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- AIが芸術を評価する時代がやってくる/徳井直生さん[前編]
2045年頃に迎えるというシンギュラリティ(技術的特異点)について各界の有識者と検証し、次世代の未来に遺すべき価値観を探る連続インタビュー。第10回は、AIを「人間の創造性をサポートするパートナー」と位置づけ、作品制作やシステム開発を手がけているQosmo代表/慶應義塾大学政策・メディア研究科准教授の徳井直生さんに、AIとのコラボレーションについて聞きました(全3回掲載)。
徳井直生(とくい なお)さん/Qosmo代表取締役、アーティスト、研究者
東京大学工学系研究科博士課程修了。在学中から人工知能(AI)に基づいた音楽表現とユーザ・インタフェースの研究に従事するとともに、DJ/プロデューサーとして活動。2009年、Qosmoを設立。AIを用いたインスタレーション作品や、ブライアン・イーノのミュージックビデオ制作などを手がけている。2019年にはDentsu Craft Tokyo、Head of Technologyに就任。2019年4月より慶応義塾大学(SFC)准教授。
AIとコラボレーションができる!?
——徳井さんは研究者であると同時に、DJ/音楽プロデューサーとしても活躍し、人工知能(AI)とコラボレートした「AI DJ」プロジェクトなる試みもされています。なぜAIとのコラボを思いついたのですか?
徳井直生(以下、徳井):今からちょうど20年前、自分が大学生のときに所属していたのが、ちょうど人工知能の研究室でした。ただし当時は「人工知能 冬の時代」と言われ、最近のようにAIが世の中でもてはやされる遥か以前のこと。僕は様々な新しいタイプの音楽に触れるうち、自分でもDJを始めたり、曲を作るようになりました。
——「新しいタイプの音楽」とは、具体的にはどのようなものでしょう?
徳井:テクノ・ミュージックのなかでもエレクトロニカと呼ばれるタイプのサウンドです。たとえば、エイフェックス・ツイン(Aphex Twin)、オウテカ(Autechre)など。
今から考えるとウソみたいな話ですが、当時はパソコンで音を再生すること自体が、機材にかなりの負荷をかけたんです。そこにアップル社がPowerBook G3を発売し、パソコン上でのプログラミングで複雑なサウンドを作れるようになった。そこで、自分もDTM(Desktop Music:パソコン内で行う音楽制作)を始めたのですが、ほどなく「自分には音楽の才能があまりない」ということに気づいたのです。
——なかなか手厳しい自己評価ですが、それでAIに?
徳井:自分は楽譜もろくに読めないし、楽器が上手に弾けるわけでもない。でも、他の人にはできない表現をしたり、自分の創造性の限界を超えた音楽を作りだすにはどうすればいいかを考えたとき、大学の研究室で扱っていたAIを(音楽制作に)使えないかと思ったわけです。ただし、僕自身に突出した才能がない以上、AIを僕のコピーに仕立てても仕方がない。
たとえば「バッハみたいな音楽をAIに作らせたい」ならば、バッハの音楽の特徴をAIに学習させればいい。実際、そういう研究はたくさんありますが、僕はそれには興味が持てなかった。むしろ自分では思いもつかないようなリズムやメロディを、AIと自分の協働で作ってみたかったのです。
先ほど名前をあげたオウテカがユニークだったのは、彼らが自作したプログラムから独特のメロディやリズムが生成されるのですが、それがプログラマーである彼ら自身も想定していなかった結果だったそうです。
普通、プログラムが思い通りに起動しないと「バグが出た」と言われて忌避されます。でもオウテカは、そういう想定外の事態を意図的にひき起こして、それを自分たちの音楽のオリジナリティにまで引きあげた。僕はそこに、ある種のロマンを感じました。
想定外のクリエイティビティには、ロマンがある
さらにさかのぼると、この発想は、たとえば現代音楽家のジョン・ケージや現代美術家のジャクソン・ポロックらが、作品制作に「偶然性」を取り入れたことともつながっています。ただし、昔のアーティストがアナログな手段で偶然性を引き起こしたのに対し、オウテカはそれをプログラミングで制御した。僕がAIとの協働でやろうとしていることは、よりコントロール可能な偶然性である点が、以前との違いだと思います。
作品をAIが評価する時代がくる?
——しかし「今までにないサウンド」といっても、単なるデタラメでは受け入れられない以上、偶然性の結果をシビアに評価しないといけませんよね。
徳井:たしかにジョン・ケージやオウテカがやっていた試みでは、偶然生まれたサウンドを評価するのは、あくまでも人間の側でした。だけど今は(少しずつではありますが)「AIが評価できる」ようになりつつあります。もちろん「今までにない音楽」の良し悪しを評価するのは現状のAIには難しい作業ですが、それにチャレンジすることも自分の研究課題です。
ちなみに、2004年の時点で僕が書いた博士論文のなかに、「コンピュータが生成したリズムをニューラルネットワーク(脳のニューロンの働きを簡易的に模した計算モデル。現在AIと呼ばれる仕組みの多くがニューラルネットワークを用いている)で評価し、新しいリズムパターンを作る」というアイデアがありました。
しかし、当時のニューラルネットワークは非常に小規模なもので、評価対象にも限りがありました。それがこの15年間に進化と深化を重ねたことで、今のディープラーニング(深層学習)が実現をみた頃には、評価できる対象やその精度が劇的に変化したのです。
たとえば、かつてレオナルド・ダ・ヴィンチの工房で、弟子たちに命じて描かせた作品を師匠のダ・ヴィンチ本人が一枚一枚チェックしていたとします。だけど、鑑識眼に優れた弟子ができて、チェックの一部を彼に任せられるようになった……みたいに、生成物の出来ばえのチェックまで、AIの方に任せられるようになってきたことが、この間の大きな変化ですね。そうなると、ダ・ヴィンチ本人はより多くの新しいアイデアを試すことができるわけです。
基本的に、自分の興味関心は「世の中にまだ存在しないものを作る」ことです。ところがそうなると工学系の学問分野では、その研究自体の評価が今度は難しくなる。工学では「過去の事例と比較して、何パーセント向上した」といった定量的評価が要求されるし、それがないと論文も書きづらい。
世の中にまだ存在しないものを作る
そういう要因も手伝って、大学の外で活動することを決めて、海外生活などを経た2009年、今のQosmo(コズモ)という会社を立ちあげました。他のクリエイティブチームと協働し、自分たちが作りあげた「新しい技術」とそこから生まれる「新しい表現」を、広告やさまざまなクリエイティブに落とし込んでいるところです。
聞き手/MASHING UP編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹

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