幸福学を研究する前野隆司先生に、幸福度を高める「4つの因子」を教わった前編。後編では幸せなコミュニケーションを実現する方法を、シチュエーション別に考えていきます。
「働き方改革」に欠けているもの
いま前野先生のもとには、企業から「働き方改革がうまくいかない」という相談が多く寄せられているそう。トップは「もっと効率よく」「創造性・生産性を上げて」といった指示を出すけれど、部下のほうは“やらされ感”でいっぱい。結果的に幸福度が下がってしまい、やりがいやチームの結束力が損なわれてしまうケースが多いといいます。
前野先生が見出した「4つの幸福因子」とは、次の4つ。
1. 「やってみよう!」因子(自己実現と成長)
2. 「ありがとう!」因子(つながりと感謝)
3. 「なんとかなる!」因子(前向きと楽観)
4. 「ありのまま!」因子(独立と自分らしさ)
これを仕事に当てはめると、有無を言わせぬトップダウンの方針が、部下の「やってみよう!」因子を阻害するという構図が見えてきます。
「短期的に効率的に見えるものは、短期的には成果を出せても、長期的には効率的ではない。ムダを省こうとするあまり、働く人の幸福因子を奪っていないかを見直すべきです」
チームのモチベーションを上げるには?
では、チームのモチベーションを上げたいときには、具体的にどんなコミュニケーションが効くのでしょうか。
「まずは全体のビジョンを共有し、チームの一体感を作ること。そのためには、議論より対話です。議論というのは問題を明確化するにはいいのですが、幸せになるためには向いていません。ムダに思えることも洗いざらい話し合って、深く対話し、わかり合うこと。本質につながる大きな意味でのコミュニケーションが必要です」
チームのビジョンを俯瞰で捉えることができれば、自分の仕事も明確になり、自然に「やってみよう!」という気持ちが高まります。一体感はチーム内の信頼感を育て、「任せるよ」と言い合える関係にメンバー全員がワクワクする。そんなプラスの循環が作れたら、目標達成はもうすぐそこです。
前野先生によると、幸せな社員は不幸せな社員より創造性が3倍も高く、労働生産性は1.3倍も高いというデータが出ているとのこと。幸福な人ほど仕事ができるというのは、今後の「働き方」を変える視点のように思えます。
すぐに部下にイライラしてしまう……
有名なHOLSTEE社のポスターを真似してつくった、前野先生オリジナルのポスター。幸せになるための言葉を詰め込んだという
部下の話を聞いていると、「こんなこともわからないの」「もう教えたはずなのに」なんて、ついイライラしてしまう人もいるかもしれません。そんなときは“イラッ”をサインと捉えて、“傾聴”の姿勢を取り戻すのが、幸せなコミュニケーションのコツだそう。
「傾聴というと難しいようですが、一生懸命、本当に面白いと思って相手の話を聞くことです。自分から、相手に関心を持とうと思って聞く。途中で遮ってはいけません。私もそうでしたが、これは練習すると違いが見えてきます」
“イラッ”を抑えて話を聞くことで、その後の指導もしやすくなり、結局は効率がいいと前野先生。
「感情はサイン。感情をそのまま出すのは、そうしないと生き残れなかった原始人がやることです。“イラッ”としたら『いまイライラしたな、なぜかなぁ』と感じる余裕を持って。それは全体を俯瞰で捉えることであり、幸福の要件のひとつといえます」
「謝罪」は絆を強めるチャンス
続いてうかがったのは、シリアスな謝罪の場面でのコミュニケーション。つらい瞬間ではありますが、チャンスでもあると前野先生は話します。
「危機的な状況なので、深いコミュニケーションをせざるを得ない。それをうまく超えられると、お互いを深く知ることができ、かえって絆が強まるのです。
そのためにも、とにかく本気で謝ること。コミュニケーションの基本として、“自分の気持ちは伝わっている”ということがあります。自分が嫌なときは、相手も無意識に嫌だと感じている。嘘の謝罪はばれてしまいます」
幸福な人は俯瞰で見る
何が本質かを考えないと謝罪はできない、と前野先生。そこで大切になるのは、“イラッ”のときと同じく物事を俯瞰で捉える視点です。
「幸福な人は視野が広く、不幸な人は視野が狭い、という研究もあるくらいで、幸せな人というのはだいたいにおいて全体俯瞰的です。人間は何か悩みがあると、解決しようとしてそればかり考えるようにできています。しかし、部分に囚われるのはよくありません。視野を広げて俯瞰して見たほうが、具体的な解決策が見えてくるはずです」
最後に教えていただいたのは、毎朝10分間、目にするものすべてに感謝するという「幸福度を高めるワーク」。子どもを見たら「ありがとう、未来を担ってくれて」。自動車を見たら「ありがとう、すばらしい技術で社会を発展させてくれて」と、あらゆるものに「ありがとう」を言っていきます。
「やろうと思えばすべてのものに感謝できるのに、ふだん忘れていることに気づくと思います。僕自身、毎朝すごく苦痛だった満員電車が愛の塊みたいに思えるという、強烈な体験をしたことがあります(笑)。相当幸せになると思うので、ぜひ試してみてください」。
前野隆司(まえの・たかし)さん
1962年山口生まれ。広島育ち。84年東工大卒。86年東工大修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2011年より同研究科委員長兼任。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。ヒューマンインタフェースのデザインからロボット、教育、地域社会、ビジネス、幸福な人生、平和な世界など、様々なシステムデザイン・マネジメント研究を行っている。主な著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム―実践・幸福学入門』(講談社現代新書)、『「幸福学」が明らかにした 幸せな人生を送る子どもの育て方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。
撮影/YUKO CHIBA(DOUBLE ONE)
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