生理、妊娠、出産、更年期など、女性は一生のあいだ、いくつもの身体的変化を経験する。これに伴う身体の不調や性にまつわる問題を、テクノロジーを使って乗り越えやすくしようという動きが欧米を中心に勢いを増している。
「フェムテック」と呼ばれるこのムーブメントを日本でも盛り上げようとしているのがfermataという会社だ。ファウンダーのAminaさんがMASHING UP SUMMIT 2020の収録(2020年2月28日実施)で、フェムテックについて解説した。
女性がワクワクして身体と向き合えるように
マレーシア人と日本人の間に生まれたAminaさんはアフリカで育ち、28歳までヨーロッパで公衆衛生政策を専門とする研究職に就いていた。日本で暮らすようになったのは2016年のこと。
アカデミアの世界を飛び出し、日本でベンチャーキャピタルに転職したAminaさんはやがて、急成長中のフェムテックという産業のことを知る。
「卵巣年齢を自宅で調べられるサービスを提供するアメリカのベンチャーModern Fertilityが2017年にシリーズAラウンドで約15億円調達し、話題を呼びました。私はその時、キャリアか子供かという選択から女性を解放する、こんな素晴らしいサービスがあったのかと衝撃を受けたんです」(Aminaさん)
Aminaさんは勤めていた会社を辞め、MASHING UPコンテンツディレクターでもある中村寛子と共同でfermataを設立。「女性がワクワクしながら身体と向き合える世界を」というビジョンを掲げ、フェムテック関連の製品やサービスを日本に紹介したり、海外企業の日本進出のサポートをしたりしている。さらに、別会社として立ち上げたfermata Fundという基金から少額出資をするなど起業家支援も行っている。
フェムテック、そもそもの始まり
femaleとtechnologyを合わせた造語「フェムテック」は2012年頃にデンマーク人女性のイダ・ティンが作ったと言われる。彼女は2013年に生理管理アプリ「Clue」をローンチしたベルリンのスタートアップの創業者だ。
かつてイダは、家族が経営するバイク・ツアー会社の仕事のため世界中をバイクで回っていた。旅の多い彼女はスマートフォンが登場したとき、生理管理アプリの構想を思いつく。
しかし資金集めで大きな壁にぶつかる。「売れるわけがない」「経血などという言葉を口にしたくない」。圧倒的に男性が多い投資家からの反応は散々だった。なんとか資金を引き出すため、フェムテックという言葉をフックとして使ったという。
フェムテックの市場規模
スマートフォンと連動した膣トレーニングのシステム「elvie」。
フェムテックという言葉が出てきた2012年頃の投資額は全世界で60億円程度しかなかったが、2019年には約750億円にまで増えている。2020年は1300億円まで行くのではないかと言われているそうだ。
2025年にはフェムテックの世界市場規模は日本のコンビニ業界と同程度の約5兆円になると予想される。
「大きいと感じてしまうけれど、やっぱり全然足りないんですよね。フェイスブックの市場価値は約15兆円。全世界の女性の人口が30〜35億人だということを考えると、フェムテックはさらに伸びると思っています」(Aminaさん)
Aminaさんの会社fermataはフェムテックのスタートアップの数をまとめる「カオスマップ」を毎年作成している。2017年は約50社程度だったのが、2019年には221社、2020年には332社と増加しているという(資金調達ラウンドがシードレベル以上で、株式を公開していない会社)。
生理、不妊、妊娠&産後ケア、女性特有疾患、更年期、セクシャル・ウェルネス、メンタルヘルス、高齢期向けケアなど様々なニーズに応えるソリューションがこうした会社から出てきている。
「2019年はフェムテック・イヤーとも言われています。搾乳機で知られる英国の企業elvieはスマートフォンと連動した膣トレーニングのシステムを開発し、42億円というこの分野での世界最高投資額を調達しました。日本でいうとメルカリと同程度の規模の会社になっています。
また、不妊治療向けの保険サービスを提供するアメリカのスタートアップはIPOを果たしています。これに続き、2020年には上場する会社が5社くらい出るのではないかと言われています」(Aminaさん)
どんな製品やサービスがあるのか?
カップに溜まった経血から得られるデータで健康管理を行う「LOON CUP」。
Aminaさんはフェムテックの例として、以下のような製品やサービスを紹介した。
環境問題への関心が高まるにつれ、人気急上昇中の月経カップ。韓国ではカップに溜まった経血から得られるデータで健康管理を行う「LOON CUP」というシステムが開発されている。
アメリカの「kegg」は、おりものの質を分析して妊娠しやすい日を教えてくれる製品。日本上陸も予定されている。
「すべての人に子供を持つ権利がある」という掛け声とともに、企業向けに妊活保険を提供するアメリカの企業Carrot。同性パートナーがいる人やシングルでも、勤めている会社の保険で不妊治療を受けられるようにしている。クライアントにはフェイスブックやネットフリックスなどの有名企業が名を連ねる。
女性向けのセックストイを開発するDame Products。ニューヨークの地下鉄に広告を出そうとしたところ断られ「バイアグラの広告はあるのに、なぜ女性向けのセックス・プロダクトはダメなのか」と議論に。
Dame Productsの女性向けセックストイ。
この他にも、性暴力を受けた後に証拠を残せるキット(metookit)、妊婦のお腹に貼り付けて妊娠の状況をモニタリングするシート型の機器(Bloomlife)、膣の中の細胞を活性化させ尿もれや性機能障害を改善させる医療機器(JOYLUX)など、様々なプロダクトが紹介された。
フェムテックは途上国にも入ってきていて、ユニセフが主導するプロジェクトでは未成年向けの生理管理アプリが開発されている。
いま急成長を遂げている理由
膣の中の細胞を活性化させ、尿もれや性機能障害を改善させる医療機器「JOYLUX」。
2012年以降、急速にフェムテックが育ってきているのはなぜなのだろう?
「ひとつには、女性が社会進出をしたことで新たな経済圏が生まれていること。ふたつ目の理由は、女性特有の健康や性についての問題をタブー視することに疑問を呈する人が増えてきたことです。背景にはフェミニズムの影響があります。
フェミニズムのムーブメントには3段階あると言われています。最初は選挙権を勝ち取ること。2番目は社会に出て経済活動を行う権利。3段階目は『女性らしさの規範』からの解放です」(Aminaさん)
社会が押し付ける女性らしさの枠組みを超えていけるようになった現代。しかし、生物学的に女性の身体を持つ自分自身のことをよく知り、いたわることは大切だ。その上でしっかりと働き実り多い人生を歩んでいこうという考え方が、フェムテックのムーブメントを後押ししている。
気軽に、安心して使えるように
成長著しいフェムテックだが、以下のような課題もある。まず、安全性の問題。身体に直接触れる製品の場合、害のない素材を選ぶ必要があるが、まだ未知数な部分がある。
次に、研究費が高額であるということ。政府からの助成金もなく、製品の値段も高くなる。全ての人が買えるよう、保険でカバーできる仕組みを作る必要がある。
そして、データセキュリティに関する不安。IoT技術を使うソリューションでは私的であるべき医療データがエンドユーザーの端末だけでなく、サービスを提供する側に残る。企業向けソリューションの場合、導入した企業による社員のデータの扱いも不透明だ。生理管理アプリのサービスを導入していた企業が妊娠の兆候のある社員を解雇するなど、実際に問題も起きている。
このほか、ジェンダー・アイデンティティに関して男女の枠に当てはまらないと感じている人が若い世代を中心に増えるなか、フェムテックというタームが消費者を遠ざけることにならないかという危惧もある。
解決すべき問題はあるにせよ、これまでにないソリューションが開発されているのは頼もしい。フェムテックの存在感が増せば、女性特有の問題についてオープンに語れる土壌もできるだろう。そんな期待を抱かせてくれたセッションだった。
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このセッションの収録動画を、MASHING UPコミュニティ会員に限定公開しています。MASHING UPコミュニティ会員になると、以下の動画のノーカット版をご覧いただけます。
MASHING UP SUMMIT 2020
Femtechがもたらすヘルスケアの未来
撮影/中山実華、文/野澤朋代
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