2020年2月、MASHING UPはOECD東京センターの協力のもと、「働くこと」に関する読者アンケートを行った。働き方改革について、転職について、将来の不安について……。1000を超える回答から見えてきたこととは? OECD東京センター所長・村上由美子さんによる分析・コメントともに、抜粋して紹介したい。
ひとつの会社に定年まで、はもう終わり?
日本型雇用(終身雇用、年功序列など)が崩壊しつつあります。これをどう捉えていますか?
見えてきたこと:
「どちらともいえない」が最上位に。回答者の約4割がおおむね肯定的、1割強がおおむね否定的だった。
男女別に見ると「肯定的」「やや肯定的」あわせて女性41.0%、男性35.0%、「否定的」「やや否定的」あわせて女性11.9%、男性22.8%という結果だった。
村上由美子さん(以下、村上):終身雇用や年功序列などに代表される日本型雇用。そのメリットのひとつは、長期的な視点で人に投資できることでしょう。22歳で入社した人に、定年までおよそ40年働いてもらうためには、たえずその人に投資しなければなりませんよね。
一方、日本型雇用のシステムの弱いところは、幅広いスキルを持った「ジェネラリスト」ばかりを育ててしまう点ではないでしょうか。数年ごとに部署の異動があり、人事部、企画部、マーケティング部……とローテーション制で渡り歩いた結果、その組織についての知識は格段に深まるけれど、これという「専門性」を持たない人材ができあがってしまう。
グローバルビジネスの状況がどんどん変わり、スキルのアップデートがどんどん求められるなか、日本のサラリーマンは、勤続年数が長くなればなるほどマーケットでの市場価値が下がってしまう、というのが悲しい現実です。
これからは、一人ひとりが「働く」ということに対してオーナーシップを持つべき時代。
例えばアメリカの場合は、早くに自分の専門性を見つけて、組織に縛られず磨いていくのが一般的なキャリアパス。わたしもニューヨークの投資銀行で働いていたとき、自分の希少価値とは、市場価値とは何か、ということを常に考えていました。「なぜ自分がこの会社で雇われているのだろうか。なぜ他の人でなく自分をこの会社は雇い、重宝してくれるのだろうか」。そんなマインドが社員に芽生えれば、雇用システムが変わらなくても日本の組織は活性化できるのではないでしょうか。
言い換えれば、自分の「働く」ということに対して、一人ひとりがどこまでオーナーシップを持っているかということ。◯◯という企業に勤めている私、ではなく、私というプロフェッショナルとしての個人が先にくる。これからの時代はそんな意識で働いてもらいたいですね。
これからの働き方:
自分の希少価値とは、市場価値とは何か、ということを常に考えて、
自分のキャリアに対するオーナーシップを持つ
大臣に続け⁉
大臣が取得を宣言し、賛否両論巻き起こる男性育休。問題の本質はどこにある?
「男性の育児休暇取得」について、あなたの考えに近いものはどれですか。
見えてきたこと:
3分の2の回答者が「賛成」「どちらかといえば賛成」を選んだ。男女別に見ると「賛成」「どちらかといえば賛成」女性70.9%、男性63.0%、「反対」「どちらかといえば反対」女性が6.7%、男性が10.4%。
賛成派の理由:「子育ては、母親1人がするものではないから」「育児や家事を男性もシェアすることで、女性がよりキャリアに集中できるようになるから」「少子化対策に効果があると思う」「ジェンダーフリーの時代になっていると思うので」など。
反対派の理由:「職場に迷惑をかける」「収入が減る」「他の社員が不満を持つ」「家にいても、女性の負担が増えそう」「男性では(育児を任せるのは)こころもとない」など。
村上:男性育休などの福利厚生を、なぜ充実させなければいけないかという問いに対して、企業が究極的に理解しないといけないのは、「こうすれば企業が儲かるから」という点です。優秀な人材を獲得するための熾烈な戦いが始まろうとしている今の時代、企業価値における一番重要なポジションに上がってくるのが「人材」です。
こういう制度がある会社だったら働きたいな、と言う人が男女かかわらず増えていけば、その会社の企業価値は将来的に必ず上がる。いい人材が集まって競争力も高まり、組織の成長につながるでしょう。企業のリーダー層や管理職層がこのことをしっかりと理解しないと、アリバイ的なお飾りの「男性育休奨励」で終わってしまう。そういう組織は、偏った人材だけが残り、イノベーションが起こりにくい社風のまま、成長が止まってしまうでしょう。
これからの働き方:
男性の育休など福利厚生を充実させることは、
優秀な人材の確保が難しい時代の企業戦略
転職したい。だけど……
「女性であること」は転職活動に不利?
転職を考えた場合、不安に思うのは以下のどの点ですか? (複数回答可)
見えてきたこと:
男性トップは「一時的に不安定になるかもしれない収入」(56.7%)、女性トップは「転職できるだけのスキルの不足」(56.9%)。
男女差が大きく見られたのは「性別による差別」で、女性の回答率(17.8%)が男性(4.9%)の3倍以上という結果に。
村上:「性別による差別」で3倍の男女差が見られたとのこと。残念ながら今の日本では、採用にあたって女性のほうが不利、という事実がまだあるようです。でもこれは企業が人を「労働力」という位置づけでしか見ていないことの表れ。女性の場合、結婚・出産・育児などにより「労働できなくなる」可能性が高いので、それよりは体力もあって産休を絶対とらない男性を、という考えなのでしょう。
ただ、ここに欠けているのは、労働力以外に「タレント」、つまりその人の持つ発想力や価値観で人を見る視点。「労働力」はこれから先テクノロジーにどんどん代替されます。これからは差別化できるような価値観やスキルが注目され、採用の基準がどんどん変わっていくのではないでしょうか。例えば男性ばかりで同質性の高い組織では女性のほうが重宝される、ということが増えていくでしょう。
これからの働き方:
これからは単なる「労働力」ではなく、
独自の発想力や価値観を基準に、人を採用する時代
女性の約4割が「ワークライフバランスを大切にしたい」
働いて家事をして育児をして……おまけに世界一睡眠時間が短いという日本の女性。
あなたの仕事に対する態度・モチベーションは次のどれに一番近いですか?
見えてきたこと:
「ワークライフバランスを大切にして働きたい」が男女ともにトップ。数値的には女性39.0%、男性23.7%と15ポイントほど差が見られた。
「高い報酬を得たい」「昇進したい」「自分にしかできない仕事をしたい」「仕事を通して社会に貢献したい」「実力をつけていつか起業または独立したい」のいずれも、男性が女性の回答率を上回った。
村上:現状として、ほとんどの女性が家事育児を負担しているなか、「ワークライフバランスを大切にしたい」と答える女性が多いのはある意味当然です。「バリバリ働きたい」という女性がいるとして、じゃあ家のことは誰がするんですか、ということだと思うんですね。家政婦さんやシッターさんを雇って、旦那さんとも家事を50%ずつ分担して、というオプションのある日本女性がどれだけいるでしょうか。
OECDのサーベイのひとつで、各国の男女が家事に費やす時間を比べたデータがあるんですが、日本では女性が男性より1日3時間も多く家事をしているということが分かっています。また、睡眠時間を調査したデータを見ると、日本の女性は世界で一番寝ていない。睡眠時間が短く、家事のほとんどを任されている女性が、ワークライフバランスを差し置いてバリバリ働けるでしょうか? 「寝てないんだから勘弁してよ」となるでしょう。
各国の男女別 睡眠時間
【各国の男女別 睡眠時間】赤丸が日本。他のOECD加盟国と比べると、極端に睡眠時間が短いことが分かる。(クリックすると出典元のエクセルデータがダウンロードされます。)
出典:OECD Gender Portal
日本の男女別 一日あたりの家事労働と睡眠時間
【日本の男女別 一日あたりの家事労働と睡眠時間】家事労働に費やす時間は男女で3時間も差がある。この男女差はOECD加盟国のなかでも際立つ。(クリックすると出典元のエクセルデータがダウンロードされます。)
出典:OECD Gender Portal
つまり、もともと置かれている状況が、男女で違いすぎるんです。男女の家事育児における負担のバランスがもっとよくなれば、回答もおのずと変わってくるのではないでしょうか。
これからの働き方:
睡眠時間は短く、家事育児の負担が多すぎる日本女性
もっと負担をシェアできれば、仕事へのモチベーションも変わってくる
現在そして将来の仕事・働き方に対して不安を感じますか。
見えてきたこと:
「感じる」「やや感じる」と答えたのは女性70.7%、男性56.3%。
「感じない」「あまり感じない」と答えたのは女性9.6%、男性16.5%。
不安と回答した理由としては、「いつまで雇用されるのか。年をとっても働けるところがあるのか」「定年以降の仕事があるのか。現在の仕事をルーティンのようにやり続けていくのがよいのか」など、体力面や定年後のセカンドキャリアに対する懸念、「親の介護との両立」「子供を預かってくれるところがなく、子供の体調不良で急に休むことになったことが 2 回ほどあったが、その後、私にできる仕事はないと言われて出勤日数を減らされてしまった」「妊活・終活・保活が難しい」など、育児・介護を含むプライベートとの両立に対する不安、そのほか収入面や不安定な雇用形態に対する懸念も目立った。
村上:日本の労働市場の大きな特徴として、正規雇用と非正規雇用で、保護・保障に対するギャップがとても大きい、ということが挙げられます。日本では労働市場の40%が非正規ですが、正規と非正規を比べたときに、福利厚生などの雇用条件がすごく乖離している。このギャップは、他国と比較してみても目立ちます。非正規雇用の多い女性の方が「不安を感じる」と答えた率が多いのは、そのためではないでしょうか。
また、転職市場の門戸が狭いことも理由のひとつと考えられます。日本は労働市場の流動性が低く、転職するとなると限られた機会しかありません。欧米では、例えば社会に出て何年か働いたあとまた大学院に入り直し、新しいスキルを身に着けてキャリアアップする、という人も少なくないですが、日本の場合は新しいスキルを身に着けたところでそれに値するいい仕事があるか、というとなかなかないのです。そういった労働市場の流動性の低さが、人々に不安を抱かせる理由ではないでしょうか。
これからの働き方:
正規・非正規の大きなギャップ、
門戸の狭い転職市場。
将来への不安を生む日本特有の雇用のあり方は、どこまで変われるか
あなたにとって働く意味とは? (自由回答)
見えてきたこと:
「生きるための手段」「自分自身を養うこと」など、約半数の回答者が生活や経済的な自立のためを挙げた。
「社会とのつながり、自分人生に彩りをあたえてくれるもの」「社会の中の一員としての存在意義を見出せる場所」「自身を研鑽するため、世の中の役に立つため」など、社会参加・社会貢献としての意義も目立った。その他、「人生を豊かにしてくれるもののひとつ」「自己実現」「生きがい、存在意義」などの回答も。
村上:わたしにとっての働く意味、ですか。難しいですね。人生は1回しかないし、人間は1日24時間しか与えられていない。限られた時間の中で色々なことを経験したい、という貪欲な自分がいます。たくさんあるオプションの中に、わたしの場合は「働く」というオプションがあって、それを行使しているだけ、という感覚でしょうか。
もちろん「働く=会社に行ってお給料をもらう」というだけではありませんよね。人によって「働く」の意味合いは違うでしょうし、働かないで生きていける人はそれでいいだろうと思います。
趣味だとか子育てだとか、他のことを犠牲にした働き方はわたしにはできません。でも、仕事がなくなったら毎日きっと退屈してしまうでしょう。「働く」というオプションがあることはラッキーなことだな、と思っています。
人生は一度きり。
「働く」も「働かない」もOKだけど、
「働く」というオプションを持っているのはラッキーなこと
村上由美子(むらかみ・ゆみこ)
OECD東京センター 所長。上智大学外国語学部卒、スタンフォード大学院修士課程(MA)、ハーバード大学院経営修士課程(MBA)修了。その後約20年にわたり主にニューヨークで投資銀行業務に就く。ゴールドマン・サックス及びクレディ・スイスのマネージング・ディレクターを経て、2013年にOECD東京センター所長に就任。OECDの日本およびアジア地域における活動の管理、責任者。政府、民間企業、研究機関及びメディアなどに対し、OECDの調査や研究、及び経済政策提言を行う。ビジネススクール入学前は国連開発計画や国連平和維持軍での職務経験も持つ。ハーバード・ビジネススクールの日本アドバイザリーボードメンバーを務めるほか、外務省、内閣府、経済産業省はじめ、政府の委員会で委員を歴任している。著書に「武器としての人口減社会」がある。
サーベイ概要
実施期間 : 2020年2月5日〜2020年2月25日
調査方法 : インターネット調査
※MASHING UPの記事、Facebook、会員向けメールマガジンにて主に読者に向け回答を依頼。
有効回答数 : 1102(うち男性346、女性738、回答しない18)
平均回答時間:39分27秒
取材協力/OECD東京センター Image via Shutterstock
[OECD東京センター、OECD Future of Work 仕事の未来]
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