「人生100年」といわれるこれからの世界では、画一的な豊かさを求める時代は終焉を迎える。どうすればより長く、深く幸福でいられるのか——。
2020年11月26、27日に開催したMASHING UP カンファレンス vol.4は「Explore! The New Well-being」と題し、これからのウェルビーイングについて様々な方向から考える場を設けた。2日間にわたるカンファレンスは「人生100年時代のWell-beingと、これからの学び」からのスタート。
登壇したのは、日本生命を経てライフネット生命を開業し、現在は立命館アジア太平洋大学 (APU)学長を務める出口治明氏、そして、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、ほぼ日のCFOを務め、現在はオンライン1on1サービスを運営するエール株式会社の取締役を務める篠田真貴子氏だ。
ウェルビーイングを考える上で、ダイバーシティ(多様性)は欠かせないテーマである今、さらにインクルージョン(包括性)のステージに上がるには、どのような意識変革が求められるのか。これからの時代を幸福に過ごすためには、国籍や性別、年齢といった大雑把な枠組みやステレオタイプにこだわらずに、自分自身を表に出せることが重要なのではないか。そんな篠田氏の問いかけからセッションが始まった。
「線引きのない世界を知ること」がインクルージョンの基本
立命館アジア太平洋大学 (APU)学長 出口治明氏
インクルーシブな社会を作るためには、前提としてダイバーシティをきちんと理解しなくてはならない。その点、出口氏が学長を務めるAPUは、6000人いる学生の約半分が世界90の国や地域から来ている多様な環境で、まさに地球の縮図と出口氏も語る。
APUでは、1年生は原則として全員が寮生活を送り、2人部屋では必ず外国人と日本人がペアになる。外国人の入学には日本語能力は問わないので、コミュニケーションが取れないまま生活を共にするケースも多い。
「ところが、寮生活が辛いかと聞かれたら、APUの学生は『世の中には自分の思うままにならないことが山ほどあるということが学べる』というのです。自分とは習慣も文化も違う人がいることが、生活を通してわかってくるのですね」(出口氏)
インクルージョンへの第一歩は、世界がどうやってできているのかを理解すること。それが出口氏の見解だ。
「僕は、世界はグラデーションでできていると思っています。地球の人口を身長順や体重順に並べたら、78億人を横に並べることができる。同じように、男も女も、外国人も日本人も、特性に応じて並べることができますが、人間は面倒くさがりなので、そのグラデーションのどこかに線を入れたがる。たとえば、今の社会に合わない人を“発達障害と名づけたり”するのです。しかし、これは便宜的なもので、人間は一人ひとり顔が違うように様々なはず。個人差は、性差や年齢差をラクラクと超越するのです」(出口氏)
グラデーションの世界に、線引きすることに意味はない。「線引きなんてどうでもいい、と理解することがインクルージョンの基本」と出口氏。
この線引きに意味がないことには、人間は昔から気づいていた。
世界最古の文明であるシュメールでは、人間は神が泥をこねて作ったものと考えられていた。神が人類を作る作業に疲れたとき、(シュメールで発明された)ビールを飲み、酔いが残った状態で作ったのがハンデを持つ人だったと、出口氏は語る。そのためハンデを持つ人が一定の割合で生まれるのは当然のことで、本人に責任はなく全員が区別なく仲よく暮らせる社会があったのだ。
一方、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命の時に、分離(セパレーション)の概念が生まれる。工場では均等な働きを行うほうが効率的なため、不適合者を省く必要が出てきたからだ。しかも、このセパレーションは国民国家(ネーションステート)の国民皆兵にも都合がよかった。
「効率化のために“学校制度”も完成しました。しかしそのようなセパレーションのほうが、実は人類の歴史の中では新しいもので、インクルージョンのほうが人間本来のあり方だといえます」(出口氏)
既存のバイアスに「おかしい」と気づけるか、否か?
エール株式会社 篠田真貴子氏
ただし、現実の社会ではまだまだインクルージョンからは程遠い。
「私の周りでは、ある男性の上司が業績評価をするにあたって、女性の部下に対して『彼女はきめ細やかで女性らしい』と評価し、外国人には『あの人はアメリカ人なのに物静かで、意外と日本の職場にあう』と評価したそうです。なぜ“女性”や“アメリカ人”抜きで評価できないのかと思いましたね」(篠田氏)
これには、「僕が社長だったら、そんな評価をした時点で即刻クビにしたでしょうね(笑)。どんな部下であれ、個人の適性を見て、どうすればチームが強くなれるかを考えるのがマネジメントなので、その基本がまったくできていない」と出口氏。
では、男女の区別や年功序列が、今よりはるかに強い時代に社会人としての教育を受けてきた出口氏が、現在のような考え方に至ることができた理由は何だろうか。
「1972年の入社時、全員女性で僕だけが男性というチームに入ったのです。高卒の彼女たちのほうが優秀で仕事もできるのに、新人で何もできない僕のほうが給与が高いのはなぜか、と思ったのがきっかけ」と出口氏。
ふつうならば、得をしているほうは“当然だ”と思いがちだが、そこで「おかしい」と気づくか否かが、その後の成長を左右すると出口氏は話す。
「僕は本が好きなので、男女差別があるということを知識として持っていた。それに何事であれ腹に落ちないと、前に進めないタイプでしたから、いろいろ考えさせられましたね」(出口氏)
知識を自分のものにするには体験、すなわち「旅」が必須
出向やロンドン赴任の経験も学びとなった。
「出向先の銀行にアシスタント業務をしてくれる女性がいたのですが、男性の同僚に負けないくらい優秀なのになぜ表舞台に立てないのかと疑問を感じていました。ロンドンで、現地人の部下と親交を深めようと“飲みニケーション”に誘ったのですが、断られた。ロンドンでは飲みニケーションの習慣がなく、時間外は自分の時間と考えられているため、誘うならカップルで誘わないと来ないということも学びました」(出口氏)
「本を読んでいるから気づくことができて、経験することで身につけることができるのですね」と篠田氏。
「その通りです。僕は、気づきには『人、本、旅』が重要だと思っています。人から教えてもらったり、本を読んだりしても知識を身につけることができますが、何事も体験しないとなかなか身につきません。僕は、この体験を“旅”と呼んでいます」(出口氏)
長時間労働と飲みニケーションで一日を終える社会では、「人、本、旅」は実践できない。それではアイデアは生まれないと出口氏はいう。
日本人は男尊女卑のアンコンシャスバイアスに侵されている
視聴者から質問も寄せられた。ダイバーシティやインクルージョンを考える上でおすすめの本を問われ、出口氏は瀬地山角『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社新書)を挙げて、「これからの管理職には欠かせない内容ばかりでとても面白い」とコメント。
また、学びをもたらす人や体験との出会いを増やすにはどうしたらいいかという質問には、「誘われたらまずは行ってみること」と出口氏。さらに、「日本人全員が男尊女卑のアンコンシャスバイアスに非常に侵されているということを前提として考えておいたほうがいいでしょう」とアドバイスした。
とはいえ、そんな出口氏もつい「サラリーマン」と口にしてしまうことがあるという。ビジネスパーソンとあえて言い換えます、と。「日々、意識することを忘れないことです。そうすれば、人生はもっと楽しくなると思いますよ」
グラデーションの世界に線引きすることを考えず、気づきを大切にしながら学び続けること。これからの人生の指針を多くの視聴者に教えてくれたセッションだった。
MASHING UPカンファレンス vol.4
人生100年時代のWell-beingと、これからの学び
出口 治明(立命館アジア太平洋大学 (APU) 学長 / 学校法人立命館副総長・理事)、篠田 真貴子(エール株式会社 取締役)
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