思いもかけず日本酒の営業職になり、先輩もノウハウもない現場へ……。自分なりに顧客の心理を考えながら仕事をするうち、マーケティングのスペシャリストになっていった中野佳子さん。自ら企画した日本酒のリキュールを看板商品として、辰馬本家酒造から独立し、株式会社六自を立ち上げた。顧客主義と現場主義で重ねてきたキャリアや苦労を伺った。
中野佳子(なかの・けいこ)さん
株式会社六自代表取締役社長。1992年辰馬本家酒造(株)に入社。清酒白鹿の営業職として組織小売業を担当。2012年よりブランドマネジメント販売戦略室マネージャーとしてブランド戦略、マーケティング戦略を担当。直販事業部部長をへて、2017年、コミュニケーションデザイン部を立ち上げ、「ソトノミプロジェクト」をスタート。2018年5月辰馬本家酒造(株)の新会社としてSAKEのコミュニケーション&エンタテインメントの創造を目的に株式会社六自を設立し、代表取締役社長に就任。好きな言葉は、失敗は成功のもと。
もともとホテル勤務志望だったのに、営業職へ
兵庫県西宮市に本社を構え、300年以上続いている清酒メーカーの辰馬本家酒造。その企業が、事業の一環としてホテルを作ると知り、中野さんはホテル業務に関わりたいと入社を決めた。ところが、配属されたのは営業部に新しくできた特販課だった。
「それまでの営業先は主に酒屋でしたが、『これからはお酒の売り場が変わる』と。スーパーに酒類販売の免許が下りるので、その営業担当になったのです。ところが、上司も先輩も酒屋に卸すノウハウしか知らない。同じ支店の同期の子は、教わった通りのやり方で『15ケースの注文を取ってきました』と毎日報告しているのに、私は今日の営業先もない。だから、自分ひとりでやり方を見つけるしかなかったんです」
頼ったのは代理店や卸売の人たちだった。社外の人にアドバイスや助けをもらい、見積書や企画書の作り方なども教えてもらったのだとか。
「一緒に得意先に行っていただいたりもしました。ただそこで『女子が来たのか。男性にしてよ』と言われたことも。さらに、体力的な辛さもありました。例えば20ケースを納品するような場合、小さな社用車で運んで、トラックの横に付けて荷物を持ち上げなくてはならない。『何としても上げてやる』と、誰にも頼りませんでした。二の腕や腰にいつも青あざがあり、水着はもちろん半そでも着られなかった」
「周りにはすぐ辞めるだろうと思われていた」という中野さんだが、無我夢中で「辛い」と思うこともなかったという。
スーパーに来る顧客は女性だった
得意先には「女子だから使えない」と思われていたが、中野さんはあることに気が付く。
「スーパーに買い物に来るのは主に女性なんです。売り場に必要なのは女性目線なんだから、私は有利だと思いました。受け身ではなく、売り場に提案をするようにした。そうすると、乗ってくれるバイヤーも多かったんです。新しい店舗を作るときに女性用の棚を作ったり、かわいいラベルを集めたり、色別に棚を作ったりと、いろいろな施策を提案しました」
顧客と直接触れ合うために、何ができるだろうと考えた。土日に店舗の売り場に立ち、顧客に試飲を進めることも多かった。同居していた両親は、休みのたびに仕事へ出かける娘が心配になり、影からこっそり見ていたほどだったのだとか。
学生時代には、洋服関係の仕事をしたいと考えていたこともあった。ファッションの世界ではマーケティングが当たり前。だからこそ、売り場の工夫にも余念がなかったのかもしれない。中野さんは入社当時から、1年に一度は「マーケティング部を作ってほしい」と会社に意見書を出していたが、なかなか実現されなかったという。
「社長が変わったときに、マーケティング部が必要だと認識してもらうことができました。マーケティング部に配属されたのは、入社20年も経ったころです。新しく入社したマーケティングの専門家が上司となり、視野が広がったのを感じました」
現場の声を反映した施策を次々と提案した。例えば、スーパーのPB(プライベートブランド)商品を企画する際、「生産者の顔がわかったら安心しませんか?」と、杜氏の顔をラベルにした日本酒を提案。今でこそ農家の顔が見える野菜などは一般的だが、その頃は画期的だった。
これまで日本酒がないシーンに、日本酒を
普段の生活でも、消費者の側に立ってひたすら店を見て回ってアイデアを出す。細かな数字を分析するより、仮説と検証を繰り返していく実践派だ。
「日本酒をもっと広めるために、これまでになかったシーンで飲んでもらおうと考えました。その時に知ったのが、グランピング。イビザがグランピングの聖地と言われており、そこで弊社の『白鹿』が飲まれていると耳にしたのです」。
早速イビザを訪れてみると、氷を入れるだけで邪道と言われる日本酒が、カクテルとして飲まれていた。また、同じころミラノを訪れたときにも、白鹿を使った日本酒のカクテルが出された。「聞けば、白鹿はうまみが強くてクリーミーだから、カクテルにしても日本酒らしさが味わえるというのです」
カクテルなら、これまで日本酒が進出できなかったシーンでも、人気が出るかもしれない。中野さんは、海岸のビーチハウスで白鹿を使ったカクテル「白鹿スパーク」のキャンペーンを実施した。ほかにも、クラブや、スケボーの世界大会などでもブースを出した。
「キャンペーンはいろいろな場所で順調にいっていました。ところが、スペインを訪れたときに『日本酒はカクテルにするには度数が低いのがネック』と言われたんです。テキーラやジンなどは40%ほどなのに対して、日本酒は15%。それなら、度数の高い日本酒を作ろうと思いました」
中野さんのイメージした商品は奇抜で尖ったコンセプトとデザイン。若い人や女性向けにも広めていきたいと考えた。ところが他の社員は、老舗メーカーとしてどうしても受け入れがたい姿勢を崩せなかった。そこで、専用の会社を立ち上げてはどうかという話が持ち上がる。
「まさか自分が社長になるなんて想像もしていませんでしたが、新しいチャレンジとして別会社を作るのはよいのでは、と思いました。商品のローンチ日を決めていたのに、数か月前急に会社を作ることになったので、急ピッチで進めました」
新会社六自を立ち上げ、酒のリキュール「muni(ミュニ)」を販売した。
今、中野さんが見ているのは世界だ。味わって飲むより、ファッションのように楽しむお酒。日本国内より、アメリカやヨーロッパへ広く。かくして、関わりたいと思っていたファッションの世界にも近づいていくかのよう。顧客のことを考え続ける中野さんが想いを詰め込んだ「muni」を、これから「世界のmuni」にしていくのだ。
一問一答、中野さんのお気に入り
Q:朝のルーティーンは?
日本茶を急須で淹れて飲む。いろいろな茶葉を並べているので、その中から気分に合わせて。
Q:愛読書は?
『世界にひとつだけの「カワイイ」の見つけ方』(増田 セバスチャン著)は、元気になりたい時に。『ポジショニング戦略』(アル・ライズ、 ジャック・トラウト著)は、仕事に迷ったり悩んだりした時よく開いて原点に戻っている。
Q:お気に入りのファッションアイテムは?
ぴったりとサイズの合った下着を付けると緊張感が増して気合が入る。TPOに合わせて選ばなくてはならない服に比べて、下着は自由に色やデザインを選べるから好き。「雨だけど、気分を上げるためにピンク!」なんてことも。
Q:デスクの上には何を置いていますか?
元気をもらえる黄色い文房具。手がけた日本酒「muni」のボトルも並べています。
Q:1か月休みがあったら何をしたいですか?
フランスへ行きたい。街を歩いているだけで楽しそう。
Q:今会いたい人は?
会えるなら、亡くなった父。「今の私、大丈夫?」と聞いてみたい。
撮影/柳原久子
中野佳子さんがMASHING UPに登壇。今までのキャリアを語ります
ビジネスカンファレンスMASHING UP(DAY1)、11/29(木)の17:05〜のセッション「起業の道は『幸せな』七転び八起き」で、中野佳子さんが3名の女性起業家たちと、何度転んでも立ち上がってきたキャリアを語ります。
異なる業種・国籍・性別・分野のひとびとが出会い、いくつもの化学反応を生み出すビジネスカンファレンスMASHING UP。800人を動員し、大好評のうちに幕を閉じた第1弾につづき、11月29日・30日に第2弾を開催します。魅力的なスピーカー陣による熱いセッションが目白押しです。
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