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未来のアイデンティティは、今よりずっと人為的になる/久保友香さん[後編]

LIFE after 2045/シンギュラリティと私の未来

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2045年にシンギュラリティを迎えたら、私たちの暮らしや仕事、価値観はどう変わる?

来るべき日に向けて今できることを明確にして、明るい未来を切り拓くための連続インタビュー[LIFE after 2045]。前編中編に続いて久保友香さんに、シンギュラリティ時代の「女性のアイデンティティのあり方」について、話を伺いました。

アイデンティティとは「人為的に作り出す」もの

——前回の最後で久保さんは、今後の社会では「リアル空間の自分」と「バーチャル空間の自分」を臨機応変に使いこなすスキルが必要となり、さらには「バーチャル空間の自分」が、より大きな影響力をもつだろうと話していましたが、その理由はなんでしょう?

久保友香(以下、久保):現時点での「バーチャル空間の自分」を構成することは、SNS上のプロフィール写真やハンドルネーム、プロフィール情報と日々のつぶやきや書き込み……そんな程度ですよね。

しかし未来、家電製品から携帯デバイスや電子カードなどが、おしなべてIoT(Internet of Things:モノのインターネット。ネットに常時接続された機器の総称)化され、小型の通信機器が内蔵されるようになると、私達のあらゆる行動や生体情報が全てデジタルデータ化され、バーチャル空間に集められてゆくでしょう。さらには遺伝子情報などまでそこに加わる可能性もあります。

なので、シンギュラリティの到来で実現するような未来の“バーチャル・アイデンティティ”は、私の研究対象である、ビジュアルなアイデンティティだけではなく、そこにバーチャル空間にアップロードされあらゆる情報が紐づけられた、膨大な情報量のものになることが予測されます。そうなった時、リアルな自分よりもむしろバーチャルな自分の方がより「自分らしさ」を発揮するという錯覚も引き起こされるかもしれない。

バーチャルな自分の方が、自分らしい未来

バーチャル空間にアップロードされる情報というのは、そもそも人為的なものです。つまり「2045年のアイデンティティは、現時点よりも格段にアーティフィシャル(人為的)なものになる」と考えています。そこで、ナチュラルな自分に執着してきた人は、「そもそもナチュラルな自分って、何なのだろう?」と、自分を見失ってしまう可能性もあります。

日本の女の子たちの「盛り」という考え方が、モデルを示すのではないかと思うのです。(前回にも触れたように)彼女たちに「盛り」の目的を聞くと、「自分らしさ」を作るためだと言います。つまり彼女たちは元々、「自分らしさ」を人為的に作るものだと考えているのです。

それは子供だけでなく、日本人女性全般にもある傾向とも考えます。日本人女性は常に化粧をしていることが多く、化粧をした状態が自分であり、ナチュラルなスッピンな状態が自分であると思っている人は少ないと思います。日本の女性たちには、「アイデンティティがアーティフィシャル(人為的)なもの」になる未来を、平気で受け入れられる“強み”があるのではと考えています。

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—— いざ情報に置き替えてみたら、様々な問題が起こるかもしれませんね。

久保:我々は、人間には多様性があると信じていますが、デジタル化された人間の情報では、全然面識も関係もない他人と自分が実はとても類似していたり、ほぼ一致するといったケースも出てくるでしょう。

そもそも、バーチャル空間にアップロードされた我々の情報は、企業等のAIによる分析に用いられるわけですが、AIは人間の中にあるパターンを次々と見つけようとするので、我々はいずれかのパターンにカテゴライズされることが増えると思います。そうなると、世界で一人しかいない自分を信じていた人は、自分を見失って、アイデンティティ・クライシスに陥る人もいるかもしれません

情報だけで見れば、自分とほぼ同じ人もいる

それに対しても、日本の女の子たちの「盛り」がヒントを与えると考えます。私の研究活動の目的は、彼女たちの顔写真を解析して、「盛り」のパターンを抽出することなのですが、これがとても苦労をしています。

なぜかというと、彼女たちは、皆、トレンドの「盛り」をしていて、画像解析をしても、最初は一塊としてしか認識されませんでした。とはいえ、本人たちに聞けば、「盛り」で「自分らしさ」を表しているという

たとえば、彼女たちが「自分らしさ」を表しているという“つけまつげ”の先まで解析できる方法を準備して、いざ解析を始めてみると、彼女たちは「もうつけまつげはつけていない」と言い出して、結局、準備した手法が使えないということがありました。彼女たちの「盛り」の基準は常に変化し続けているのです

その結果、私はいまだにこの問題が解けていません。それは単に私の能力が低いだけということもありますが、未来も、彼女たちが“バーチャル・アイデンティティ”の盛りをし、「盛り」の基準を常に変化させていくのならば、さらに発達したAIでも、日本の女の子たちの“バーチャル・アイデンティティ”からパターンを見つけることには苦労するのではないかと考えています。

子供に限らず、日本の女性たちにメイクやファッションのこだわりを聞くと「自分らしさ」と応えることが多いです。ではその「自分らしさ」とは何かを問うと、ほとんどの場合、結局、そこに明確な答えがありません。

不変の「自分らしさ」を持たず、所属するコミュニティや、その時々トレンドに応じて、「自分らしさ」を常にしなやかに変化させているのが、日本の女性たちの特徴だと考えます。それは、AIがあらゆるものを分析できるようになっても分析しづらい “強み”になりうると思います。

「自分らしさ 」は常に変化し続ける

芸者からギャルにまで相通じる“粋(いき)”

——久保さんがカフェグローブ読者におすすめしたい本は?

久保:最初は、いかにも“未来的な本”を紹介したくて、あれこれ悩んでいたのですが……結局は古典的なタイトルになってしまいました。九鬼周造『「いき」の構造』(岩波文庫・1979年)です。

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日本独自の美意識を示す「いき(粋)」とは何か? この本の中で論じられているのは、芸者さんや芸妓さんの「いき」の話だと理解しています。九鬼が「いき」の契機としてあげているのは、“媚態(こび)”、“意気地(いこじ)”、“諦め”です。

それはまさに、これまで私が説明した、シンギュラリティの時代に日本の女性たちの“強み”になりうる、彼女たちの「アイデンティティ」への姿勢と共通する側面があると考えています。

媚(こび)・意気地(いこじ)・諦め

——そこに共通項が?

久保: まず、AIがさらに発達する未来も、彼女たちの“バーチャル・アイデンティティ”は分析しづらいのではないかと考える理由として、彼女たちが“バーチャル・アイデンティティ”の盛りを常に変化させていることがあります。

その動機として、所属するコミュニティとの“協調”や、コミュニティの外のよそ者を入り込ませまいとする“反発”があり、それは “媚(こび)”や “意気地”と共通すると考えます。また、“バーチャル・アイデンティティ”が“リアル・アイデンティティ”よりも影響力を持つようになり、「アイデンティティがアーティフィシャル(人為的)なもの」になる未来を、日本の女性たちは平気で受け入れるだろうと考える理由は、彼女たちがもともと「ナチュラルなアイデンティティなんてないのだ」という“諦め”を持っていることがあります。

この伝統的な日本の女性たちの美意識が、シンギュラリティの時代における日本の女性たちの“強み”になるのではというのが、現時点での私の見解です。

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——日本的美意識って、いかにも数値化になじまなさそうなイメージがするのですが、かたや西洋的な美の規範は数値化しやすい?

久保:そう思います。たとえば西洋絵画は「透視図法」の発明以降、それに則った表現が多くなされました。「透視図法」は日本にも1739年に伝来し、一時期はそれを踏襲した浮世絵も描かれていました。だけど、1800年頃からは描かれなくなり、あえて「透視図法」に従わず、ズラしていると考えられるような表現が増えました。 その(科学的合理性との)ズレにこそ、日本独自の美意識が現れていると思います。

それって、女の子たちの「盛り」具合の違いが、一般的な顔画像認識ではなかなか読み取りづらいこととも通じていませんか? セキュリティなどの方便で、街中に監視カメラが設置され、画像認識技術が社会にどんどん実装されている現在、そうした技術でも認識することが難しいディテールにこだわりつづける女の子たちの行動を観察していると、そこにこそイノベーションのヒントがあるのではないかと考え、さらに彼女たちの観察をしています。

そんな「移ろいやすい要素を工学的に扱おう」としている私自身の志向性にも、かなり矛盾した=規範からズレたものを感じずにはいられませんけどね。[了]

久保友香(くぼ ゆか)さん/メディア環境学
1978年生。2000年慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、 博士(環境学) 。2014年より東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員。目下、日本の女の子の「盛り」カルチャーと、それを支援する「シンデレラ・テクノロジー」について研究中。

聞き手/木村重樹、撮影/中山実華、構成/カフェグローブ編集部

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