来るべき日に向けて、今できることを明確にし、明るい未来を切り拓くための連続インタビュー[LIFE after 2045]。前編、中編に続いてアーティスト福原志保さんに聞いた、“想い”を未来に継承してゆくためのヒント。
人の想いが宿っている“布”
——中編では、2045年になれば、故人をめぐる多様なデータを後世に残す技術は発達するだろう、という話に触れました。一方で、故人ならではの“想い”や“人間らしさ”の部分をどうやって残すのか、課題が残ります。
福原志保(以下、福原):「人の想いが宿っている布」を例に説明しましょう。
田中忠三郎さん(1933〜2013年)という、青森県出身の在野の研究者がいまして、民俗・民具の調査収集をされた方ですが、とくに津軽地方の集落で実際に使われていたぼろ布のコレクターでもあります。
青森地方は寒冷地なため、コットン(木棉)が取れません。日常的に用いられていた布は麻などが多く、とにかく木棉は貴重で、ぼろぼろになっても継ぎ接ぎして大事に着られ、子孫に手渡されていきました。
田中忠三郎『物には心がある。』の刊行にあわせて、東京・浅草「アミューズ ミュージアム」では「BORO」展を開催。田中忠三郎さんが収集した津軽・南部の衣服や民具(生活用具)などを展示(〜2019年)
そのなかに「ポド」という麻布や木綿布をいくつも継ぎ足してこしらえた敷布があります。寝具として以外にも、お産のときの赤ちゃんのおくるみなどにも使われていて、羊水もずいぶん染み込んでいるようです。それを聞いた私は思わず「布を精製水につけて、溶け出た成分を調べたい!」と思ってしまいました。
「ポド」は、人が生まれて初めて触れる布であり、もしかすると死んだときにも掛けられる布かもしれない。生と死の間、さらにそれが何世代にも渡って継承されているのです。そんな「先代の生き方や想いが染み込んでいる」ことを知ってから、あらためてこれらのぼろ布を眺めると、ただの布がとても貴重なものに思えてきます。それは人の気持ちが込められている物質だからです。
私の作品である『バイオプレゼンス』と「ぼろ」は、木か布かの違いこそあれ、「人の気持ちや想いを継承することで、死を超克する」という意味では同じような役割があると思っています。
ロシア宇宙開発の裏側で
——なにかの手段を介せば「死は乗り越えられる」という考え方は、とても興味深いです。
福原:もうひとつ、「死を克服するメソッド」の一例が『ロシアの宇宙精神』(S・G・セミョーノヴァ+A・G・ガーチェヴァ編著、せりか書房、1997年/絶版)という本です。
原題は「ロシア・コスミズム」……つまり、ロシア独自の宇宙主義に関する本です。なかでもニコライ・フョードロフ(1829〜1903年)という哲学者の思想がすごくて、彼は「人間には先祖を復活させる義務があり、その技術を開発しなくてはならない」と主張していました。
さらには「人間は死を克服することで、初めて完璧な存在になれる」というわけで、フョードロフは“死をハックする”手段を思いつきます。それが、なんと「死体を宇宙空間に飛ばす」というプランでした。
死は、ハックできる
——とはいえ、旧ソ連製の無人人工衛星が打ち上げられたのが1950年代後半、有人宇宙飛行の成功が1960年代以降ですから、フョードロフの頃はロシアの宇宙開発も、まだ全然実現していなかったのでは?
福原:ですが、そういう(宇宙旅行なんて夢物語だった)時代だからこそ、フョードロフは「宇宙は人間の精神や神、生物を超えた場所である」と信じて疑わず、「死者を宇宙空間に送り出せば、蘇生して戻ってくる」と思いたったのです。今振り返れば、だいぶイっちゃっていますよね(笑)。
ただ、すごかったのは、そんなフョードロフの後援者がたくさんいたことです。彼らの尽力で、その後のソビエト時代のロケットや宇宙服などの開発が進展し、フョードロフの没後、半世紀がすぎた20世紀半ばすぎに、ロシア(旧ソ連)の有人宇宙飛行が実現します。
ひたすら「思い込みの強さ」を原動力にして、従来の人類が到達できなかった宇宙空間に飛び出すことに成功したという、その強烈なイノベーションやチームワークには、見習うべきものがあると思いました。
多様な文化のほうが生き残りやすい
——シンギュラリティに向けて、今後私たちが大事にすべきことはどのようなものでしょうか?
福原:そもそも「なぜバイオテクノロジーが好きなの?」とよく聞かれるのですが、私の基本テーマは、Old and New。「古い技術」と「新しい技術」をかけ合わせると「新たな視点」が生まれます。そんな気づきから、プログラミングや遺伝子操作に興味を持つようになりました。
かたや「シンギュラリティ」って、結局はデータ主導/ハードウェア・ベースじゃないですか。そうなると、人間が実際に手を動かして作るものが減ってしまうことに、一番大きな危機感をおぼえます。同じ「金具」でも、人間の手で作ったものと機械が生産したものでは違いが出てくる。より大事にしたくなるものは「人間が作った方」ですよね。
生物学的にも、ランダムさや多様性をそなえた種の方が生き残りやすい。同様に、多様な文化のほうが強靭で残りやすい。なので、グローバリゼーションが限りなく進展している現代社会において、日本人固有の工芸技術や手作業の伝統を残していかないと、西洋的な価値観との差別化ができません。
そこで大事なのは、最先端の「技術」よりも、家族間の何気ない会話や、気持ちや想いを大切にし、後世に伝承してゆこうとする態度ではないでしょうか。
気持ちや想いを大事にしようと思える人間になるためには、普段の生活から自分の意見を大事にしてもらえるという体験をしていれば、そういう自信がつくのかと思います。
福原志保(ふくはら しほ)さん/バイオアーティスト
2001年、英セントラル・セント・マーチンズ卒業。2003年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。2004年、オーストリア人アーティスト、ゲオアグ・トレメルと共同で「BCL」を結成。亡くなった人の遺伝子を樹木に埋め込んで新たな墓標を提供する「バイオプレゼンス社」をロンドンで設立。2007年より活動拠点を日本に移す。早稲田大学理工学術院研究員を経て、現職。
聞き手/MASHING UP編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹
取材協力:FabCafeMTRL(ロフトワーク)、ヘアメイク:ERI
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