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インタビュー/働くあなたに伝えたいこと

自分で考え、自分で決めることが尊厳を守る/ジャーナリスト・キャスター 堀潤さん

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NHKのアナウンサーとして活躍したあと、現在はフリーのジャーナリスト・キャスターとして活動している堀 潤氏

テレビやラジオ出演だけでなく、一般の人がニュースの発信者として活動できるメディア「8bitNews」の運営や、自身のYouTubeによる各種取材動画の配信、ドキュメンタリー映画『わたしは分断を許さない』の監督など、ジャーナリストとして精力的な活動をしている。

そんな堀氏に、活動の原点や、キャリアのスタートから変わらず持ち続ける想い、伝える人として大切にしていることを聞いた。

堀 潤(ほり じゅん)NPO法人8bitNews 代表理事 / GARDEN 代表。ジャーナリスト・キャスター。
1977年生まれ。 元NHKアナウンサー、2001年NHK入局。「ニュースウォッチ9」リポーター、「Bizスポ」キャスター。2012年米国ロサンゼルスのUCLAで客員研究員、日米の原発メルトダウン事故を追ったドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」を制作。2013年、NHKを退局しNPO法人「8bitNews」代表に。2016年、株式会社GARDENを設立。 現在出演しているメディアは、TOKYO MX「モーニングCROSS」キャスター、J-WAVE「JAM THE WORLD」ニュース・スーパーバイザー、abemaTV「AbemaPrime」コメンテーター、淑徳大学客員教授、毎日新聞、ananなどで多数連載中。

中学校時代、制服廃止にしたのに、数年後にはもと通り

堀潤さん

zoom取材に応じるNPO法人8bitNews 代表理事 / GARDEN 代表の堀潤さん

転校ばかりで学校になじめずにいた頃、中学校の先生の勧めで、生徒会に次いで審議機関のような役割を果たす「評議会」の選挙に立候補して、議長になったことがありました。そのときに、生徒会の発案で、制服を廃止しようという動きが始まったんです。

すると、授業をろくに聞いていないような生徒も、制服廃止のゴールに向かって熱く語り出すようになりました。生徒たちの提案に、先生が全く口出ししなかったのも、僕のリベラル観が培われた理由のひとつかもしれません。

1年ほど議論し、投票の結果、やっと制服廃止にこぎつけました。そのときにもうひとつ気づいたのは、コミュニケーションを取り続けることは不可欠であるということ。自分とは違う意見の中に、新しい気づきや発見がたくさんあって面白いと感じました。

ところが卒業後に学校を訪ねると、母校の中学生がみんな制服を着ていた。「毎日考えるのが大変」「お金がかかる」といった意見があり、結局制服に戻したというんです。驚きましたが、一度決めたことを変えられる——その連鎖が、とても美しいと感じたんですよね。正義はひとつじゃない。そんな考え方の原点を作ってくれたと感じています。

「伝えることで世の中の役に立てるかも」そんな思いでメディアの世界に

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そんな僕も、大学生になると世の中に強い不信感を覚えるようになってきました。バブル経済が崩壊して不況の真っただ中、オウム真理教のサリン事件や、阪神・淡路大震災といった痛ましいニュースばかり。経営悪化で父が早期退職の対象になったのも大きく、「こんな世の中に誰がした?」と 、社会を信じられなくなっていました。

ただ、海外留学などで多くの人と出会い、いろいろな価値観に触れ、「世の中捨てたもんじゃない」と希望を感じることがあったし、なんだかんだ言っても、食べていかなきゃいけない。当時、「プロバガンダ」(特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為)が及ぼす影響に興味があったこともあり、市井の人たちの声を聞き、伝えていくことで、少しは世の中の役に立てるかもしれない。そう思ってメディアの世界に行きました。

今も、僕自身は世の中に希望を持っているとは言い難い。でも、実際にアクションしている人たちがいるなら、それを世の中に伝えていく必要がある。その人たちがなぜあきらめず、やり続けるのか。その先に素晴らしい世界があるなら見てみたい、という気持ちで活動しています。

NHKを経てフリーへ。自己決定権を大切にした

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NHKでは、まわりから干渉されずに自ら決定したいと、自己決定権を大切にしようと決めていました。日本のメディアを変えたいという想いを持った仲間や上司に恵まれ、新番組ばかりを担当してきました。新しい試みができることで、自己決定権とキャリアがマッチしていた。ところが、会社に所属しているかぎり、自分で決められない部分もあります。「あなたがやるべきことじゃない」「言わない方がいい」そういった制限が増えてきて、苦しくなってきたんです。

僕の核になっているものが好奇心や小さな自己実現の願望だとしたら、やりたくないことをやり続けると、それに対する余力が削がれていきます。炎を消さないためには、自分で考え、自分で決めて、自分で行動する必要がある。そのために、フリーになることにしました。

NHKを辞めると、車のローンや留学費用の変換など、 借金も重くのしかかり、無職のため家も借りられず……。そのときは、神奈川の実家から都内の仕事場に出ていました。品川まで電車に乗って、それ以降は電車賃を浮かせるために徒歩で移動。親切な同僚の部屋を間借りしたこともありましたね。ただ、幸いにして「見たい未来がある」「こういうことをやりたい」と説明していると、一緒にやりたいと言ってくれる仲間が集まってくる。いつの間にか輪が広がっていきました。

震災で気が付いた「大きい主語」の弊害。使うなら「小さい主語」を

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東日本大震災から時間が経って報道も落ち着いた頃、よかれと思って「 被災地では今も多くの人が苦しんでいる。忘れないでほしい」と発信したことがありました。ところが、「せっかく復興してきているのに、なぜまたレッテルを張るんだ。これ以上、苦しめないでほしい」という批判をいただいた。主語を「被災地」と大きくしすぎて、かえってその中で分断や対立を生んでしまったんです。

福島県富岡町で美容室を営む○○さんは、震災から数年経った今も苦しんでいる」と伝えれば、みんなが納得できると気が付きました。

同じように、「男性は」「官僚は」「LGBTの人は」「政府は」そういう言葉も大きい主語です。もっと主語を小さくして、ひとつひとつにくさびを打ちながら伝えていかないと、僕自身が放送やSNSをプロバガンダに使うことになってしまう。それでは、僕が不信感を覚えた学生時代の社会と、同じ穴のムジナです。だから僕は、今後も「小さい主語」を使っていこうと思っています。

そしてコロナ禍を経た今、「生産」を自分の手に取り戻す必要があると思っています。 誰かが作ったものを横から横に流す経済だけではなく、自ら創り、自ら使う、そんな生産と消費が近い経済がこれから求められると思います。何でもいいから自分で作ってみてほしい。言葉もそうです。誰かの言葉ではなく、自分の中から生み出された言葉。オリジナルな生産こそ、イノベーションにつながるのではないでしょうか。

僕自身は、学生時代にミュージシャンになりたかったこともあり、最近は映画やリポート動画の音楽を作曲しています。また、昨年は写真展の開催もしました。つくることで、ひとりひとりが自分で考え、自分で決められる。自己決定権こそが、尊厳そのものだと思っています。


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栃尾江美
外資系IT企業にエンジニアとして勤めた後、ハワイへ短期留学し、その後ライターへ。雑誌や書籍、Webサイトを問わず、ビジネス、デジタル、子育て、コラムなどを執筆。現在は「女性と仕事」「働き方」などのジャンルに力を入れている。個人サイトはhttp://emitochio.net

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