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必要とされているかぎり、私は走り続ける/NPO「APANO」事務局長 チ・ウェン[後編]

アパーノ身長差

NPO「APANO」事務局長のチ・ウェン(左)。

8歳の時にベトナムからアメリカに難民として移住。アルバイトや奨学金を得て大学を卒業し、起業家や政治家を経験した後、オレゴン州・ポートランドでアジア太平洋の移民を支援するNPOの事務局長をしている女性がいる。まだ38歳。同性婚の「元妻」との間に2人の子どもをつくり、今は離婚してシングルマザーとして働く。「多様性」「マイノリティ」を体現しているようなその生き方とは?
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米国ポートランドの、アジア太平洋系の移民を支援するNPO「APANO」事務局長を務めるチ・ウェン。最終回は、彼女が今所属する「APANO」は何をしているのか、そして彼女のこれから、について。同性パートナーの仕事に伴ってセーラムに家を買って転居、ポートランドのNPO、APANOの事務局長に職を得た。起業した会社は人に任せている。

自分が役立てると思ったら、挑戦したくなる

APANOはAsian Pacific Network of Oregonの略。アジア太平洋系の移民を支援するNPOだ。ポートランドには中国やベトナム、南太平洋の島々からの移民が増えている。彼らの生活をさまざまな形で支援し、地域社会を支えている

たとえば、APANOのオフィスがあるビルにはコミュニティセンターがあり、地域の人々やNPOがさまざまなイベントや勉強会などで利用している。2階以上はAPANOがパートナー団体と共に管理する手頃な価格で住める賃貸アパートだ。ポートランドは地価が上昇し続けており、住まいの問題は移民の人々に切実な問題だった。土地が売りに出されることを知ったAPANOは地元自治体に働きかけ、自治体が購入。活用策の案が公募となり、APANOの提案が通ったのだ。リーズナブルな家賃は人気を呼んで、アパートの入居募集の時には10倍近くの応募があったという。

さて、彼女はなぜNPOの事務局長になることを決めたのか。

私は何か自分が役立てることがあると思ったら、挑戦したくなるんです。会社勤めも、起業も、政治家も経験した。最後のフロンティアがNPOだったので」

事務局長としても若い。しかも女性だ。彼女は身長150センチと小柄だから、余計に若く見える。「初めての人たちと会うミーティングの時はいつも、私は『ありがとうございます』、そしてにっこり笑うようにしている」。

この経験、わかるわかるという女性も多いのではないだろうか。女性がキャリアアップしていくときの処世術、アメリカでもまだそうなのだ……。「市議時代もそうだったけど、まわりはみんな、私が何も知らないと思っている。それで、助けてあげる、って言われるんだけど、素直に助けてもらう。まあそれでうまくいくから(苦笑)」

NPOにビジネス感覚を持ち込む

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太平洋の島々にルーツを持つ高校生たち。コミュニティセンターで。

彼女は今、NPOに新しい風と文化を持ち込もうともしている。

NPOには本当に心根がいい人たちが多い。大きなハートと、人を助けたいという思いに満ちていて。それはとてもいいこと。でも良い人過ぎることもあって(笑)。政治家や政府に働きかけて良い法律ができても、それがきちんと成果を出さなくちゃ意味がない。NPOには数字を気にするのをいやがる人も多いけれど、私はビジネスの出身だから、ビジネスの言葉で語る。成果って何? 数はどう変わったの? データは? って」

もちろん、最近ではNPOの世界でも「インパクト(成果)」と「評価」が重視されるようになってきているが、彼女はまだまだ足りないという。

交渉の文化もつくりたいと思っている。私はビジネスの世界でタフ・ネゴシエイターだったけど、NPOでも根付かせなきゃと思っています」

日本でもNPOはスタッフにお給料を払ってはいけない、稼いではいけないと誤解をしている人がまだ結構いるが、NPO先進国アメリカでもそうなのだと彼女は言う。

「高いお給料を払っちゃいけない、とか。それは違う。私はNPOはソーシャルイノベーターや社会企業家だと思うし、価値をつくり出しているのだからその分の対価を得るべきだと思っています」

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APNOのオフィスにあるスケジュールボード。

移民を『見えない存在』にしない

APANOはコミュニティ支援の通常のNPOの活動のほかに、政治家を支持したり、選挙の応援をしたりする政治的な活動も行っている。そのために、二つの団体を作り、通常のNPOとして寄付控除も受けられる「C3」と、政治活動ができる「C4」という二つの形態をとっている。

移民を受け入れるか、LGBTQにも寛容か、妊娠中絶を認めるか、反人種差別か……など、政策によって支持するかどうかを決める。APANOの影響力は強く、前回の地方選挙の際、7人の支持を表明、うち5人が当選したのだという。

2020年、米国では大統領選が行われるが、州議会や市議会などの選挙もある。APANOはすでに、それらの候補者への支持を表明し始めている。

もう一つ、2020年には米国で10年に一度の大がかりな国勢調査(センサス)が行われる。米国の政策の基本データとなるものだが、APANOはこのセンサスが、きちんと移民にも行われるように非常に力を入れている。

移民が調査からこぼれてしまうと、彼らは『見えない存在』になってしまう。移民を敵視するような政策をとるトランプ政権下ではなおさらのこと」と彼女。

そしてもちろん、今はコロナウイルス対策に力を入れている。感染初期の頃はアジア出身、というだけで差別されることもあったし(今やアジアだけではなくて世界に感染は広がっているが)、小さな商店や食堂など彼らの商売も大打撃を受けているからだ。「コロナウイルス・リリーフファンド」という独自の基金を作り、寄付を募っており、すでに2万6千ドル以上集めた。

さらに、他の団体と共にポートランド市にはたらきかけて、移民の多い地区の零細企業向けに19万ドルの基金が作られ、公募が行われて配布先も決定した。引き続き、自治体から国のレベルまで、支援政策の提言を行っている。

さて、彼女にいつかは政治の世界に戻る?と聞いてみた。

「たぶんそう思う。私が必要とされる時が来たら」という。

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APANOのトイレ表示。

コミュニティに恩返しをしたい

彼女との出会いは忘れがたい。ポートランドのNPO取材の一環でオフィスを訪れ、ランチを一緒にしようと誘われて、オフィスのすぐ裏にあったフォーの店で向き合った。彼女は開口一番こう言ったのだ。「あなたの今回のゴールは何?」。

こちらが説明や質問をする前にあまりに直球、ドストレートなことを聞かれて、私はどぎまぎしながら「ええと、ポートランドには草の根の民主主義があるように思えて、それについて知りたくて……」とかなんとか答えたのだった。

だから、最後に彼女に「ゴール」について聞いてみた。

「誰もが、自分の足で立てるようにすること。母親は子どもに自立してほしいと願うでしょ? それと同じ。そして」と、続けた。

私は政治で恩返しをしたいんです。難民としてここに来たとき、コミュニティは腕を広げて私を迎えてくれた。私は幸運だったし、いろんな人に助けられてここまで来られた。だからオレゴンに恩返しをしたい。そう思っています」

今、彼女は離婚して子ども2人、両親と共に州都セーラムに住み、毎日往復3時間近くかけてポートランドに電気自動車で通っている。APANOの他にも自治体のまちづくりの委員などの仕事も多く、慌ただしい日々が続く。

彼女の「恩返し」が形になるまで、また取材したい。

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秋山訓子
朝日新聞編集委員。東京大学文学部卒業。ロンドン政治経済学院修士。朝日新聞入社後、政治部、経済部、AERA編集部などを経て現職。著書に『ゆっくりやさしく社会を変える NPOで輝く女たち』(講談社)、『女子プロレスラー小畑千代―闘う女の戦後史』(岩波書店)、『不思議の国会・政界用語ノート』(さくら舎)『女は「政治」に向かないの?』(講談社)など。

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