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ドキュメンタリー映画が映し出す、この世界というもの

人間の運命を決めるのは遺伝子か、環境か/『同じ遺伝子の3人の他人』濱野ちひろ

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生まれか育ちか、という疑問は多くの人が興味を持つところだ。一体自分は、あの親の子だからこうなのか、それとも環境によってこうなったのか。この性格、能力、それから体格、さらに心のありかたは、自分のオリジナルなものなのか?

「あなたはこの世でたったひとりの尊い存在」といった言葉はよく目にするし、なんだか耳障りもいい気もするけれども、実際のところそんな話を聞いて心が安まるわけでもない。日々、いろいろと問題は起きるし、なんだかどうしようもないことに巻き込まれてばかりのような気がする。とくに病気の傾向などは、私の場合は遺伝要因を強く感じていて、ときどき、そういう逆らえないものに対して努力し続けるのがしんどくなったりもする。

このような疑問に終止符を打とうとしたのであろう、マッドサイエンティスト(だと私は思う)が60年ぐらい前のアメリカにいたらしい。ピーター・B・ヌーバウアー博士という、すでに物故した精神医学者である。

三つ子をそれぞれ違う環境で育てたら?

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ドキュメンタリー映画『同じ遺伝子の3人の他人』によると、彼は、「同じ遺伝子を持っている双子をそれぞれ別の環境で育てたら、人の運命に大きく作用するのが遺伝子なのか環境なのかがわかるはず」という残忍な考えのもと、60年代に生まれ、養子縁組のエージェントに登録された複数組の双子や三つ子たちを意図的に引き離して養育させ、その状況を追跡調査していた。

養育家庭には、その赤ん坊が双生児であることは知らせていない。赤ん坊たちがどこで育てられるのかについて決定権を握っていたのは博士と養子縁組のエージェントであって、本人たちではなかった。博士のこの研究は現在に至るまで論文さえも発表されておらず、データの存在だけは明らかになっているものの、秘匿情報とされており、簡単にアクセスできない。そのため、研究の真の目的や結果については、いまだに明らかにされていない。

本作は、まさか自分たちがそんな壮大な人体実験の被験者となっているとは知らずに生きてきた、ある三つ子の人生を紹介しながら、この研究の倫理を問うている。

三つ子の名前はボビー、エディ、デーヴィッド。彼らがお互いの存在を知ったのは全くの偶然からで、ボビーとエディがまず運命の出会いを果たし、新聞報道されたことをきっかけに三人目のデーヴィッドとも知り合う。出会った瞬間に、彼らは互いが他人ではないと理解し、「仔犬がじゃれ合うように、床を転げ回って」再会を喜んだ。19歳の彼らは、「互いが互いに夢中」になり、失われた兄弟の時間を取り戻すように仲良く過ごすようになる。

三つ子の奇跡の再会はハートウォーミングなエピソードとして人気を得て、新聞や雑誌、テレビに引っ張りだこになる。彼らは一気に時代の寵児となって、三人で経営するレストランをニューヨークにオープンするほどになる。彼らはそれぞれ素敵な恋愛をし、家庭を築いていった。ここまではわくわくする再会物語といえよう。

しかし、もっとも明るくて愛嬌があったというエディが、双極性障害となり自殺をしてしまう。顔、髪、表情、仕草だけでなく、趣味や嗜好、好きなスポーツやタバコの銘柄まで同じだったという三人には、実は、精神疾患という共通点もあった。エディだけでなく他の二人も、10代のうちに精神科に通った経験を持っていた。

運命を決めるのは遺伝子か、環境か

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彼らが育った環境はわかりやすく差が付けられている。労働者階級、中流階級、富裕層の家庭にそれぞれ意図的に振り分けられていた。

各家庭で両親の教育方針や子どもとの接し方にはずいぶんな差があったようだ。博士が率いる調査チームは、彼らの日々を記録すべく、何年間にもわたり定期的に調査していたらしいが、その際も本当の研究目的は明かさず、養子の成長に関する調査、といった名目で各家庭を訪れていたという。

三つ子の他に、この研究の被験者だったとわかった女性の双子も本作に登場する。彼女たちも異なる環境で育てられたが、顔や仕草が似ているだけでなく、また、専攻した研究分野も同じだった。結局、人間の運命を決めるのは遺伝子なのだよ、という博士の声が聞こえてきそうである。実際、私自身も、特に体質については遺伝の影響を感じずにはいられない。40代になりその傾向は増すばかりだ。

だが、病気に限らずその人の人生のほとんどなにもかもが、遺伝子による設計図通りに動くのだ、というような結論をもしも言い渡されたなら、私はちょっとやっていけない。そうだとしたら、日々の努力や苦労は一体なんのためにあるというのだろう。それでなくても虚しいことの多い日常だというのに、最終的にはすべてが遺伝子の問題に回収されるのだとしたら、生活を支えるわずかなやる気も喪失してしまいそうだ。自分が自分として生きているのではなく、遺伝子の乗り物としての身体をただ維持しているだけのような気がしてくるではないか

三つ子のパートナーたちが示してくれた希望

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そう思って、私は本作のなかに少しでも希望を見つけようとした。そして、ある点において、私は納得できる答えを得られた。それは、三つ子それぞれの妻たちの証言である。彼女たちは、見分けのつかない三つ子について、自分のパートナーだけが特別でいちばん素敵なのだと、言葉を尽くして説明するのだ。見た目も声も性格もそっくりだという彼らについて、彼女たちだけはその違いを明確に理解している。ここに、私は希望を感じる。

私は昨年末に『聖なるズー』(集英社)というノンフィクションを上梓した。内容はドイツにおける動物性愛者の人々の生活と、パートナーとの関係を描いたもので、学術研究のために行ったフィールドワークでの経験と、それを通した考察を記している。動物性愛者(ズー)たちは、愛する動物の個体をパートナーとしている。自分のパートナーの犬などについて私に説明するとき、彼らはとても丁寧に、時間をかけて、どうしてその犬が自分にとって特別なのか、なぜその犬でなければならないのかということを、言葉を尽くして仔細に説明する。

彼らはそのパートナーとの絶え間ないやりとりのなかで、パートナーのかけがえのなさを見いだし、日々実感し、その存在をいつも大切に扱っている。同じ犬種の犬たちがずらっと並んでいたとして、私にはまったく見分けがつかないとしても、彼らにとっては自分のパートナーだけが愛する対象であり、特別な相手であって、決して「誰でもいいわけではない」

私が私であることの遺伝子以外の理由

三つ子のパートナーたちが、それぞれが「他の二人と違って、彼だけが私にとって特別だ」と話すその様子に、私が出会ったズーたちの、パートナーへの思いを説明する様子を思い出さずにはいられなかった。ほとんどの人にとってはもしかしたら意味をなさないかもしれない些細な違いや、一対一の関係のなかでだけ築き上げられるパーソナルな関係性が、その人の「その人である理由」を作り出すことがある。もしも私たちがたとえ遺伝子によって翻弄されるはかない存在なのだとしても、私たちひとりひとりが出会う人々は違い、その出会いのなかで生み出される時間や経験に、ふたつと同じものはない

人間とは、関係性あっての存在だと思う。常に誰かによって自分があり、絶え間ない交流のなかで、日々、私たちは「私」を構築しているのだろう。体質など、遺伝子によって変えられないものは多いのだろうけれども、自分自身以外の要素からも自分が成り立っていると考えれば、私たちは一回性の「私」を、日々、繰り返し更新しながら生きていると気づける。そのような日々のなかで、私たちは私たちが出会う人々によって「私」である物語を生きられているのではないかと私は思う。

同じ遺伝子の3人の他人

原題 Three Identical Strangers/2018年・アメリカ/配信 amazon prime video

文/濱野ちひろ

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濱野ちひろ
ノンフィクションライター
1977年、広島県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌などに寄稿を始める。2018年、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現在、同大学大学院博士課程に在籍し、文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む。2019年、『聖なるズー』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。2020年、同書で大宅壮一ノンフィクション賞及び講談社本田靖春ノンフィクション賞候補、2020年ノンフィクション本大賞ノミネート。https://chihirohamano.jp/ (写真/小田駿一)

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