AI(人口知能)の進化はめざましく、2045年頃にはAIが人間の能力を超える「シンギュラリティ(技術特異点)」を迎えるともいわれています。ビジネスパーソンにとってはAIが仕事にどのような影響をもたらすかが最大の関心事かもしれませんが、そう遠くない将来、人を人たらしめる「愛」や社会の最小単位ともいわれる「家族」の価値観にはどんな変化が生まれているのかも気になります。
シンギュラリティが訪れた世界を考えようと、セッション「シンギュラリティを迎えて、愛や家族はどう変わるのか」が開かれ、男女問わず多くの聴講者が集まりました。
子どもをシェアする、人間がイルカを産む……。未来の愛と家族のカタチ
セッションの登壇者は、テクノロジーアナリストとしても活躍するジャーナリストの林信行さん、日本の若い女性の「盛り(もり)」文化とそれを支援する「シンデレラテクノロジー」を研究する東京大学特任研究員の久保友香さん、そして同じく東京大学特任研究員でアーティストの長谷川愛さん。
定期的に開催される勉強会では、情報工学だけではなく遺伝子工学におけるシンギュラリティについても意見を交わしあうという3名です。
東京大学特任研究員でアーティストの長谷川愛さん(写真右)。
遺伝子工学といえば、思いつくのがクローンや遺伝子組み換えといった技術。しかし、長谷川さんは「読み書きだけでなく、編集もできるDNAは、ある意味“メディア”であると言える」と語ります。ちょうどこの日の2日前には世界初の「遺伝子編集ベビー」が中国で誕生したというニュースが飛び込んできたばかり。遺伝子を編集することで考え得る可能性を長谷川さんは自身の作品を通して教えてくれました。
『Shared Baby』(2011)より(出典:https://aihasegawa.info/)
イギリスでは新生児の10%が“試験管ベビー”であり、今後ますますセックスを介さずに子どもを持つ夫婦が増えるであろうことは予想されています。長谷川さんは、夫婦ふたりではなく複数の遺伝子情報を持つ子どもの誕生の可能性を『Shared Baby』という作品で表現しています。
「iPS細胞などの幹細胞の培養技術の進歩によって、2名以上の遺伝子を情報的に持った子どもができる可能性は高まっている」と長谷川さん。そうなると親権や経済面、そもそもの倫理観といった多くの問題が浮上するのではないかととても不安になりますが、長谷川さんはじつにポジティブに捉えて可能性を研究し続けています。
さらに驚くのが「10年後20年後という近い将来、同性カップルから子どもが生まれるかもしれません」という長谷川さんの言葉。母親Aの卵子と、母親Bの体細胞から精子をつくって受精させるという考え方で、男性同士のカップルでも子どもをつくることができるとする科学者もいるそうです。
『私はイルカを産みたい…』(2013)より(出典:https://aihasegawa.info/)
また、長谷川さんは人間が他の生物を産むという可能性も探っています。『私はイルカを産みたい…』という作品では、海に潜ることが大好きな長谷川さんが絶滅の危機に瀕しているイルカやサメといった海洋生物の代理母になれたらいいなというアイデアが研究のきっかけになりました。
以前から「ヒト生殖系列における遺伝子操作は人類を滅亡させる」と唱える科学者や生命倫理論者がいて、身体的な安全の担保も未知数であることから、遺伝子情報の操作にはどこか「恐ろしいこと、あってはいけないこと」というイメージが先行してしまいます。しかしこうしてお話を聞いていると、もっと自由な発想で性愛、夫婦愛、家族愛について語ってもいいのではないかという思いが湧いてきます。
ジャーナリストの林信行さん。
モデレーターの林さんも「ここまで、あまりにロマンチックのかけらもない話で申し訳ない」と笑いながらも、将来の愛や家族のかたちを考えることは、いま自身が置かれている環境や愛、家族について考えるいい機会になると話します。
2045年頃、母親になる世代の女性たちが大切にしているのは
セッションの後半は、久保さんもトークを展開。久保さんの研究対象である日本の若い女性たちは、シンギュラリティを迎える2045年頃に母親になる世代でもあります。
若年層の女性たちがもっとも重きを置いているのが「自分を理解してもらうこと」だと久保さん。髪型やメイクを「盛る」のもインスタ映えする場所に行ってSNSにアップするのも、最大の目的は女の子同士のコミュニケーションであり、異性の目を意識したものではないのだとか。
東京大学特任研究員の久保友香さん。
「恋愛やセックスを“面倒なもの”と考える若い女性はとても多いことを考えると、長谷川さんが作品にしているような仮説も受け入れられる世代かもしれません」と久保さんは話します。さらに、昔のように祖父母や両親と深く関わらない世代は、複数人で子どもを持つ『Shared Baby』によって文化や知識が継承されていくかもしれないと可能性を示唆していました。
近くて遠い2045年。未来のことは想像はできても、何が正解かはわかりません。しかし言えるのは、問題に取り組む多くの研究者が自由な発想でポジティブな研究を続けていること。しかもそれが人類のより良い未来のためであること。私たちもシンギュラリティに興味を持って自分なりの仮説を立ててみることで、豊かな未来に近づけるのかもしれないと感じさせてくれるセッションでした。
林信行さん(フリーランスジャーナリスト)
テクノロジーの発展が我々の社会や生活をどのように変えつつあるかを取材・発信し続けるジャーナリスト/コンサルタント。市場経済主導で湧き出てくる未来ではなく、文化的に豊かな未来を生み出す技術やデザインを模索し、発信、広める活動を続けている。カタヤブル学校副校長。ジェームズ・ダイソン財団理事。リボルバー社外取締役日経産業新聞やMacFan、レクサスビジョナリーで連載中。著書多数。
久保友香さん(東京大学 特任研究員)
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師などを経て、2014年より東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員。日本の女の子の「盛り」文化と、それを支援する「シンデレラテクノロジー」を研究。専門はメディア環境学。
長谷川愛さん(アーティスト、デザイナー)
バイオアートやスペキュラティブ・デザイン、デザイン・フィクション等の手法によって、テクノロジーと人が関わる問題を取り扱ったアート作品を発表。IAMAS、RCAを経て、2014年より2016年秋までMIT Media Lab, Design Fiction Groupにて研究員を務める。2017年4月から東京大学・特任研究員、JST ERATO 川原万有情報網プロジェクトメンバー。
——当セッションは、2018年11月29日・30日に開催されたビジネスカンファレンスMASHING UPでおこなわれました。
MASHING UP
シンギュラリティを迎えて、愛や家族はどう変わるのか
11月30日 @TRUNK(HOTEL)
撮影/中山実華

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