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LIFE after 2045/シンギュラリティと私の未来

人は創造性を発揮しているときが一番楽しい!/石川善樹さん[前編]

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2045年頃に迎えるというシンギュラリティ(技術的特異点)について各界の有識者と検証し、次世代の未来に遺すべき価値観を探る連続インタビュー。第5回目は、予防医学研究者の石川善樹さんをお招きし、「人生100年時代」を目前とした現代人が抱きがちな“未来に関する不安”や、“幸福に対する意識”について伺いました(全3回掲載)。

石川善樹(いしかわ よしき)さん/予防医学研究者
1981年生。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か(ウェルビーイング:Well-being)」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。

——この連載では、広義のシンギュラリティ(機械と人間の立場の逆転)をひとつの契機として、「2045年」という近未来へのビジョンや価値観の変容について意見を伺っています。

たとえば「人生100年時代」と言われるように、長寿が現実になりつつある今、果たして今後、単に長生きできることが幸福なのか。それこそ2045年、今の若い女性たちが高齢になった際、彼女たちが「より良く生きる」ためには、どうすればいいのでしょうか?

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石川善樹(以下、石川):逆に質問したいのですが、彼女たちは“どうなりたい”のでしょうか?

“未来を考えると不安になる”のは人の習性なので、「考えなければ大丈夫ですよ」という回答がひとつ。未来の自分が過大評価しにくいのは、脳の構造がそうなっているからです。

そもそも僕は、未来についてあまり考えません。 むしろ「自分を捉えて離さない問題」と向き合うことしかやっていません。たとえばそれは、ウェルビーイング(人がより良く生きるとは何か)についてであったり、あるいは、“考える”とは何だろう?という疑問の解明だったりします。

だから、すでに(そういう意味での)“自分の問題”がある人は幸いだとして、見つかっていない人は、ぜひそれを見つけてください。

未来に不安になるより、自分の問題と向き合おう

人生の「退屈」を埋めるのは「創造性の充足」である

——なぜ、私たちが「未来」という「考えても仕方がないもの」をテーマに据えたかといいますと、ひとつには昨今、「人生100年時代」に突入したと言われるように、一般人の寿命が飛躍的に伸びたことが、その背景にあります。

大病や災害に見舞われたり事故に遭われたりしない限り、 昔では考えられない長寿が現実化しています。そうなると、その時間をどう過ごしたらいいのか……それが不安感の背景にある気がします。

石川:そういう事態は、実はかなり以前から予測されていました。1956年(昭和31年)、日本に科学技術庁ができた時に『21世紀への階段』(弘文堂)という本が刊行されていて、「40年後の日本の科学技術」に関する予測がまとめられています。

そのなかに「長命の退屈——二一世紀の医学」という章があります。簡単に紹介すると「将来的には医療が発達して、たいがいの病気も解決して、日本国民の寿命も飛躍的に伸びるだろう」といった内容です。さらにそうなった未来には、「退屈という現象が一番の問題になるだろう」と、1956年の時点ですでに指摘されていたのです。そして、人は暇だとロクなことをしません。先のことを考えれば不安になり、過去を振り返っても後悔する。

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たとえばテレビ番組っていわば、“退屈を埋めるためのイノベーション”ですよね。ただしテレビに関しても、「番組の制作者」の視点で見るのと、「いち視聴者」として見るのでは、全然違うと思います。たぶん前者の観方は面白いはずで、おそらくはそちらの方が“自分のもの”になっているからです。

では、本当の意味で退屈を埋めてくれるものは何でしょうか? おそらくそれは「創造性の充足」だろうと思っています。人は創造性を発揮しているときが、一番楽しい。同じようにテレビを観ていても、制作者の視点で見れば「私ならこうするな……」というように創造性が充足できますよね。

だけど、「別にそんな面倒なことはしたくない。ただテレビを見て暇を潰したいんだ」という考えもあると思います。結局、本人さえ納得できるのであれば、それはそれでいいのでしょう。大事なのは、“納得度”なのです

「幸福」を求めるよりも「小さな問い」を持つことが、充足感につながる

石川:僕は予防医学の研究者として、色々な地方を訪れては「健康づくり」のようなイベントに参加するケースが多いです。すると、60~70代のお婆ちゃんたちがキルトとかで作品を作っていて、すごく楽しそうです。あれってまさに「創造性の充足」ですよね。自分で作っているだけで楽しいし、人にあげても嬉しい……いや、もらった側は迷惑かもしれないけれど(笑)。でも本人たちは、受け取ってもらっただけで満足なのだから、それでいい。

それから、「作物を育てる」といった行為もまた、「創造性の充足」に繋がりますね。つまり「創造性を充足させる」ためには、ある創造的な作業を、最初から最後まで一貫して自分でやらなければいけない。たとえば「記事を書く」みたいな行為も、とても創造性を充足させます。私はこのことを「ひと仕事終えた」と言っています。

最初から最後まで貫けば、創造性が充足する

だけど今の時代は、そういう完結した作業があまり存在しない。なぜならば、社会のなかで分業制が進展してしまったから、「何かをやってのけた」という実感が湧かないわけです。

ところが不思議なもので、なかには部分的な作業に創造性を感じる人も存在します。工場勤務者と接していても、「クソつまらない仕事だ!」と言ってぶちギレる人もいれば、日々の発見とともにルーティンワークを淡々とやってのける人もいます。

それって本当に不思議なことですが、おそらくはこの「分業化の流れ」自体は歯止めがきかないので、部分な作業を創造的に取り組むことができる人は、今後もハッピーになれる余地が多いでしょう。だけど、取り組めない人は逆に、少なくとも日中は不幸ですよね。その人にとっての「真の充足タイム」は、終業時間以降だったり、金曜の夜から土日の間だったりするのかもしれません。

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——仕事自体をクリエイティブに振るか、あるいは「こなし仕事」に幸せを感じるのか、あるいはそこは割り切って、会社の外にいる時間帯で充足感を得る?

石川:僕の感覚でいうと、充足感と「幸せ」という感覚は少し違う気がします。あとで振り返ったときにその最中は夢中だった記憶が残されていれば、「充足していたな」と思うわけです。でも実際は、その最中は「幸せ」というよりも「不思議だな」と感じているのでは? 自分がわからないことに真剣に取り組んでいる感覚、と言いましょうか……。

たとえば、テレビを制作者の立場で観るとはどういうことでしょうか? おそらく、必ず何かしらの「問い」を持っているはずです。「何でこの人をキャスティングしたんだろうか?」とか「どうしてこのテーマを選んだんだろうか?」といったものです。

人というのは、そうやって「自分が不思議だと思った」ことは絶対忘れません。でも、他人から与えられた「問い」だとダメなんですよね。自分が気づいたことだけに、人は本気で取り組めます。それを僕は、「小さな問い」とか、「小さな不思議」と呼んでいます

——目の前の出来事にさまざまな「不思議」や「問い」をもって取り組めている人は、夢中で時間を過ごせるわけですね。

石川:逆に、そうした「不思議」や「問い」の感覚を持つことができれば、たとえどんなにつらい作業であっても、夢中で取り組める可能性が高いと思います。

聞き手/カフェグローブ編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹

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https://www.cafeglobe.com/2019/02/singularity5_2.html

自分と真摯に向きあえば、2045年は自ずとやってくる/石川善樹さん[後編]

予防医学研究者・石川善樹さんに「ウェルビーイング(人がより良く生きるとは何か)」の気づきを得られるヒントを教えてもらいました。

https://www.cafeglobe.com/2019/02/singularity5_3-html.html

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cafeglobe編集部

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