来るべき日に向けて、今できることを明確にし、明るい未来を切り拓くための連続インタビュー[LIFE after 2045]。前編、中編に続いて、長谷川愛さんに「性とジェンダー」のこと、さらには、他者やマイノリティに対するバイアスの問題について意見を伺いました。
不信感や偏見はテクノロジーで変えられる?
長谷川:シンギュラリティからは多少話題が逸れますが、ついでに「日本の未来の話」もさせてください。
たとえば少子化問題とか、もはや手遅れ感が強すぎて、遅くとも10年前には手を打っておくべきだったのが、いまだ具体的な施策が何も取られていない。そうなると、早々に労働力を海外から招へいしないといけないのですが、そういう話をすると日本人って必ず「移民が増えたら事件や犯罪も増え、治安が悪くなる」って発想をしますよね。
イギリスなどの欧米の場合でも、そこに行き着くまでには数十年という歳月がかかったわけで、それを日本がどれだけ短時間で実施できるかが勝負どころなのですが、そこにテクノロジーの活躍の場があるのではと考えています。
今わたしは、『ALT-BIAS GUN(オルト・バイアス・ガン)』というアメリカの人種差別にフォーカスした作品プロジェクトに取り組んでいます。
アメリカに住む黒人の人びとは、いまだに偏見の目にさらされていて、武器を所持していない丸腰の状態にもかかわらず、警察官によって射殺される事故が頻繁に起きています。
アメリカはもともと銃社会だから「(相手の黒人が)銃を持っているかもしれない」という疑心暗鬼は、なかなか払拭できないでしょう。でも、人間の瞬間的な判断はなかなか制御できないので、そこをテクノロジーで補助的に制御する仕組みを考えてみました。
『ALT-BIAS GUN』(出典:https://aihasegawa.info/)
たとえば「撃たれやすいタイプの人間の顔」を機械学習で集めて、そうしたケースに直面すると「あなたはバイアスで撃とうとしていませんか?」というアラート(警告)が出て、引きがねに3秒間ぐらいロックがかかる。3秒間あれば、勘違いかどうかが判明するだろうというアイデアです。
——しかし、そうなると「警察官の命と一般市民の命の、どちらを尊重するのか?」みたいな議論が出てくるのでは?
長谷川:まったくその通りです。実際に警察官と一般市民の犠牲者数を比較することは可能ですが、最終的には「どちらに重きを置くか」という話になる。少なくとも日本では、おそらく市民のほうに重きが置かれるのではないかと思いますが、アメリカ社会ではそうではなさそうです。
『ALT-BIAS GUN』より、殺されやすいバイアスの肖像画(出典:https://aihasegawa.info/)
先ほどの「日本に移民を」の話を補足すると、今の日本社会は残念ながら、国際的にも経済的にも魅力が高いとは言い難い局面があります。つまり、「ぜひ日本で働きたい」と思ってくれる外国人は、そこまで多くないという現実です。
なので、日本社会における外国人や女性に対する不信感や偏見を、テクノロジーでどうやって取り除けるのか、今の私の興味はそういうところにあります。
性別って、男性・女性の2つじゃない
——カフェグローブ読者におすすめの本は?
長谷川:小説『コンビニ人間』(文藝春秋/2016年)の著者である村田沙耶香さんは、新しい家族のあり方を問うような作品を書かれていて、自分と似たような魂を感じます。
彼女の本の中で、たとえば家族は子供を作るためのものであって、性的な関わり合いはむしろしない。恋愛は外でするみたいなモデルを提唱したりしていて、これはこれですごく腑に落ちます。同時に、現代の日本的な感性でもある気がしました。
『別冊日経サイエンス』の下にあるウィリアム・マイヤーズ著『バイオアート──バイオテクノロジーは未来を救うのか。』(BNN/2016年)もバイオアートを総覧的に知ることができておすすめ。
もう一冊は、『別冊日経サイエンス:性とジェンダー 個と社会をめぐるサイエンス』(日経サイエンス社/2018年)で、とても面白い内容です。
たとえば「性はXとYだけでは決まらない」という記事では、私たちが「男性/女性」と簡単に言うけれど、実はそれってとても複雑な話で、セクシャリティも途中で変化するし、そもそもXとYの性染色体の有無だけでは決められないことを解説しています。
生物学的な性別の決定は、単なる解剖学的な性器の特徴のみならず、時を追って展開する遺伝的因子や化学的因子の振る舞いが関わってきます。なので、「典型的な生物学的女性」と「典型的な生物学的男性」の間にはいくつものスペクトルがあるそうです。
また、「男性脳・女性脳」とよく言われるけれど、最新の科学研究によれば、そこもまだ明確な解答が出ていなくて、実際には双方の特徴が入り混じったモザイク状態なのではないかと。
あるいは自分のことをゲイだと思っていた男性が、その後の人生で性的嗜好が変わってしまったケースだとか、「どうして多様性が必要なのか?」とか、私の気になるトピックがたくさん載っていて、飽きさせません。
——最後に、長谷川さんにとっての「2045年の風景」とは、どのような言葉で言い表せそうでしょうか。
長谷川:そうですね。「2045年の生殖は、多様性に満ちている」というところでしょうか。
更に現在では、遺伝情報の一部をプリント出力する技術がすでに確立しています。もしもその出力できる量がどんどん増えてゆき、更にエピゲノム情報等も含むヒトゲノムの全情報を紡げるようになれば、将来的には、その情報を細胞に組み入れて卵子にすることで、データから子どもが生まれる可能性も十分あるわけです。
言い忘れていたことを思い出したのですが、次なる生殖の可能性の中には、いわゆる「データの子ども」という考え方もあります。(中編で紹介した)『(Im)possible Baby』がテレビで取り上げられた時の視聴者コメントのひとつに「なぜ(生き物ではない)データの子どもではいけないのか?」という問いがありました。
ゲノムデータからの子供をバイオの力をつかって受肉させずとも、バーチャル空間で育てたり、それをロボットに応用するなど、「ロボット子どもビジネス」などもありえるのではないでしょうか。
そのように、テクノロジーによって選択肢が増えたぶん、悩みも増えるわけですよね。でも、選択肢が少ないよりはずっとマシだと、私は思っています。<了>
長谷川 愛(はせがわ あい)さん/アーティスト、デザイナー
バイオアートやスペキュラティブ・デザイン、デザイン・フィクション等の手法によって、テクノロジーと人が関わる問題を取り扱ったアート作品を発表。IAMAS、RCAを経て、2014年より2016年秋までMIT Media Lab, Design Fiction Groupにて研究員を務める。2017年4月から東京大学・特任研究員。
聞き手/カフェグローブ編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹

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