ダイバーシティ&インクルージョンを進める企業の中でよく聞かれるのが、「変わりたいという気持ちはあっても、文化を変えるのは難しい」という意見。しかし、LIXILグループで人事部門を統括するジン・モンテサーノさんは、各国にわたる複数の企業でインクルーシブを促進させてきた経験から、それでも「変革は可能」だと言い切る。
ビジネスカンファレンスMASHING UP Vo.3(2019年11月開催)において、We Work Japanの日高久美子さんをモデレーターに迎えて語られた、ジンさんによるトークセッション「インクルーシブな組織をつくるには? – 明日から出来る変革のヒント」のエッセンスを紹介する。
「よそ者であることを力に」
2011年、国内の主要な建材・設備機器メーカー5社の統合によって生まれたLIXIIL。だが、元をたどればそれぞれ歴史のある企業だ。グローバル化促進のための戦力として、ジンさんが現職に就任したころは、旧態依然とした日本企業らしい男性中心の会社だったという。
「着任したときは、おじさんたちに囲まれた環境でした。男性と肩を並べて働く女性社員は非常に少なかったのです。グローバルとはかけ離れていたので、『イチから立て直そう』と提案したのですが、当時のCEOから、LIXILは5社それぞれの歴史があるのでゼロからの構築は難しい。今ある組織の中でどのように変革できるかを考えてほしいと言われました」(ジンさん)
性別はもちろん、年齢によっても差別されるべきではないということ。ダイバーシティ&インクルージョンのために、ひとりひとりの意識の変革が必要であるということ。着任当初、ビジョンを語ったジンさんに、一部の社員から「外国人だし、女性だから、日本企業のことはわからないよね」といった声が挙がった。
「自分が完全によそ者であることを認めることが、むしろ力になりました。社員たちの鏡となって、『これが今、あなたたちが理想とする姿ですか、これでいいのですか』と、日々、語りかけることができたのです」とジンさんは言う。
女性管理職比率を約6倍に
LIXILグループ、ジン・モンテサーノさん。
「デジタルの進展に伴い、私たちの業界も大きく革新を遂げています。今までのやり方に固執せず、自分がどう考えるのか、他者はどう考えているのかを照らし合わせ、両者をどうつなげていくのか。それを世界に広げ、横断型に実現していくのが、グローバル化では不可欠です。だからこそ、私たちは積極的にダイバーシティとインクルージョンを推奨しています」とジンさん。
統合直後のLIXILの女性管理職比率はわずか0.9%だったがさまざまな取り組みを行った結果、現在は5.7%まで上昇した。「ハードとソフト、いろいろな可能性を組み合わせながら進めています」とジンさんは語る。
「多様性は中途採用などの戦略を組むことによって実現できるのですが、問題はインクルージョンです。今いる社員たちの考え方を変える、文化を変えるというのは確かに難しい。どのように意識的・無意識的なバイアスを取り除くのか、という課題があります」(ジンさん)
女性や若者をエンパワメントする
さまざまな人が平等に意見を出し合うことで、いろいろな視点をもたらしながら製品開発や問題解決にあたることができる。このメリットは明らかであり、社員も理解しているはずだった。
「それでも、若い女性を昇進させると、女性社員も『年上の男性に指示するのは難しい』と心配します。周囲もどうなることやらと心配して、祝福はされませんでした」(ジンさん)
もちろん、女性を就任させるだけではいけない。「性別や年齢に関係なく、優秀な人がいれば日々、その人の肩を叩き、『いつも活躍しているね』『あのプロジェクトでは特に存在感を発揮していたね』など、その人の存在の大きさやどれほど会社に貢献しているのかを伝えて、自信を持ってもらうことも人事の仕事です」とジンさんは言う。
日々、コンシャスバイアスを取り除くのが人事の役割
人事がやるべきことはまだまだある。「日本企業は優秀だが、さまざまなバイアスがあるために世界で実力を発揮できないことがある。こうしたバイアスを取り除いていくのも人事の役割」とジンさんは指摘する。
「例えば、産休・育休という制度に関して言えば、制度だけではなく意識の変革が必要です。チームの中で女性が産休を取ることを伝えるとき、『産休・育休で迷惑をかけてすみません』と謝る必要はないのです。それを聞いて、男性の上司が困ったな、という顔をすることも当たり前ではありません。産休・育休で女性が抜ける分の配分を考えてサポートするのも人事の仕事です」(ジンさん)
有望な人材を海外企業に送りこむことで、意識の転換を図るという動きもある。確かに効果的だが、そこまでしなくても変革は可能だとジンさんは言う。
「毎回、海外研修や制度を考え直すといった大きな動きが必要なわけではありません。例えば、部署で昼食をとるとき、今まで女性がお弁当を買いに行っていたところを、あえて男性を指名して買いに行ってほしいと依頼するのです。皆が『なぜこのような仕事を男性に頼むのか?』という顔をしたら、『どうしてだめなの?』と会話をします。バイアスというものは、毎回、私たちが行動するたびに刷り込まれていくものです。バイアスがあると気づいたら、リーダーが即座に指摘し、会話をするべきです」(ジンさん)
社内コミュニケーションツールも活用
We Work Japan 日高久美子さん。
LIXILでは社員同士のコミュニケーションツール「Workplace」も導入。プラットフォームには社員の名前と写真が登録されていて、役職や部署などに関わらず誰もが自由に提案・発言できる場となっている。
「これはとても有効で、多くのすばらしい意見が発信されています。一部の社員は当初、『このようなことを言うと上司がどう思うか』と考えて、なかなか発言できなかったようですが、今では多くの社員が積極的に活用しています。
Workplaceはひとつのツールにすぎませんが、テクノロジーを変革のきっかけとして使うこともできるわけです。それによって新しい文化を構築できるかもしれません」(ジンさん)
地道な積み重ねが、静かに着実な変革を生む
コンシャスバイアスを日々、リアルタイムで正すこと。優秀な社員は性別・年齢に関係なく昇進させ、その力を実証していくこと。そして、社内ツールを使って個人の自由な発言を促進すること。こうした地道な努力を続けることで、LIXILは着実にインクルージョンを実現してきた。
「最初は若い女性の上司を持つことに反対していた男性も、『彼女の考え方や仕事のしかたはとても学ぶべきことが多い』と言っています。今、グローバル全体で14人が私にレポートしていますが、そのうちの8人が女性で6人が男性で彼らはとてもすばらしいリーダーシップを見せてくれています」(ジンさん)
海外の企業からヘッドハンティングの対象とされる優れた社員も増えているという。
社員を「リソース」ではなく「人」として考える
最後に、人事という仕事における彼女の考え方はこうだ。
「人事ではよく、ヒューマンリソースという言い方をします。リソースとして考えれば、性別や勤続年数といったマトリックスで見て、それに応じて制度などを作ることになります。しかし、そこから一歩進んで、『人』に視点を移すということが私の仕事だと思っています。それによって、より人間的な組織ができるのではないかと思うのです」(ジンさん)
人として考えれば、例えば女性にはライフサイクルに応じて出産や子育てという優先順位があるのは当然のことであり、それによるプログラムが必要なことが明確に見えてくる。
コンシャスバイアスを取り除くために必要なのは新しい価値観ではなく、改めて「人」に立ち返ること──。そんな、シンプルかつ重要な視点を示してくれたセッションだった。
MASHING UP vol.3
インクルーシブな組織をつくるには? – 明日から出来る変革のヒント
撮影/今村拓馬
Tag
イベント
おすすめ
JOIN US
MASHING UP会員になると
Mail Magazine
新着記事をお届けするほか、
会員限定のイベント割引チケットのご案内も。
Well-being Forum
DE&I、ESGの動向をキャッチアップできるオリジナル動画コンテンツ、
オンラインサロン・セミナーなど、様々な学びの場を提供します。