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- シンギュラリティの足音は聞こえている/林信行さん[前編]
2045年頃には、人工知能(AI)と人間の能力が逆転する「シンギュラリティ(技術的特異点)」がおこると言われています。
「AIに仕事を奪われてしまうのでは?」「人間の価値観を見失ってしまいそう」……そんな気持ちにも駆られる一方、「ロボットの普及で、介護や暮らしが今よりずっとラクになる?」といった仄かな期待も芽生えています。
とかく不安になりがちなテーマですが、今の時代に見え隠れするシンギュラリティの萌芽を読み解くことで、やみくもに恐れることなく、自分自身の未来をよりよく設計できるようになるのではないでしょうか。
仕事、コミュニケーション、教育、アイデンティティ、命のあり方など、シンギュラリティを迎えることで変わるもの、変わらないものを各界の有識者と検証し、次世代の未来に遺すべき価値観を探る連続インタビュー第1回目は、テクノロジーが人々の暮らしや社会をどう変えるかをテーマに積極的に発信しつづけているITジャーナリスト林信行さんに、シンギュラリティの現在形について話を伺いました(全3回掲載)。
林信行(はやし のぶゆき)さん/ITジャーナリスト
1967年生。テクノロジーやデザイン、アートにファッション、教育や医療まで幅広い領域をカバーし取材、記事やTwitter、Facebookで発信。欧米やアジアのメディアで日本のテクノロジー文化を紹介するなど、海外でも幅広く活動している。ifs未来研所員/JDPデザインアンバサダー、著書多数。
テクノロジーと歩む未来は、明るい? それとも……
——いわゆるシンギュラリティ問題とは、Googleのエンジニア、レイ・カーツワイルが提起した「2045年の時点で、人類の思考能力を超えた人工知能(AI)が誕生するだろう」というビジョンが有名ですが、同時にそれが一人歩きして「超知性体のAIに、人類が支配されてしまう」みたいな灰色の未来像を思い浮かべがちです。未来のライフスタイルにつながるテクノロジーに造詣が深い林さんは、このシンギュラリティ問題をどうお考えですか?
林信行(以下、林):カーツワイルが予測したような超知性体としてのAIは「汎用人工知能」と呼ばれ、これが実現するまでにはまだ10個ぐらいのハードルを越えないといけないそうです。かたや今現在、すでに実用化され、様々なアプリやサービスに取り入れられているAIは、音声や画像認識など特定用途に限定されたものなので「専用人工知能」と呼ばれています。でも、そんな「専用人工知能」のレベルでも、すでに機械と人間の立場が逆転し、それまでのやり方が通用しなくなってしまう、そんな兆候が現れ始めています。
——もうシンギュラリティは始まっているんですね! たとえば、私たちの身近なところでは、どんな兆候があるのでしょう?
林:現在実用化されているAIの主な役割は2つあって、ひとつが「認識」で、もうひとつが「合成」です。皆さんのポケットに入っているiPhoneで写真を撮った時、それは特定の景色を記録しただけだと思われているかもしれませんが、実は「画像のどこに人の顔がある」くらいは全然認識できちゃっています。書き起こしまではしてくれないけれど、文字がどこにあるかも認識しているし、QRコードだってそう。AIというと今、流行りの「AIスピーカー」みたいなものを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、実はそんなものを持っていなくても普段、スマートフォンやインターネットのサービスを使っているだけで自然にAIの恩恵に預かっているのが現在です。
AIの歴史を紐解くと第二次世界大戦の頃くらいまで遡れてしまうのですが、ちょっと前までのAIはこう聞かれたらこう答える、こんなことが起きたら、こう返す的な知識の寄せ集め程度のものに過ぎませんでした。しかし、ここ数年の AIは、機械学習やディープラーニング(深層学習:人の脳神経に近いモデルで機械が学ぶ仕組み)が登場したことで、飛躍的に能力が向上しました。
例えばGoogle Cloud Vision APIというサービスに画像投稿すると、エッフェル塔とかライオンとかヨットとか……そこに映っている物体の名称を自動的に判別してくれます。車の画像を読み込ませれば、車種まで含めて、人間の目よりもはるかに多くのことを正確に認識する。キャプション原稿(写真や図版の内容を解説する短文)ぐらいならば、英語なら人間よりもAIのほうが正確なテキストを早く書きあげてくれることもあります。
なぜこんなにもAIの進化が早いのか?
昨今のAIブームの前に「クラウド」というキーワードが流行りましたよね? クラウド・コンピューティングの真価は「ネット上にアップされる情報量が爆発的に増えた」ことです。3年前の2015年の時点で、YouTubeに1分間にアップされる動画の総和が400時間でした。たぶんもう、1日のうちにYouTubeにアップされる動画に限ってみても、私たちが一生かけても観られない量になっています。そうした膨大量の動画データをGoogleコンピュータが四六時中学習しつづけた結果、AIの認識能力もまた飛躍的に向上したわけです。
——YouTubeやGoogleフォトなどのサービスに、私たちが無邪気にアップロードした画像や動画が、AIを日々“賢く”しているわけですね。
林:17世紀オランダの画家、レンブラントの作品・全346点をMicrosoft社のAIが学習したことで、現代人をモデルにした、あたかもレンブラントの新作“風”の絵画作品が発表されたニュースもありました。今年(2018年)にAdobe社が製品化したアプリCharacter Animatorをダウンロードすれば、絵が苦手な人でも自分の写真を取り込んで、アート風からコミック風まで、お好みのタッチのアニメ・キャラを自動生成して自在に動かしたり、好きなセリフを喋らせることもできます。
文字を打ち込むと、その人の声質でそのセリフを読み上げてくれるような技術や、セリフに合わせて人の口の動きをつくる技術もあります。これらの技術を使って、バラク・オバマ元アメリカ大統領が実際には言ってもいないセリフを話す動画がYouTubeに掲載されて話題となったこともありました。
ワシントン大学の研究チームによるオバマ元大統領の合成スピーチ(Youtubeより)
——こうなるともう、フェイクニュースも作り放題ですよね。
林:だけど機械学習には落とし穴もあります。以前、香港のハンソン・ロボティックス社が作った対話型AIロボットSophia(ソフィア)は、デモンストレーションの場で「OK、私は人類を滅亡させます」と口を滑らせてしまった。また、Microsoftが開発したAIチャットボットTay(テイ)は、ミレニアム世代と会話を重ねるうちに賢くなる設計でした。ところが若者の一部が、性差別的・人種差別的な発言をAIに“学習”させた結果、「ヒトラーは正しかった」とか「フェミニストは嫌いだ」などと発言しはじめて周囲を慌てさせました。結局のところ「人間が機械に何を学ばせるか?」によって、AIの成長具合も大きく変わってくるわけです。
不気味なテクノロジーには「NO」と言おう!
特定の用途に特化した「専用人工知能」は、医療や法務の現場にもすでに取り入れられつつあります。医療画像を分析して腫瘍を見つけ出す医療用のAIもすでにありますし、メールの文章を分析して、不正を示唆しているかを判断する弁護士用のAIもある。FRONTEO社が開発したKIBIT(キビット)は行動情報データ解析を専門とするAIで、何千通のメールにあっと言うまに目を通し、電子証拠を収集・抽出できるため、弁護士の補助に役立てられています。これが人間だったら、何十時間もかかりますよね?
こうしたデータ解析系のAIを会社のサーバーに搭載しておけば、従業員たちのビジネスメールの内容を監視することも可能です。「特許情報を他社に流している可能性がある」とか「この社員は会社を辞めたいと思っている」とか、そういう気配を察知し次第、社長に通知が行くのです。 ちょっと怖いですよね?(笑)
怖いといえばカリフォルニア大学で開発された犯罪予測システム PredPol(プレッドポル)は、過去の膨大な犯罪情報データベースをもとに、今後いつ/どこで犯罪が起きるのかをAIが予測します。すでにアメリカで導入された地域では、重犯罪の15~30%を減少させることに成功したそうです。さらには日本の神奈川県警が、同様のAIによる犯罪予測システムの導入を検討中だという報道もありました。ベテラン捜査員の「虫の知らせ」みたいな直観力が、今やAIで補えるわけです。
——アシモフの「ロボット三原則」ではありませんが、人工知能の側に「人間のプライバシーを尊重し、保護せよ」というルールをあらかじめ組み込んでおく必要性を感じますが、それは難しい?
林: 目下、AI開発のトップをひた走るFacebook、GoogleやIBM、MicrosoftやAmazonらもその必要性を痛感し、2016年には「Partnership on AI」という協議会をつくり、今ではそこにAppleやSONYも含む多くの会社が参加しています。AIの中には人間の直感とかに近い領域で活躍するものもあります。
今後、こうしたAIを使うことで便利になることも増える半面、我々の生活が危険にさらされることも増えてくることでしょう。あまりAIばかりに頼り過ぎてしまうと、そもそも何のために生きているのかわからない人も増えてしまうかもしれない。あくまでも(AIを操る)手綱を握っているのは人間の側だという意識を持ちつづけていかないと、AIの言われるがままに生きる人だらけの灰色の未来にすらなりかねません。新しいテクノロジーをいたずらに避けたり嫌ったりするのも賢明ではないけれど、気味の悪いテクノロジーには「NO!」と言いつづけることも未来を考えていく上では重要です。 <中編に続く>
林信行さんがMASHING UPに登壇します!
シンギュラリティを迎えて、愛や家族はどう変わるのか
日時:11月30日(金)16:45 – 17:30
場所:TRUNK(HOTEL) 別棟 2F KEYAKI
タイムテーブルはこちら / チケットのご購入はこちら
*カフェグローブ特別割引【2日間チケット18,000円→14,000円】あり。プロモコード【MUcafeglobe1811】をご入力ください。
聞き手/木村重樹、撮影/中山実華、構成/カフェグローブ編集部
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