Photo credit: M.Muus
MASHING UP カンファレンスvol.4で「インクルーシブなインターネット」について語ったパヤル・アローラ氏の肩書は「デジタル人類学者」。世界各地で人々がどのようにデジタル技術やソーシャルメディアを使っているのかを調査している研究者だ。
20年以上にわたり、アフリカ、インド、中南米、アジアの各地域において、特に低所得者に焦点を当てた調査を続けてきたアローラ氏は、その成果を2019年に出版された著書『The Next Billion Users(次なる10億人のユーザー)』にまとめている。
「対立」の枠組みで捉えるのをやめよう
「未来のインターネット」や個人データの取り扱いを巡る「データ・ガバナンス」の問題は、気候変動などと同様に、さまざまなステイクホルダーの利害が絡み合う地球規模の問題だとアローラ氏は指摘する。
「複雑な問題を解決するには、グローバルな連携と多様な文化がもたらす奥深い創造性が求められますが、現状はそれとはかけ離れています」(アローラ氏)
例えばアメリカは、自国との同盟関係を基準に各国のデータ・ガバナンスやデジタルトランスフォーメーションを評価。「敵」か「味方」かという枠組みで、他国にアメリカの側に立つように促している。
ヨーロッパはどうか。2018年にEU一般データ保護規則(GDPR)が施行され、企業による個人情報の取り扱いが大きく制限されるようになった。「企業の利益よりも市民の権利を優先させる」という点で、アメリカの枠組みよりもフェアで優れた選択といえるが、ヨーロッパの考え方においても「ヨーロッパ対世界」という対立モデルが垣間見える。
「先進国」はそれ以外の国々をどう見ているのか
デジタル人類学者 パヤル・アローラ氏
ガバナンスにおいて支配的な立場にある人々は、外の世界のことを「救済すべき人々」か「脅威」という単純な図式に落とし込む傾向があり、このことに問題の根があるとアローラ氏はいう。
「大半の地域は、このどちらにも当てはまりませんし、貢献できることがたくさんあります。世界で最大の割合を占めながら、社会の主流から取り残された低所得者層は『周辺化された人々』と呼ばれますが、実はツールをデザインする上で中心に据えるべき存在だと言えるでしょう」(アローラ氏)
メディアがテクノロジーを語るときに、依然として「トリクルダウン理論」ともいえる論調が多いことにも、アローラ氏は疑問を呈する。
つまり「シリコンバレー発の技術が世界に広がり問題を解決する」、あるいは「ヨーロッパがGDPRでデータ・ガバナンスの見本を示し、世界がそれを参考にする」というような見方だ。
「なんとも、上から目線な捉え方ですよね。そこには国同士の連携や、他の地域での取り組みや創造性への目配りはほとんどありません。また、『未来のインターネットのあるべき姿』への野心的なビジョンともかけ離れています」(アローラ氏)
「キャッチアップが必要な遅れた国々」ではない
この図式が的外れであることは、先端技術の発展の経緯を見れば分かるとアローラ氏はいう。例えば、モバイル技術の飛躍的な成長は、電力へのアクセスが悪い市場で携帯電話会社が成功を収めるために、大容量電池開発への大規模な投資がなされたことが元となった。
一方、金融の世界を見てみると、アメリカでは未だに小切手が使われているのに、アジアの多くの国々では電子決済が広く浸透。ASEAN諸国はスマートシティや5Gネットワークでも優位な立場にあるという。
アジアやアフリカなどが「キャッチアップする必要がある遅れた国々」という旧来の論調を捨て、それらの地域で見られる「リープフロッグ(※1)」や「フルーガル・イノベーション(※2)」という概念にもっと注目すべきだとアローラ氏は語る。
※1「リープフロッグ」:直訳で「カエル跳び」、新興国が先進国と同じ段階を経ずに一足跳びに最先端技術を取り入れること。
※2「フルーガル・イノベーション」:直訳で「質素な革新」、最小限の資源や資金でイノベーションを起こすこと。
不足から生まれるイノベーション
リープフロッグ、フルーガル・イノベーションの例
「フルーガル・イノベーションは『次なる10億人』にこそ学べます。彼らは何十年もの間そのやり方で、テクノロジーを取り入れてきたからです。よりよい生活を目指したい、新しい製品やサービスを使って世界と繋がりたいという願望が原動力となって、さまざまな工夫がなされてきました」(アローラ氏)
インドでは白内障の手術を貧困層に安く(または無料で)提供している病院や、たった45ドルで義足を作っている「ジャイプール・フット」という取り組みがある。これは人件費の安さだけでなく、使う材料やプロセスを再検討した結果という。また「Jio」というデータ通信サービスは、1GBが20〜40セントという低価格を実現し、多くの人にインターネットを使えるようにした。
また、アメリカと中国が貿易をめぐって激しく対立しているが、中国企業を単に悪者扱いするのではなく、それが生んでいる価値からもっと学ぶべきだとアローラ氏は指摘する。
例えば、ショートビデオ・アプリのTikTok。高速インターネットへのアクセスがない地方に住む人々が、このアプリのおかげで初めて世界に発信できるようになった。ファーウェイも、従業員持ち株制の報酬制度で社員に収益を還元。CEOを輪番制にするなど注目すべき経営方法を採用している。
スピーチを結ぶにあたり、アローラ氏は「悲観主義は特権だ(Pessimism is a Privilege)」というフレーズを使い、世を憂えるばかりでなく、希望を持って未来を築かなければならないと語った。そのためには「世界を率いる統括者」としてではなく「グローバルな協働者」としての視点が大切になる。
「国家中心の価値観から、ユニバーサルな価値観に移行する必要があります。そして、利便性だけを追い求めるのではなく理想を掲げて行動することです。そうすればインクルーシブなインターネットを実現することができるでしょう」(アローラ氏)
技術だけでなく、プロセスの革新が必要
フィナンシャル・タイムズ日本代表兼アジア地域コマーシャルディレクター 星野裕子氏
スピーチ終了後、フィナンシャル・タイムズの日本代表兼アジア地域のコマーシャルディレクターの星野裕子氏が合流。アローラ氏が語ったトピックについてより詳しく聞いた。
まず焦点が当てられたのは「リープフロッグ」の概念。銀行口座やクレジットカードを持たない人が多い国で、電子決済が普及しているのがその顕著な例だ。不十分なインフラなどの現実と、期待されるサービスのギャップを埋めるビジネスのイノベーションとはどういったものなのだろうか。
「銀行を使ったことがない人を対象とした場合、ただ新しい技術を提供するということではなく『銀行取引』という新しい経験をもたらすことになります。そこには信頼性という問題が大きく関わってきます。
例えば、お金を借りられる上限を決めるための「与信」という考え方を理解してもらう必要があります。また、不正請求があった場合、銀行やクレジットカード会社は確認や保証をしてくれますが、QRコード決済の詐欺では被害者が泣き寝入りすることが多い。これではサービス普及の足かせとなってしまいます。技術だけの問題ではなく、プロセスの革新が必要なのです」(アローラ氏)
世界の向こう側の人々の暮らしに思いを馳せる
星野氏は次に、世界中で人気を集める動画配信などのサブスクリプション・サービスに関し、各地でのアプローチについて尋ねた。
「こうしたサービスを受けるには、毎月決まった収入があることや、旧来の世帯の観念が前提です。多くの国々でこれは当たり前ではなく、コロナ禍にあっては特にそうです。仕事がある場所を転々とせざるを得ず、家族は離れ離れ。8〜10人の労働者がひとつの部屋で寝起きしているケースも多いです。通常とは違う『世帯』を形成し、月給ではなく日給で暮らしている人が大勢いる。こうした人々の生活に合わせてサービスを提供していかなければいけません。
私はいまルワンダの企業と一緒に仕事をしていて、そこではさまざまなサービスをセットで提供しようとしています。健康保険やソーラーパネルなど、生活に不可欠なサービスに動画配信などを加えて利用を促すというやり方です。こうした方法は非常に興味深く価値のあることだと思います」(アローラ氏)
最後に、参加者から「日本に住んでいる私たちにとって、パヤルさんの考えを後押しするためにどのような行動やサポートができますか?」との質問が投げかけられた。
「日本は各地で開発援助の活動をしていますし、音楽やゲーム、テクノロジーといった面で世界に影響を及ぼしています。ただ、低所得者の人々は『援助の対象』で、豊かな国は売り込むべき『市場』というように、別々に捉えている。私はそれを覆して欲しいと思います。
それにはグローバルな想像力が必要です。新しい環境に入っていき、そこに住む顧客とはどういう人たちなのか、一緒に持続的なビジネスを展開するには何が必要かを理解する。固定観念を捨てて自由な発想をしていって欲しいです」(アローラ氏)
コロナウイルスの流行が収まらないなか、物理的には行動できる範囲は限定されている。そうしたなか、未来に向けて幅広い視点を持ち、前向きに思考することの大切さを教えられたセッションだった。
MASHING UPカンファレンス vol.4
インクルーシブなインターネットを目指して
パヤル・アローラ(デジタル人類学者)、星野 裕子(フィナンシャル・タイムズ 在日代表、コマーシャルディレクター)
このトピックとかかわりのあるSDGsゴールは?

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