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LIFE after 2045/シンギュラリティと私の未来

私たちの意思で食の未来はポジティブになる/菊池紳さん[前編]

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2045年。仕事、コミュニケーション、教育、アイデンティティ、命のあり方……シンギュラリティを迎えることで変わるもの、変わらないものはなんでしょう?

各界の有識者と検証し、次世代の未来に遺すべき価値観を探る連続インタビュー第2回目は、多様な食材の生産・流通プラットフォーム開発に取り組まれているビジネス・デザイナーの菊池紳さんをお招きし、食とAIやロボティクスの現状と未来像について話を伺いました(全3回掲載)。

菊池紳(きくち しん)さん/起業家、ビジネス・デザイナー
1979年生。大学卒業後、金融機関や投資ファンド等を経て、2013年に官民ファンドの創立に参画し、農畜水産業や食分野の支援に従事。2014年にプラネット・テーブルを設立。“食べる未来”をテーマに、デザイン/テクノロジー/サイエンスを活用し、未来への提案となる事業を生み出している。

AIはそんなに“怖いもの”じゃない

——いわゆるシンギュラリティ問題を「機械と人間の立場の逆転」と解釈した場合、超知性体AI(人工知能)の誕生が予見されている2045年のずっと手前にある現時点でも、そうした現象は既に各所で起こっています(林信行さんの回 参照)。

ちなみに菊池さんが設立されたプラネット・テーブル社では、「SEND(センド)」という(従来の市場流通や規格化の枠組に縛られない)新しい生産・流通プラットフォームを開発し、食べ物の生産者と需要者(シェフやパティシエ)をダイレクトに繋ぐ取り組みを実践されています。そうしたプラットフォームにおいても、データ分析や統計において、AI的な技術を既に取り入れられているとも伺いました。そんな菊池さんがお考えになる「食の現状と未来」について、まずは率直なお話を聞かせてください。

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菊池紳(以下、菊池):「AIが人間の能力を超える」という話ですが、大量な情報の処理や分析能力と言う意味では、既に超えています。従来、人間の頭でやってきた分析や統計は、AI技術のおかげで現状、効率化や自動化がかなり進展しました。天候や飲食店のロケーションや過去の注文内容などから食べ物の需要量を予測する技術などは、私たちも実際に活用しています。

農業って、食べ物を作る際のリードタイム(生産・流通・開発現場などで、計画・準備から完了するまでの所要期間)が非常に長いんですよ。たとえば、需要を聞いてから種や苗を用意し、畑を整備して植えて……そこから作物を収穫するまで、数か月の時間を要する。だから「いつ、何が、どれくらい必要なのか」みたいな情報を、生産者は半年前から1年前には欲しいんですよね。だけどこうした情報を、生産者も流通・小売事業者も、なかなか手に入れることができない状況が長らく続いていました。

その理由は大きく分けて2つあるように思います。ひとつは、需要の予測を導き出す技術や考え方自体は存在したのに、予測情報を誰が、いつ、何のために使うのか、活用シーンがうまくデザインされていなかった。もうひとつは、どうしてもサプライ・チェーン(生産から最終消費に至る全プロセスやプレーヤーの繋がり)が長く、いまだに手書きとファックスが使われている業界なので、各プレーヤーが抱えているデータをきちんと取得することができなかったんです。

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SENDのしくみ(https://send.farm/ より)

AIが極端に普及し始めて、ある意味「ブーム」や「バズワード」にも感じるのは、処理能力が高いハードウェアやマシンラーニング技術が汎用化したおかげです。もちろん、AIに流し込む「ビッグデータ」が取得できるようになったことも重要です。スマホの普及で人の行動や関心がデータとしてオンラインで取得できるようになりましたし、センサーの発達や普及で環境や物流情報が集めやすくなりました。

しかし、ウェブサービス等を介して、大量の個人情報がいつの間にか取得されるようになったことも社会にとって「不安」を生んでいます。さらに、AIがまだ“得体のしれない技術”なので、「いつか、人工知能が人間を支配してしまうかも知れない」という、ディストピア論が助長されているようにも感じます。

実際、汎用的なマシンラーニングサービスにデータを突っ込んでみると、なぜその答えが出てくるのか、その経緯や思考過程が分かりません。人でも同じで、相手の考え方や論理構成が分からないと、その答えが信頼に足りるのか不安になりますよね。また、その人が過激な行動をとるかも知れない、という疑念も払えません。

結局、アルゴリズムやメトリクス(測定基準)は人が構築していく必要があります。また、AIの判断に基づく「行動」は、人がダブルチェック(検証・確認)し、規制する仕組みが必要です。これは、人間の場合でも同じですよね。

そういう意味では、私自身はAIのことを“特別に怖いもの”だとは思っていません。膨大なデータをもとに、これまで人間が予測しづらかったことや、気付かなかったことを短時間で明らかにしてくれる、「賢い隣人」のような技術だと考えています。

AIは「賢い隣人」のような技術だ

今のAIには、人間のような“身体”がない

——AIは“怖いもの”ではなく、社会設計において有効な技術だと。

菊池:もっと言えば、AIは「人工知能」の略称ですが、人間は知能だけの存在ではありません。

AIが人間の替わりを果たすためには、あと2つの進化が必要だと思います。ひとつが情報をインプットする手段。AIは、人間の五感のような細やかな知覚機能をまだ獲得していないので、触覚、味覚、嗅覚などのセンサーの開発が期待されます。もうひとつが、AIが導き出した解を、現実の行動や表現に移す能力、つまり手足のような機能です。これはマシナリー(機械)やロボティクス技術の発展によってカバーされようとしている。

つまり現状のAIは、「身体性」をまだ確保しえていない。この2つのファクターが同時に進化しないと、AIは単なる“スペックの高い脳みそ”でしかない。たとえば、私たちには舌や鼻がある。甘いと思ったら飲み込む、酸っぱかったら顔をしかめたり、腐っていると判断すれば吐き出す。「知覚・経験→判断→行動」といったプロセスは、この“身体性”がない限り実現できません

行動ができないと結果も生まれないので、検証や学習プロセスが自律的に回らない。そういう意味で、AIはハードの技術と一緒に発達していくことが、本当の社会実装に繋がるんだと思います。

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——ちなみに、大学や研究室の「農学」という学問的な枠組みの中でも、AIを実装した取り組みは実施されているのでしょうか?

菊池:「環境データを計測して、AIで植物の生育を予測する」とか「病害虫の発生の可能性をAIが予測する」といった取り組みはたくさんあります。しかし、どれもあまり進展がないのは、インプット・データを取る技術がまだまだ不足しているから。

たとえば、温度・湿度、日照・日射、土壌のEC値やpH値、硬度くらいなら、今でも計測可能です。でも「この土壌にどんな微生物がどれだけいて、相互にどういう作用を起こしているか」という生物性は、まだまだセンシングできておらず、研究も道半ばです。だから「どういう微生物が、どのくらいいると、より作物が育つのか」や「その環境を、どうすれば構築できるのか」は、まだAIでは判断できません。

これを人間に置き換えると、人間をトータルに観察・計測して、完全にデータを取りきることもまだ実現していません。たとえば今、私の体の中で何が起こっていて、何を摂取すればどう消化され、どこが良くなるのか……それらを導き出すだけのデータを収集するセンシング技術やアルゴリズムの大半は、まだ研究の一途です。

だからこそ、AIを活用した「食べる」や「健康」に関するサービスやプロダクトは、センシング技術の進化と共に、とてつもない可能性、成長余地があると思っています。

「食」や「健康」に関わるAI活用には可能性がある

その一方で、自動調理などの「作業系技術」に関するAIやロボティクスは比較的、発達しています。大規模チェーン店や工場では、 既にたくさんの自動調理器が実装されている。私が興味を持っているのは、そうした巨大産業で既に活用されている技術が、いかにして一般生活者も利用できるようになるかという「汎用化」の部分ですね。

農業関連分野においても、プロ農家や大型農家しか活用していない、トラクターや作業機の自動航行技術などもそう。家庭菜園で手押しトラクターがうまく使えない人でも、ポチッとボタンを押せば全自動でやってくれるようになる。草刈り機については、ルンバ(お掃除ロボット)のようにすでに自動化されています。AIが、刈ってはいけない作物の芽と、刈るべき雑草を瞬時に判断するなど、飛躍的に賢くなっていくと思います。

「食の未来」をポジティブに予測する!

——先ほど菊池さんは「AIは“怖いもの”ではない」と話されましたが、シンギュラリティを巡る話題の中には「近い将来、人類はAIに支配される」みたいな灰色のビジョンを強調した意見もあります。かたや食料問題などにおいても、悲観的な未来予測が語られるケースが多々あります。菊池さんの見解はいかがですか?

菊池: たしかに食べ物の将来に関連しては、ネガティブなビジョンが語られがちですよね。人口増加、食料不足、生産者減少、農地不足、そして争奪……それはすでに起きていることです。

でも未来はまだ確定していないわけで、ポジティブな未来をどのように作りあげてゆくかは、私たちの意思次第です。「未来はこうなる」という話、特に悲観論が飛び交うときは、あえて「一歩引いて見つめ直し、自分ならどうしたいかを考える」ことを心がけています。

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たとえば、今の調子で高齢化社会が進展した場合、食料の総需要量も大幅に減少するのではないか、という考え方もあります。ちなみに戦後日本の成人男性が摂取していた栄養が、だいたい1日平均3500kcal以上だったそうです。ところが今では、それが平均2700kcalぐらいに低下している。約20%ダウンですよね。

さらに言えば、江戸時代の中・後期においては、日本人ってひとり1日平均5合ぐらい白米を食べていたらしい。それが今では、だいたい1日にお茶碗2杯程度に落ちついた。肉体労働中心だった社会から、デスクワーク中心の社会になったことで、必要カロリーが減っていることが指摘されています。このように「食物の摂取量」って、ヒトの「年齢」や「働き方」と深く関係しているのです 。

だから「人口増加・イコール・必要とされる食料の総量増」という関係式を冷静に見直してみると、必ずしもそうとは言い切れない側面も見えてくる。ただでさえ、世界の穀物生産量を世界人口で割れば、今だって十分「足りている」。それでも飢餓があるのは、「分配の不均衡」や「ロス」が原因であって、生産量が足りないわけではない

多くの人が「足りなくなる」という悲観的な論調を展開していても、そうじゃない未来を描いてはいけないというルールもない。ロボティクスやAIの発達によって、肉体労働的な仕事が今後さらに減少していくと、ヒト自体の摂取カロリーも必然的に少なくなるのでは? より効率的な栄養摂取の手段も作れるのでは? さらには「未来の人類は、少しずつ栄養効率の良い身体に進化しているのでは?」という考え方もアリだと思います

そうじゃない未来を描いてはいけないルールはない

さらに想像を広げると……もしもAIやロボティクスが本格的に社会実装されて、人間の大半が肉体労働や事務仕事から解放されたとき、彼らは「時間を持て余す」ようになるのでは? そうなった時に、人間って何をやると思いますか?

——「衣食足りて礼節を知る」ということわざもありますが、肉体労働の代わりに、今以上にスポーツをやるようになるのと……あと何でしょう?

菊池:たぶんヒトは、今以上に“作ること”をやり始めるのではないかと思います。<中編に続く>

聞き手/木村重樹 撮影/中山実華 構成/カフェグローブ編集部

AIやロボティクスは、食べ物と相性がいい/菊池紳さん[中編]

プラネット・テーブル菊池紳さんが考える「未来の食のあり方」は?FOOD5.0の概念も教えてもらいました。

https://www.cafeglobe.com/2018/12/singularity2_2.html

2045年、食料危機は来ない。/菊池紳さん[後編]

食糧危機が来ない未来は実現可能? プラネット・テーブル菊池紳さんが説く、先入観や固定観念にとらわれない方法とは。

https://www.cafeglobe.com/2018/12/singularity2_3.html

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