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- 世界から求められていることに気づいた瞬間/Enuma CEOスイン・リーさん
2019年11月7日・8日に開催されたビジネスカンファレンス「MASHING UP vol.3」において、キーノートを務めたのが世界中の子どもたちに向けた教育ソフトを開発するEnuma(エヌマ)社の共同創業者兼CEOのスイン・リーさん。
障がいを抱えた子どもをもつ夫婦が、「自分たちの子どもが学校の勉強についていけるように」と願った結果、世界を救うかもしれない壮大なプロジェクトとして注目されるに至った経緯を「誰でもゲームチェンジャーになりえる」と題したスピーチで披露してくれました。
人生の転機に考えたこと
若い頃は親の言う通りに勉強していい大学に入り、結婚して順風満帆な毎日を送っていたというリーさん。しかし、あることをきっかけに人生が変わります。夫婦の間に産まれた待望の子が、障がいを持っていたのです。
「子どもが学校の勉強についていけるようにするにはどうしたらいいか。そう考える中で、ゲームデザイナーの私と、ゲームデベロッパーの夫のキャリアを活かそうという話になったのです」(リーさん)
シリコンバレーから拓けた道
夫婦は勤めていたゲームソフト会社や、CSRの一環として関心を持ってくれた企業から支援を得て、特別支援を必要とする子ども向けのアプリ開発を目指します。そして自分たちの考えをツイッターで発信したところ、それを目にしたシリコンバレーのベンチャーキャピタリストから声がかかります。
「最初は、英語も上手くないし、アメリカ人でもない自分たちがシリコンバレーで事業をするなんて考えられませんでした。でもその方は、私たちのたどたどしい説明をじっくり聞いてくれました。そして、育児をしながら短時間で働ける環境が保証されなければいけないという私たちの主張も受け入れた上で、チャンスをくれたのです。それは、常に新しいものが生まれる可能性に満ちた、シリコンバレーならではのことだったと思います」(リーさん)
出資を得たリーさん夫婦は、「卓越した学習ツールを提供することで子どもたちをエンパワメントし、自立した学習を助けるソフトウエア開発」をミッションに掲げて起業。そして、子どもが親の手助けなしに自立して学習できること、楽しみながら継続して学習に取り組めること、達成感が得られることという3つの原則に基づいた学習ソフト「To do Math(トドさんすう)」を開発しました。
「支援が必要なのは息子だけじゃない」と気づく
「トドさんすう」は幼稚園児から小学2年生までの、学習準備が十分ではない子どものためのアプリ。ところが、日本や韓国、中国などアジア圏でリリースしたところ、より広く6歳までの子どもたちを含めた枠組みで人気が沸騰し、700万ダウンロードを達成しました。
「そのとき、私たちは理解しました。特別な支援が必要な子どもたちを対象としていましたが、実は助けを必要としていたのは彼らだけではなかったのです。アメリカでは、貧困層や移民の両親を持った子どもは学習することをあきらめていて、学校ではハンデのある息子以上に苦戦していました」(リーさん)
そして、世界には2億5000万人の読み書きができない子どもがいるということを知り、衝撃を受けます。
「彼らはたとえ学校という教育システムの中にいても、十分に学ぶことができずにいます。最近のユネスコの発表で、世界の人口の60%の人たちが、基本的な読み書きや学習ができていないということがわかっています。先生の数と子どもの数を比較すると、先生1人が180人の子どもを見なくてはならない計算になります。先生がいても教科書がない、あるいは先生自身が読むことができないという場合も現実にあるのです」(リーさん)
タンザニアのプロジェクトで有効性を証明
この問題を解決するために、世界最大級の非営利ベンチャー財団として知られるXプライズ財団が、世界の子どもたちのための識字率向上ソフトウエア開発コンテスト「グローバル・ラーニングXプライズ(Global Learning Xprize)」を開催。世界100社ほどが提案書を提出し、そのうち5社に絞られた中に、エヌマ社の「トドさんすう」に読み書きのサポートを加えた「KitKitSchool(キットキット・スクール)」が入選しました。
「入選した5社に対しては、ソフトを実際に子どもたちに提供し、成果があれば賞金が与えられるということでした。そこで、タンザニアで『アンリーチド(手が届かない存在)』と呼ばれる村の子どもたちにタブレットデバイスを提供したのです。そこでは、子どもたちの90%が学校に行ったことがなく、93%がまったく読み書きができないという状況でした」(リーさん)
タブレットを充電するための電力を供給するため、太陽光パネルも設置するという大規模なプロジェクト。5カ月後にどれだけ学習レベルが向上したかが検証され、「KitKitSchool」の有効性が確認されました。
「参加した子どもたちが、読み書きができるようになってとても幸せだと言ってくれました。将来に希望を持てるようになり、見違えるほど元気になったのです。そして、私たちの目的はお金や名声のためではなく、自分たちが人間としてやるべきことを達成するためのものだと再認識しました。このプロジェクトが、たくさんの子どもたちの未来を開いたのです」(リーさん)
夫婦で育児を分担しながら両立
このXプライズの賞金のほか、機関投資家やベンチャー企業、国際協力機関などから投資を得たエヌマ社は、ソフトを韓国語や日本語、英語をはじめ中国語やスワヒリ語、スペイン語などに翻訳して世界的に展開。協力者たちの人脈も活かして事業を広めつつ、リーさん夫婦をはじめ同社のチームはイノベーターとして活動しています。
実はXプライズに提案書を提出するわずか2カ月前に、第2子を出産したというリーさん。夫婦で育児を公平に分け合いながら仕事と両立しています。
「子どもを育て、しっかり教育を受けさせてあげたいという思いではじめた仕事なので、周囲の協力のもと、ワークライフバランスを保ちながら仕事ができているのはとてもありがたいことです。これからも子どもたちから多くのことを学びながら、切磋琢磨していきたいと思います」(リーさん)
テーマに掲げられた「ゲームチェンジャー」とは、従来の競争のルールを覆す存在のこと。何がきっかけで人生の転機が訪れ、世界を変えていくことになるかわからない。そんなことを考えさせられるスピーチでした。
SOOINN LEE/スイン・リー
Enuma 共同創業者兼CEO。米国と韓国にオフィスを構える教育テクノロジー企業Enumaの共同創業者兼CEO。特別な支援を必要とする子どもや教材を入手できない子どもを含むあらゆる子どもの能力を高める学習アプリを設計。世界で700万回以上ダウンロードされた「Todo Math」、支援を必要とする子どものためのプロジェクト「Injiniシリーズ」などを手がける。2017年、世界有数の社会起業家として「アショカ・フェロー」に選出。開発途上国の子どものための学習キット「Kitkit School」は「Global Learning XPRIZE」の2019年優勝作品に。
MASHING UP vol.3
誰でもゲームチェンジャーになりえる
撮影/今村拓馬
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