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飽くなき好奇心とエネルギーで、善意の循環を生む/NPO「APANO」事務局長 チ・ウェン[前編]

アパーノチーウェン

NPO「APANO」事務局長のチ・ウェン。

8歳の時にベトナムからアメリカに難民として移住。アルバイトや奨学金を得て大学を卒業し、起業家や政治家を経験した後、オレゴン州・ポートランドでアジア太平洋の移民を支援するNPO「APANO」の事務局長をしている女性がいる。まだ38歳。同性婚の「元妻」との間に2人の子どもをつくり、今は離婚してシングルマザーとして働く。いつかまた政治の世界に戻りたいという彼女。「多様性」「マイノリティ」を体現しているようなその生き方とは?

自分に何ができるか、いつも考えていた高校時代

彼女の名前はチ・ウェン。「チ」とはベトナム語で「エネルギー」の意味。その名の通り、150センチと小柄な身体であちこちを駆け回り、あふれる明るさとエネルギーと熱を放つ。ベトナムのホーチミン出身。祖父はベトナム戦争で敗退した南ベトナム側の将軍だった。だから彼女は今でも、ホーチミンを旧名の「サイゴン」と呼ぶ。(ホーチミンとは、ベトナム戦争で勝利し、国家元首となったホー・チ・ミンの名から取られている)。祖父はベトナム戦争後に投獄され、祖父の死後、遺言通り彼女の家族はベトナムを脱出する。父母と共にタイを経由して、すでに親類が住んでいた米国のポートランドへたどりついた。

軍人だった父はベーカリーの職人に、そして仕事をしていなかった母は縫製の仕事をして収入を得た。彼女が通った高校が、その後の人生に大きな影響を与えた

「私の高校は、ポートランドのなかでももっとも多様で、いろんなルーツの生徒がいたんです。学校のなかでケンカもあったし、周囲の治安もよくなくて。高校は大きな通り沿いにあったんだけど、高一の時にギャングが車上から学校に銃撃、友達が銃弾にあたって亡くなって。家で性的虐待を受けている友達もいた。私は、自分に何ができるだろうっていつも考えていました。そして、先生や親たちと話して、私たちを助けたいなら私たちの話を聞いてと言ったんです」。

そうやって、中高の生徒の代表と、市長や警察の代表が定期的に会合を持つようになったのだという。もちろん、彼女自身もその会合に参加するために、生徒会に立候補した。

「私は生徒会長に親友のケイトと共に立候補して当選、2人で会長になりました。そして月一回、市長たちと、今学校で何が起きていて、大人たちがどうやったら助けられるかという話をしました。それが私の初めての政治的な体験です」

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アパーノスタッフと身長差

スタッフと談笑するチ・ウェン(左)。身長150cmの彼女とスタッフの身長差が際立つ。

成績も優秀だった彼女だが、勉強と生徒会活動ばかりではない。お小遣いを稼ぐためにアルバイトをしていた。

彼女には「ものを売る」才能と、天性のファッションセンスがあった。

高校一年生、15歳の時にGAPの販売員となる。ある日、シャツにコーヒーをこぼしてしまったという男性がやってきて、彼女は彼のために商品を選んだ。彼女の働きを見ていた彼は言った。「うちに来て働かないか」。

そのお客は高級百貨店ノードストロームのセールスマネージャーだったのだ。GAPは時給制だったが、ノードストロームの販売は歩合制。つまり売れば売るほど収入が増える。迷わず彼女はそちらを選んだ。なぜ彼は15歳だった彼女に目をつけたのか?

「覚えているのは、彼はとても急いでいたっていうこと。だから私も素早く彼に似合うと思う商品を選んであげた」

センスの良さは「うーん、わからないけど本能かな」。顧客と会話をし、何を求めているのか、どんな好みなのかを聞いて商品を選んだ。彼女には次々と上顧客がつくようになる。「もちろん、私は彼らが誰だか知らないけれど、テレビで、あ、この人知ってる、私が選んだ服を着てる、えー、知事だったんだ、国会議員だったんだ、みたいなことがよくあった」。

課税されるほどに収入を得て、自分の車や電話を手に入れた。

クラブ活動も楽しんだ。チアリーディング部に所属したが、これまたハンパない。もともとダンスは好きで運動神経も優れていた彼女、最終的に全米選抜のメンバーにまでなった。ところが、そんな彼女にも弱点があった。「化学」だ。高校卒業後、オレゴン州立大学に進み、人を助けたいと医学を志すが、化学が「どうしても、どんなに勉強しても苦手だった。人には努力してもできないことがあるんだとわかった」。医師の道を断念し、ビジネスを勉強することに

米国とは対照的な考えを知ったノルウェー留学

大学卒業後は一年間ノルウェーに留学した。なんでまたノルウェー?

「地球で一番行く理由のないところだったから(笑)」。

ノルウェーでの生活もまた、彼女の考え方に大きな影響を与えた。ご存じのように、ノルウェーは税金も高いが社会保障も充実している。税金も社会保障も少ない「小さな政府」を志向する人が多い米国とは対照的だ。

「それまで私は(小さな政府を主張する)共和党支持だったけど、変わった。ノルウェーはコミュニティの活動がとっても活発だった。そして最低でも年収が6万ドルあって、誰もが社会保障を受けられて、健康の心配をしていなかった。それが私にはとても新鮮で、素晴らしく思えたんです」

アパーノジェニー

APANOスタッフのジェニー。

理解し合うには、自分のことを話し、相手のことを聞く

留学中はせっかくヨーロッパに来たのだからと毎週末のようにあちこちに出かけた。最初はロンドンやパリ、バルセロナなどの有名都市、その後は人に教えてもらった観光地でもない小さな街へ。「たとえば飛行機で隣に座った人に、ここの街は素敵だよ、と教えてもらってそこに行き、そこで出会った人たちに次に行くべきところを教えてもらって」

彼女は人が好きなのだ。ガイドブックには載っていないような小さな街で多くの人と出会い、話をした。「私がたずねた街の人々は、初めて会うアメリカ人が私、という人も多かった。当時はジョージ・W・ブッシュ大統領の時代だったけど、私と話したあとには、アメリカの印象が変わったってよく言われた(笑)。理解し合うには、まず自分のことを話して、一緒にごはんを食べて、相手のことを聞いて……それがとても大事だと思いました」

飽くなき好奇心と、人好き。政治家に向いているのかもしれない。

そしてわかった。私が初めてポートランドを訪れて彼女と会った時、彼女が美しい滝や海岸などいろいろな場所に連れて行ってくれた、その理由を。それは、「私自身がそうやっていろんな人にお世話になったから

善意の循環……そんな言葉が思い浮かぶ。

次回は、彼女が社会人となり、同性婚をして政治家と子育てを両立した話を紹介したい。


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秋山訓子
朝日新聞編集委員。東京大学文学部卒業。ロンドン政治経済学院修士。朝日新聞入社後、政治部、経済部、AERA編集部などを経て現職。著書に『ゆっくりやさしく社会を変える NPOで輝く女たち』(講談社)、『女子プロレスラー小畑千代―闘う女の戦後史』(岩波書店)、『不思議の国会・政界用語ノート』(さくら舎)『女は「政治」に向かないの?』(講談社)など。

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