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- AIやロボットと暮らす未来。創造的に生き、幸せに人生をまっとうするヒント
2045年、人工知能(AI)と人間の能力が逆転する「シンギュラリティ(技術的特異点)」を迎えたら、私たちの仕事や暮らしはどう変わる? 前回に引き続き、“シンギュラリティと私たちの未来”について、文化・教育アドバイザーの下村今日子さんとITジャーナリスト林信行さんが、過去11回の連載を振り返ります。
考えること・教えること(谷川じゅんじさん)
林信行(以下、林)◆子供の教育に関する「問い」の話題が面白かった。
下村今日子(以下、下村)◇そう! 「虹はどうして7色なのか?」と問われたらどうする、というエピソードですね。最上級の答えが「それを調べて教えてくれたら、お父さん、すごく嬉しいよ!」であると。
これと関連して、じつは数年前からアメリカでは「EdTech(EducationとTechnologyを合わせた造語)」のための最新教育システム「AltSchool」が、Googleの元社員エンジニアによって開設され、ちょっとしたブームになりました。早い話が、各生徒の能力に最適化された手段で、AIが子どもに勉強を教えてくれるシステムです。
ところが今、その「AltSchool」の生徒が激減している。その理由を訊くと「けっきょく子供は褒められたくて勉強する」のだと。とくに10歳ぐらいまでの子どもたちは、自分の好きな先生や親が「すごいじゃない!」って褒めてくれるから勉強する。機械が相手では、その部分が満たされないのです。
林◆特に幼児の段階では、人間との触れ合いが重要でしょうね。かたや文部科学省はさる6月25日、小中高校や特別支援学校の教育にビッグデータや先端的な情報通信技術を活用する計画を公表しました。でも「多様化する子供の個性に合わせた指導」が「児童生徒1人につき1台の教育用パソコンやタブレットが利用できる環境を整備する」というのは、はたして正解なのか? ビッグデータを使って画一的な子どもしか育たなかったら、本末転倒ですよね。
AIは伝統を受け継ぐか?(三浦亜美さん)
林◆「日本の伝統産業をAIで残す」、素晴らしい取り組みですよね。その一方で悩ましいのは、前回触れたように「調理ロボットの作業風景を見せるべきか、隠すべきか?」の議論にも通じるところがあって、やはり「人間の技や匠」が前面に出ている商品のほうが、AIが伝統技術を継承して生産した商品よりもブランド力があるような気がしません?
下村◇ただし今後、日本における匠の技を継承する人間は明らかに減っていく。私が三浦さんの試みを評価したい点はそこです。日本の総人口も減り、旧来的な日本独自の生活様式も壊れてゆくなかで、職人の技術で生計を立てられなかったり、後継者のいない匠は少なくありません。
だけど、職人さんたちはその知恵やノウハウを文章に書いて残したりしない。そうすると、彼らの知恵を今きちんと記録に残しておかないと、仮に将来「自分が復活させたい」という人材が現われたとしても、資産の継承ができない。それを「AIに覚えさせる」のは、ある種のアーカイブとしての意義があると思います。
ロボットと暮らす(林要さん)
下村◇LOVOTには、開発者である林要さんの人柄が反映されていますね。そしてLOVOTが画期的なのは「ユーザーがロボットを自発的に触ったり抱っこしたりして可愛がらないと、懐いてこない」という、ややこしいところです。
林◆LOVOTの話を聞いて僕が連想したのが、今から約10年前、ドミニク・チェンと遠藤拓己が「ディヴィデュアル」というユニットを組んで運営していた「リグレト」というコミュニティサイトです。誰かが仕事で失敗して落ち込んでいると、周囲の人たちが「そんなことでくよくよするなよ」「みんなよくやっていることだよ」って慰めてくれる。
その「リグレト」を使っていくうち気づくのは「一番慰められているのは、じつは慰めている側の人たちである」ということ。LOVOTもまた、それに愛着を感じる側の人間味をさりげなく引き出してくれるのです。
下村◇やはりLOVOTのルーツには、やはり『鉄腕アトム』や『ドラえもん』のような、もともと人に寄り添うロボットが、日本人の意識の根底にあるような気がする。
林◆たしかに西洋人のロボット観って、たとえばユダヤ教に出てくる泥人形「ゴーレム」みたいなものがルーツにあることが多いので、ご主人様の命令だけを実行する忠実な召し使い、みたいな感じですね。
下村◇日本では、ロボットは友達です。いまや世界中の人が、日本のマンガに興味を示しますが、それはヒューマニティが根底にあるからでしょう。これがアメコミだと、正悪の対立みたいな構図になってしまう。そういう意味では、日本のマンガやアニメが世界中の子どもたちの情操教育に役立つように、LOVOTもポジティブなロボット・イメージを世界に知らしめる格好のツールかもしれませんね。
AIは、よき相棒になる?(徳井直生さん)
林◆徳井さんが音楽上のパートナーとして育成している「AI DJ」が、ときどき突拍子もない選曲を示すという話って、LOVOTのちょっと抜けている仕草とも共通点がありませんか?
下村◇私はよくスマホで、オセロや将棋、麻雀などのゲームアプリで遊ぶことが多いのですが、最初は勝てるけれど、少しレベルアップするとすぐ負けちゃう。でもそこで「どうせ人間はAIには勝てないんだ」って無力感を持ってはダメだと思います。だから、AIを利用するにしても、できるだけ無力感を感じさせない方向に発展してほしい。
林◆徳井さんの回で興味深かったのは、自動生成された音楽の出来映えをAIがだんだん評価できるようになってきた点。じつは僕は、その「AIが評価を下す」ことには反対派でした。ところが先日、ちょっとしたワークショップで発見があったのが、女性のメイクの話です。
いまや女性のメーキャップもAIが最適解を出せるようになった。だけど女性たちはAIの指示どおりのメイクをし終わった後で「これ、ちょっと違うかも?」って微調整するそうです。僕はそれでいい気がする。AIはとりあえずの(最適解である)叩き台を作り、そこから微調整して自分好みにする。そのようなAIと人間の協働関係を「ケンタウロス」と呼ぶこともあります。
下村◇まさしくVol.4 久保友香さんの回の「同じようなギャルメイクも日々刻々進化してゆくので、なかなかAIには追いつけない」という話に繋がりますね。整形は(固定化されてしまうので)ダメだ、という意見もありました。
林◆たぶんAIを噛ませることで、ベースになるメイクのスキルはものすごくボトムアップされる。そのうえで、各人の好みの多様性が加味される。これもある意味、コンバージェンスとダイバージェンスが同時に起きているケースでしょう。
未来の「死」は変わる?(福原志保さん)
下村◇福原志保さんは、ヒトのDNAを樹木に移植するプロジェクト『バイオプレゼンス(Biopresence)』を2004年に発表しましたが、実際に人間の記憶や意識をデータとしてコンピュータ上にアップすることは実現するでしょうか?
林◆いや、現段階では難しいでしょう。頭の中で考えていることを視覚的に表示する研究はありますが、それもまだ解像度が全然低いレベルだし、意識や記憶をデータ化するのは、まだまだ先の話ですね。
ただ、死生観という観点でいうと、(Vol.5で石川善樹さんが紹介していた是枝裕和監督の映画『ワンダフル・ライフ』のエピソードとも関連しますが)死後、自分が一番大事にしていた思い出や価値観も同時に消失してしまうとしたら、それはとても悲しい。たぶんそれは、今日子さんが特に思い入れのある伝統工芸が、ある日なくなってしまったら悲しいのと同じような意味で。
最近の環境系のフレーズで言うと「Cradle to Cradle」つまり「ゆりかごから墓場まで」じゃなくて「ゆりかごから次のゆりかごまで」という循環を作るように、自分が大切にしてきたミームをいかに後世に継承するかは(意識や記憶のデータ化とはまた別の次元で)追求すべき課題だと思います。
下村◇死は、デリケートな問題で難しいですよね。リアルな遺伝子情報が継承されるよりも、もっと本来的な……たとえば、多くの日本人が備えている死生観や無常観のように「精神性」の部分が残されて継承されてゆけば、DNA自体は消滅しても、そこまで喪失感を覚えることはないのかもしれません。あくまでも、仮定ですがね。[了]
下村今日子(しもむら きょうこ)さん/文化・教育アドバイザー
早稲田大学大学院公共経営研究科修士課程修了。教育や文化関連団体から、伝統工芸士からアーティスト、クリエーターまで幅広くサポートを行っている。創造の育成塾顧問、グローバルクラスメートアドバイザー、カルチャービジョンジャパン顧問、シンギュラリティナイト主催、他多数。アイスランド氷河クライミングなど、冒険家としての顔も持つ。
林信行(はやし のぶゆき)さん/ITジャーナリスト
1967年生。テクノロジーやデザイン、アートにファッション、教育や医療まで幅広い領域をカバーし取材、記事やTwitter、FBで発信。欧米やアジアのメディアで日本のテクノロジー文化を紹介するなど、海外でも幅広く活動している。ifs未来研所員/JDPデザインアンバサダー、著書多数。
聞き手/MASHING UP編集部、撮影/中山実華、構成/木村重樹
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