。同賞を受賞したこの曲の作曲者の一人キャロル・キングを称えるためにアレサが歌い始めると、オバマが思わず涙をぬぐう場面もあった

ピアノを弾きながら歌い始めたアレサはやがて立ち上がり、聴衆に向かって歩きながら、長い毛皮のコートを脱ぎ捨てる。オーディエンスを教会にいざなうかのようなパフォーマンスに会場は熱狂。歌い終わる頃には、ミシェル夫人、女優のヴィオラ・デイヴィス、ジョージ・ルーカス監督、音楽界の重鎮クライヴ・デイヴィスも含め、総立ちとなっていた。

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アレサ・フランクリンと拳をあわせるオバマ大統領。2015年撮影。(Photo by Mark Wilson/Getty Images)

女性たちのために歌い続けた名曲「Respect」

アレサの音楽は、聴く者を鼓舞し、情熱的で温かく、喜びにあふれ、華やかな魅力に満ちているが、その一方で一貫して女性をエンパワーするものでもあった。

「アレサは、女性の奮闘に自分を重ね合わせていた」とジャクソン師は言う。「彼女は、女性のために同一労働同一賃金を支持していました」 アレサは、自身の楽曲の歌詞を通しても女性をエンパワーし続けた。

「Respect」「Do Right Woman, Do Right Man」「Think」などはいずれも、女性の強さを元にしたとも言える曲だ。

「Respect」でのアレサの歌い方は、男性に対して敬意を払ってほしいと頼み込むのではなく、命令口調だ。この曲は元々男性のオーティス・レディングが書いたものだが、アレサはこの曲を自分のものにし、女性たちのために歌った。

© 2018 The New York Times News Service[原文:Aretha Franklin, Civil Rights Stalwart: ‘In Her Voice, We Could Feel Our History’/執筆:Sandra E. Garcia](抄訳:Misako N)

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