イノベーションをテーマとするベルリンのテック・カンファレンス、Tech Open Air(TOA)。欧州のSXSWとも呼ばれる領域横断的なイベントで、起業家や投資家はもちろんデザイナーやアーティスト、大企業、政府機関、研究機関などから様々な参加者が集まる。
TOAはベルリンと世界のイノベーション・ハブを結ぶスピンオフ・イベントも行っている。2月26日に、3回目となる「TOAワールドツアー東京」が開催された。今回のテーマは「LIFETECH(ライフテック)」。これからの生き方や暮らし方を見据えながら、新しいサービスや製品を生み出しているイノベーターたちがプレゼンテーションを行った。
全体を貫くキーワードはサーキュラー・エコノミー(循環型経済)、サステナビリティ(持続可能性)、そして、ダイバーシティ(多様性)だ。
ベルリン発、食と住まいの新サービス
ベルリンのスタートアップシーンを紹介する前半部は、2つの企業のピッチから始まった。
ミニマルハウスで新しい住まいのあり方を追求するCabin Oneの共同設立者、サイモン・ベッカーさんは、人やモノがボーダーレスに行き交う時代、建築の世界でもモビリティが求められているという。同社は機能的かつスタイリッシュなスマートホーム・ユニットを提供。ミニマルなデザインは設置場所によって静かな田舎暮らしから、都会のビルの上でのペントハウス生活まで、様々なライフスタイルに合うよう作られている。
Cabin One サイモン・ベッカーさん。
一方、垂直農法で急成長を遂げるInfarmは、野菜を都市部に届けるため輸送に多大なエネルギーが使われ、流通の過程で栄養価が損なわれることに着目。都市の内部、しかも消費される場所に最も近いところに栽培拠点を置こうと考えた。
同社はスーパーマーケットやレストランなどの施設内に、モジュール型の垂直農法(野菜を縦型に配置し空間や水を有効利用する水耕栽培)の装置を設置・管理するサービスを提供。IoTや機械学習などの技術を取り入れることで、栽培環境を最適化し、味と栄養価の両面で質の高い野菜を生産している。
InfarmCEOのエレズ・ガロンスカさんは、ピッチを終えると同社の日本上陸をアナウンス。JR東日本、紀ノ国屋、そして物流会社のムロオと提携することが正式発表された。この夏には紀ノ国屋の東京都内の店舗でInfarmの野菜が買えるようになるという。
Infarm エレズ・ガロンスカさん。
細部や正確さを重んじる東京、カオスを許容するベルリン
キーノートセッションでは、TOAファウンダーのニコラス・ヴォイシュニックさんのファシリテーションのもと、Cabin OneのCEOサイモン・ベッカーさんとinfarmのCEOエレズ・ガロンスカさんが市場のトレンドや、これからの課題などについて語り合った。
クリエイターを生む土壌として東京とベルリンには、それぞれどんな特徴があるのか? ヴォイシュニックさんのそんな問いかけからトークが始まった。ガロンスカさんは東京に限らず、日本全体を「ディテールへのこだわりや、正確さを重んじる精神が徹底している」と評価。それが世界に類を見ない製品やサービスを生み出しているとした。
ベッカーさんはベルリンを「カオスを許容する包容力があり、それが実験的試みを後押ししている」と分析した。
垂直農法サービスを手がけるガロンスカさんは、これからは近代以前そうだったようにますます「食」と「医療」が近づいていくだろうし、健康やサステナビリティは重要なテーマであり続けるだろうと予想。
左から、TOAファウンダーのニコラス・ヴォイシュニックさん、Cabin One サイモン・ベッカーさん、Infarm エレズ・ガロンスカさん。
また、スモールハウスは若い世代に支持されているというイメージがあるが、ベッカーさんによるとCabin Oneの住宅ユニットは40〜60代がセカンドホームとして購入するケースが多いという。資金面のハードルを下げて幅広い層にリーチするため、同社は将来的に住宅ユニットのクラスターを作り、低コストで入居できる賃貸の仕組みを作っていくことを考えているという。
カンファレンス後半部分では、日本のイノベーターたちがピッチを展開。食、住まい、ファッション、それぞれの分野での新しい試みが発表された。
ファッションの世界が直面する大量廃棄の問題
ピッチセッションの後は、循環型ファッションについてのトークが行われた。
登壇者は、米アウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」の日本展開を手がける株式会社ゴールドウインの大坪岳人さん。そして、デジタル技術を駆使した型紙で生地の無駄がないサスティナブルな服作りを実践するSynfluxのデザイナー兼リサーチャーの川崎和也さん。ファシリテーターは、ファッション誌編集者として長いキャリアを持つ株式会社gumi-gumi代表の軍地彩弓さんが務めた。
左より、gumi-gumi 軍地彩弓さん、ゴールドウイン 大坪岳人さん、Synflux 川崎和也さん。
ファストファッションの台頭などでかつてない変化に直面しているアパレル業界。なかでも大きな課題として浮かび上がっているのが大量廃棄の問題だ。
軍地さんは、2018年に話題を呼んだある事件を紹介した。バーバリーがブランド価値を守るため新品の服など42億円相当を廃棄処分していたことが明らかになり、SNSなどで激しい非難が起きた。これを受けてバーバリーは廃棄をやめると発表。それをきっかけにファッション業界のメインストリームもサスティナブルを強く意識するようになったという。
「循環型ファッションを確立できるかどうかが、業界の生き残りをかけた大きな賭けになってきている」。そう危機感を表した軍地さんは、2人の登壇者に向け、生産者と消費者それぞれの立場からどんなアクションが取れるのかと問いかけた。
循環を促すシステムこそが必要とされている
川崎さんは、アパレル業界はまだまだデジタル化が進んでいないと指摘。これを推進すれば、国境を超えた生産拠点間で生じる非効率や輸送にかかるエネルギー、そして材料の無駄を減らせるという。一方、「買っては捨てる」という消費サイクルを脱するには、カスタマイズや修繕など何らかの形で消費者自身がデザインに関わり、服に愛着が持てるシステムが必要だとした。
大坪さんはリサイクルへの努力を消費者におもねる代わりに、自然に循環できるような仕組みづくりが大切だとして、ザ・ノース・フェイスで取り組んでいるダウンのリサイクルに言及。羽毛は洗うことで新しいものと遜色がなくなるということが、消費者の間でも徐々に認知が広がってきているという。
カッコよさの基準が変わってきた
やがて話題は、世代間の認識の差に及んだ。川崎さんは、環境破壊による影響をより大きく受ける若い世代ほど切迫感があるという。
川崎さんはまた、ミレニアル世代以降は、LVHMを代表とするようなラグジュアリー・ブランドがファッションを牽引していた時代を、良い意味でも悪い意味でも経験していないと説明。「その代わりにSNSを使ったサービスに触れていて、それを通して効率よく循環的な消費をしていこうという態度を感じる」とした。
一方、大坪さんは時が経つにつれカッコよさの基準が変わり、「ワル」への憧れから、社会にとって良いことをするのがカッコいいとされるようになってきたと指摘。「自分たちの世代はリサイクルに対して気恥ずかしさがあったのが、若い世代にはそれがない」と語った。
サステナビリティを考えるセッションをまとめる上で、軍地さんは「日本人は着物を何度もしつらえ直し、最後は雑巾にして使い切っていた。そうした発想を見直しながら新しいファッションを考えていけたら」と日本古来の暮らし方に目を向けた。
未来の家族のあり方とは?
「LIFETECH」をテーマとする今回のカンファレンスでは、半日を通してこれからの衣食住のあり方が探られた。それを受けた最後のセッションは、「子供を持つこと」また「家族とは何か」という、私たちの人生に深いところで関わる問題に触れるものだった。オンラインで登場したのはアーティストの長谷川愛さん。インフォバーンCVOの小林弘人がモデレーターを務めた。
オンライン参加のアーティスト 長谷川愛さんと話すインフォバーン小林弘人。
男女のペアがセックスをして子供ができる。今まで当たり前とされてきたこのことが遺伝子技術によって変わり得るかもしれない。長谷川さんはそんな未来を予感しながら思考実験をし、アート作品という形で発表している。
同性カップルが子供を持ったという想定の『(Im)possible Baby』、友人同士など複数の人間が1人の子供の親になる『Shared Baby』などがその代表だ。
正しいとされることは変わり得る
子を持ちたいという人間の根源的な欲求と、それを阻む生命倫理。倫理の基準を決めているのは誰なのかという問題。こうしたことが最新の科学技術のリサーチや、法学や心理学の専門家、また子育て中の人々への聞き取りを取り入れながら作品化されている。そこには、養子ではなく血の繋がった子供にこだわる「血縁に対するファンタジー」を巡る考察も含まれる。
「いま良いとされることも、明日は悪いことになっているかもしれない。そしてその逆もまた然り」。常に価値観の転換を念頭に置いておくことが、イノベーションに繋がるのではないかと長谷川さんは言い、こうした考え方はSF作品に触れることで鍛えられてきたと振り返る。
社会に向けて問いを投げかけるアーティストの視点から、生きることとテクノロジーの関係性が見つめなおされ幕を閉じた「TOAワールドツアー東京」。大きな射程で未来を捉えるきっかけとなるイベントとなった。
写真クレジット:TOAワールドツアー東京

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