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市役所勤務からミス・ユニバースへ。運命の時計がまわり始めたとき/元ミス・ユニバース日本代表 板井麻衣子さん

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一瞬ごとにストーリーが展開されていく私たちの人生というドラマ。時計のようにくるくると進みつづけるなかで、すてきな女性はどのように時を重ねているのでしょうか。

今回お話をうかがったのは、2010年にミス・ユニバース日本代表として世界大会に出場した板井麻衣子さん。地元の市役所で働いていた板井さんがミス・ユニバースに応募したきっかけから現在の子育てまでのストーリーをお話しいただきました。

板井麻衣子さん
1984年生まれ。大分県臼杵市出身。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業。2010年度「ミス・ユニバース・ジャパン」にてグランプリを受賞し、日本代表として世界大会に出場。モデルやMC、レポーターなどとして活動の幅を広げる。2011年よりJ-WAVE「PARADISO」でラジオのナビゲーターとなり、現在はJ-WAVE「DIALOGUE RADIO~in the Dark~」(毎月第2日曜日25:00~26:00)やJFN「Salvage Music」を担当している。インスタグラム

申し込み期限の前日に開かれた運命の扉

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板井さんは大分県臼杵(うすき)市の出身。上智大学を卒業して一度は東京で就職しますが、ハードな仕事にからだがついていけず、リセットの意味を込めて帰郷。大分市役所で働き始めました。地方公務員の試験を受けて仕事に本腰を入れようかと思っていた矢先、板井さんの運命の扉が開きます。それはなにげなくネットサーフィンをしていたときのこと。

「ミス・ユニバースの告知を見つけて、大分の片田舎から世界に挑戦するのもおもしろいかなと思ったんです。でも応募の締切は翌日で、書類も写真もありません。あわてて髪だけまとめて、母に撮影してもらいました。畳に裸足で立ち、バックは床の間。そんな写真でよく選考通過しましたよね(笑)」

25歳とミスコンにしては遅めのスタートでモデル経験もなければウォーキングもできない。そんな心配をよそに福岡オーディションを突破し、あれよあれよという間に日本大会へ。ミス・ユニバースへの挑戦を職場に告げたのはファイナリストに残ってからです。

「それまでは『私事の都合』と言って休ませてもらっていたのですが、もう言い訳もできなくなって打ち明けたところ、課をあげて応援してくれました。日本代表になって凱旋したときには、市役所や橋などに『臼杵から世界へ』と書かれた横断幕がかかっていて感動しました。地元の後押しなしにはがんばれなかったですね」

何よりの支えになったのは、何があってもふだんと変わらずに迎えてくれた家族の存在。「私が地に足をつけて挑戦できたのは家族のおかげ」と板井さんは振り返ります。

「見られる」ことから、声で表現する世界へ

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ミス・ユニバース日本代表としての活動を終え、これからどうしていこうと考えていたときに舞い込んできたのは「ラジオ」の仕事でした。それまでの“見られること”ばかりだった毎日から一転、声だけで表現するということに不安はなかったのでしょうか。

「それはそれは居心地がよくて(笑)。もともと人前に出たいというタイプではなく、ミス・ユニバースのほうが私にとっては特異なこと。勉強やリサーチで知識を得ることは大好きですし、インプットしたことを言葉でアウトプットするというのは、私には性にあっているんだと思います。本当にいい機会を与えてもらいました」

初めて担当したのは、週に一度の生放送。しかも4時間30分という長丁場です。

「リスナーさんからツッコミが入るくらいダメダメで、はじめは落ち込むこともありました。でも5年後、番組ラストの放送に寄せられたコメントのなかに『初回はどうなることかと思ったけど、今では大好きなナビゲーターさんです』というものがあったんです。ずっと聴いていてくれている人がいてくださったんだなとうれしくて。続けてよかった、届けてよかったと思いましたね」

心がけているのは、聴く人の気持ちが「ピースフル」になるように、耳に心地よく響く言葉を選ぶこと。その日のテーマや迎えるゲストのことは事前にしっかりリサーチをしてノートにメモ。できる限りの準備をして臨んでいるそうです。

子どもの幸せを願う気持ちは、社会とつながっている

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ミス・ユニバース、ラジオの仕事に続き、板井さんの人生において3番目にして最大の転機となったのが2016年に経験した「出産」です。何があっても動じずに自分の人生を前向きに歩んできた板井さんに、初めて“不安”が募る時期が訪れます。

「出産してしばらくは『子どもがかわいい、幸せ』という気持ちに浸っていました。でも次第に、自分の視野がどんどん狭くなることへの不安にかられるようになったんです。本来物事を楽観的に捉えるタイプなのに、こんなふうにどんどん落ち込んでいくのかという怖さもありました」

しかし、そんな板井さんを救ってくれたのも“子ども”の存在でした。「この子が生きる社会は明るく平和であってほしい」と願う気持ちは、社会とつながる入り口なのではないか……。そう考えるようになってからは、肩の力が抜けたそうです。

「口に入れるものや肌にふれるものの質に気を配る、ユーズドを楽しむといった家庭でできるエシカルをいまは娘と楽しみ、教えていきたいと考えています。小さなことでも、ゆくゆくはソーシャルグッドな活動に広げていきたいですね」

さまざまな変化に、いつも寄り添ってくれた腕時計

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板井さんがお子さんと関わるなかで大切にしているのが、腕時計をつけること。

スマートフォンを見ればいつでも時間がわかる時代に、あえて腕時計をつけるのは『娘とつながっていたい』ということも理由のひとつ。両手がふさがっているときにスマホで時間を確認しようとすると、つないでいる娘の手を離さなければいけなくなってしまいますし、娘の興味もスマホに向かってしまうからです」

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板井さんが愛用するシチズン「クロスシー」のうち、最近よくつけている3本

愛用しているのは「シチズン xC(クロスシー)」。テイストの違うクロスシーを6本も持っているそうです。

「二十歳になった記念に母から贈られたのが最初のクロスシーで、少し大人になったような気持ちがしてうれしかったことを覚えています。デザインが新しくなっても普遍的な安心感やフィット感はそのまま。オンにもオフにも服のコードを気にせずにつけられるデザイン性も気に入っています」

傷に強く、防水性に優れているので、お子さんと公園で遊んだり手を洗ってあげたりするときにも外しません。つけ心地が軽く、電池交換も不要。「行動の制限をなくしてくれる」というのが、板井さんがクロスシーを愛用する一番の理由だそうです。

イメージは「光」。女性の内なる輝きや強さを表現

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この日、板井さんがつけていたのは、シチズンxC(クロスシー)」の新コレクション「hikari

太陽のような力強い光をイメージしたベゼル、十字に差し込む光を感じさせるカットパーツ、そして美しく神秘的な力をあたえてくれる光からインスピレーションを得て、女性の内なる輝きや強さを表現しています。

板井さん着用のモデルはブランドの20周年記念として誕生した「サクラピンク」で、女性の肌を明るく美しく見せてくれるシチズンだけのコーティング。

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シチズン クロスシー hikari collection Titania Happy Flight ES9444-50A 78,000円(税別)

つけていることを忘れてしまうほど軽くて肌にやさしいのは「スーパーチタニウム」を採用しているから。電波時計なので日付・時計合わせも不要ですし、太陽や部屋の光で充電できるから面倒な電池交換もなし

「デュラテクト」というシチズン独自の表面硬化技術で傷がつきにくく、高い防水機能を備えています。世界24都市の時間がすぐにわかる「ハッピーフライト」は、旅行や出張で海外に行くことの多い女性に喜ばれています。

さまざまな変化や転機を経験するときは「いつもクロスシーが一緒だった」と板井さん。美しく軽やかなウオッチを伴走者に、板井さんのストーリーは続きます。

取材・文/大森りえ、撮影/小禄慎一郎

シチズン

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