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LIFE after 2045/シンギュラリティと私の未来

未来において「死」の概念は変わるのか/福原志保さん[前編]

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2045年頃に迎えるというシンギュラリティ(技術的特異点)について各界の有識者と検証し、次世代の未来に遺すべき価値観を探る連続インタビュー。第10回は、日本におけるバイオアートの第一人者・福原志保さんをお招きし、未来社会における死生観について伺いました(全3回掲載)。

福原志保(ふくはら しほ)さん/バイオアーティスト
2001年、英セントラル・セント・マーチンズ卒業。2003年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。2004年、オーストリア人アーティスト、ゲオアグ・トレメルと共同で「BCL」を結成。亡くなった人の遺伝子を樹木に埋め込んで新たな墓標を提供する「バイオプレゼンス社」をロンドンで設立。2007年より活動拠点を日本に移す。早稲田大学理工学術院研究員を経て、現職。

生きた「木」にヒトの遺伝子を移植する

——福原さんは、ヒトの遺伝子を木に移植した『バイオプレゼンス(Biopresence)』(2004年)など、数々のバイオアート作品を手がけていますよね。

福原志保(以下、福原):はい。『バイオプレゼンス』は、亡くなる方から採取されたDNAを樹木の遺伝子内に保存するという作品です。たとえばその木を公園に植樹すれば、何年か経ったのちに遺族や友人がそこを訪れたときに、故人のDNAを宿した木に対面できます。木の寿命にもよりますが、何十年も先の未来でも、そうやって故人の一部と触れ合うことができる。いわば「生きた墓標をつくる」というプロジェクトです。

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『バイオプレゼンス(Biopresence)』(2004年)

実際に「故人のDNAを宿した木」を初めて構想したのが、今から15年前でした。DNAの移植自体は当時の技術で十分に可能でしたが、解析にかかる費用がとても高額だったんです。ところが、今では100分の1程度にコストダウン。それだけ、この間に解析技術が進歩・普及したと言えます。

「死」とはエントロピーである

——ふつうは、人が亡くなると石で作られたお墓の中に遺骨が納められ、人里離れた場所にある墓地を遺族がお参りする……といったイメージでしたが、成長しつづける木が街中にあり、いつでもそれと触れ合えるというのは、とても前向きなアイデアに思えます。

福原:そもそも「死」には、社会的な側面と生物学的な側面の2つがあると思います。「社会的な死」は「何月何日の何時何分に、誰々が亡くなりました——呼吸もしていません、心臓も脳も機能が止まりました」というもの。だけど生物学的には、細胞はまだ全滅したわけではありません。心肺が停止しても、物質としては、しばらくのあいだ機能しつづけています。

私が10年ぐらい悩みつづけた末に出した回答は、「死とはエントロピーである」ということ。※エントロピーとは、熱力学の第二法則において、何らかの現象が起きた際に必ず増大するとされる「乱雑さ」のこと。

どういうことかというと、たとえば水に角砂糖を入れると溶けますよね。目には見えなくなるけれど、砂糖の成分は水に溶けて、その中に残っています。それを煮沸して、もう一回砂糖を可視化したら、成分としての砂糖は戻ってくるけれど、四角い形は戻ってきません。

「生命」自体もまた、細胞膜のような型に入れられて固定されている状況で、その主体が死ぬと分解が始まります。ひとたび状況が変わってしまうと、元に戻すことはできない。そのようなことから、死とはエントロピーではないかと思うようになったのです。

そこから人工知能(AI)や仮想現実(VR)について考えてみると、それらはミミックである(生き物を模している)場合もあるため、データの塊であるはずの画像やデータが生きているように感じられる瞬間があります。生命感というものは感じやすいけれど、死は感じにくいもの。かたや亡くなられた方は、死後硬直してどんどん冷たくなってゆく過程で、「あ、ここにはもういないな」と思える瞬間があるらしい。

データだって「生命感」を持つ瞬間がある

「人間らしさとは、何か?」という発想をベースに技術が発展してゆくと、生きていないはずのデータでも生きているように感じられる日が、やがて来るかもしれません。

コントロールできないものは、怖い

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——人間の死と、データの死は異なりますか?

福原:逆に「生きている感じがしないデータ」といえば、 ひとつは「アンコントローラブルなデータ」があるでしょう。電源を切っても絶対に死なずに生きている「たまごっち」なんて、怖いじゃないですか。

たとえば、映画『ブレードランナー』に出てきたアンドロイドは、自分が機械なのか人間なのかがわからないけれど、感情はある。そして「自分は(人間に)殺されるために生まれてきたのか?」という葛藤から、自分の手で開発者を殺めてしまいます。そのような「テクノロジーが発達すると、アンコントローラブルな事態が引き起こされる」という物語は、古典的なSFの常套句ですよね。

バイオテクノロジーにもまた同様のイメージがまとわりついていて、たとえば「ずっと腐らない食べ物」は、聞いただけで怖い。人間は、従来のライフサイクルが覆される可能性が見えてしまうと、直感的に怖くなるのです。

ところで、春先に日本全国でいっせいに開花するソメイヨシノは、全部クローンです。だからひとつのウイルスに感染したら、全部が枯れてなくなってしまう恐れがあります。 2045年には、お花見ができない未来もありうるわけです。 それを阻止するために、遺伝子を組換えたソメイヨシノを開発した研究者もいるのですが、なかなか普及しません。

2045年には、桜が無くなるかもしれない

「遺伝子組み換え食品」も、今はネガティブなイメージが先行しているため、消費者からも敬遠されがちです。実際問題として遺伝子組み換え食品には、世界的な食料危機を回避するメリットの側面もあるのだけど、イメージがよくないものは極力隠蔽されてしまうんです。

「死」にも同様なところがありますよね。アメリカには「お年寄りだけが住む街」まであって、東京のように都市部でたくさんのお年寄りを見かけるケースは稀です。「死に近づいている人を見ないようにする」のは、やっぱり死が怖いからでしょう。

人間を超えるものが登場するのは、まだ早い

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「人間以上に賢くなったAIがシンギュラリティを引き起こす」というビジョンも、それによって、“アンコントローラブルな事態が引き起こされるのではないか”という恐怖とセットで語られがちですが、私に言わせれば、「まだまだ早い」と思うんです。

人間の身体は、それ自体が高精度なセンサーで、大気の気温や湿度、触感、味、音など、膨大なデータをつねにインプットして、それらを脳で処理しています。「シンギュラリティは人間を超える」と言われているけど、そもそも「人間の身体機能」が明らかにされていないのに超えるとはどういうことか、逆に聞きたくなるくらいですね。

記憶や計算といった一部の機能が人間を超えたとしても、人間という存在、あるいはその身体の組成を解明し、それを上回るメカニズムが誕生するには、まだまだ時期尚早だと思います。<中編に続く>

聞き手/MASHING UP編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹
取材協力:FabCafeMTRL(ロフトワーク)、ヘアメイク:ERI

死後の「自分」を考えたことはありますか?/福原志保さん[中編]

2045年、人工知能(AI)と人間の能力が逆転する「シンギュラリティ(技術的特異点)」を迎えたら、私たちの仕事や暮らしはどう変わる?バイオアートの第...

https://www.mashingup.jp/2019/07/singularity11_2.html

人の“想い”を未来に伝えていくには/福原志保さん[後編]

明るい未来を切り拓くための連続[LIFE after 2045]。バイオアーティスト福原志保さんに聞いた、“想い”を未来に継承してゆくためのヒント。

https://www.mashingup.jp/2019/07/singularity11_3.html

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MASHING UP編集部
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