1日に何度も、選択と決断を繰り返す私たち。無駄のない仕事をし、回り道のない人生を送るために、前例やロールモデルに頼ることも少なくない。そんなときに思いを馳せるのが、自らが前例やロールモデルとなり、人生を切りひらく人たち。その覚悟はどのようなものだろうか。
2020年11月に開催された「MASHING UPカンファレンスvol.4」では、「正解はない。教わるな、切り開け。自分の人生のひらきかた」と題したトークセッションを開催。モデレーターにプロノバの岡島悦子氏、ゲストスピーカーに作家の乙武洋匡氏、NPO法人東京レインボープライドの杉山文野氏を迎え、それぞれの人生のひらきかたを語り合った。
ロールモデルのない、自身が前例として歩む人生
NPO法人東京レインボープライドの杉山文野氏は現在、二児の父として子育てにも奮闘中。
「見た目は男性ですけど、幼稚園から大学まで女子校に通い、フェンシング女子の日本代表でした。いわゆるトランスジェンダーってやつですね」という杉山氏。現在は、「東京レインボープライド」の共同代表理事を務め、プライドパレードの運営を中心に、LGBTQ、いわゆる性的少数者が差別や偏見にさらされず、前向きに生活できる社会の実現を目指している。
プライベートでは、10年ほど連れ添う女性のパートナーと子育てにいそしむ日々。ゲイの親友から精子提供を受けて体外受精に成功し、パートナーが妊娠・出産。しかし杉山氏は戸籍上は女性であるため、法律上は女性同士のカップル。社会的には“家族”として認められない。
「彼女や子どもが病気をしても、処置の同意書にサインのひとつもできない。差別的な構造が組み込まれた社会では、差別も偏見もなくなりません。そんな法整備などの課題を変えていきたいと思って活動しています」(杉山氏)
幼いときから心と体の性別に違和感があることを自覚し、「この気持ちは、誰にでも言ってはいけないことだ」と思いながら過ごしてきたという杉山氏に対し、「固定概念に縛られないほうがラクだと思って生きてきた」というのは乙武氏。600万部のベストセラー『五体不満足』に書かれた「障害は不便です。だけど、不幸ではありません」というフレーズは障がい者への偏見を異なるものにするきっかけとなった。
「小学2年生のとき、4~5人の男の子に囲まれて『やーい、この手足なし』とからかわれるのを母はハラハラしながら見ていたそうですが、僕はキッと睨み返して『なんだよ、この手足あり!』って言い返したらしいです。そのぐらい、手足がないことが“下”であるという感覚は当時から持っていなかったですね」(乙武氏)
ムーブメントや報道が後押しし、好意的な理解につながる
乙武洋匡氏はスポーツライター、小学校教諭、東京都教育委員といった経歴を歩み、現在は作家、そして『AbemaPrime』でMCを務めている。
そんなふたりにモデレーターの岡島氏が「これまでで感じた一番の苦悩」を問うと、「生まれた瞬間が一番の挫折だったのかもしれない」と杉山氏。
「トランスジェンダー=かわいそうな人というマイナスのイメージを抱かれてしまう社会に生まれてきたことが一番の苦悩。好きな人ができたというだけで、気持ち悪がられるんじゃないか、いじめられるんじゃないか、親に勘当されるんじゃないかと思い悩みながら生きてきました」(杉山氏)
中学生のときに女の子とつきあっていることが親にばれ、仲の良さが自慢の家族だったのに、それ以降は目もあわせてもらえなくなり、挙句には「病院に行け」とまで言われる始末。母親は「ボーイッシュに育ててしまった私が悪い」と自分を責めた。
「性同一性障害という言葉がようやく世間に出始めたころで、親に理解を求めるのも無理な話。いつ話そうかと長い間タイミングを見計らっていた僕と、いきなり聞かされて“寝耳に水”みたいな親には温度感があって当然です。何度ぶつかってもあきらめずに、コミュニケーションを取り続けました」(杉山氏)
その甲斐あって、今ではご両親は最高の応援者に。はじめは理解を示さなかったパートナーの両親も、1年かけ、5年かけ、6年目にようやく受け入れてもらえたという。
「親は僕がトランスジェンダーであることだけに理解を示さなかったわけではありません。この子はこのままだと社会に受け入れられないんじゃないか、自分が受け入れてしまうと、この子は不幸になってしまうんじゃないかと心配する気持ちが先に立ったのだと思います。最近はムーブメントや好意的な報道もあり、世の中の理解が親の理解を後押しするというプロセスも生まれやすくなっていると感じます」(杉山氏)
「固定観念や苦悩に囚われることなく生きてきた」と語る乙武さんは、いま振り返ると母親にうまくコントロールされてきた部分もあるとか。それは、より良い就職を目指すなら大学に行って当たり前とされた時代に、乙武さんが大学進学に懐疑的であったこと。
「『あなたが言うように、大学に行かなくても豊かな人生を送ることはできると思う。でも、大学に行った人が“学歴は関係ない”と言えば説得力を持つけれど、大学に行かずに主張したところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえない』。そう言われて納得し、猛勉強したんです。インターネットで何でも学べる現代はまた事情が違うかもしれませんが、あの時代においては、母親のアドバイスは的確だったと思います」(乙武氏)
正解を求めるのではなく、選んだ道を正解にする
「正解だと思っていた結婚とは、まったく違う感じになったけど、これで正解だった」と話す、プロノバの岡島悦子氏。
モデレーターを務めた岡島氏は、長く固定概念に縛られていた経験の持ち主。仕事で超エリートコースを歩むなか、子育てをしてみたいという思いにかられ、36歳のときに16歳年下の男性と結婚し、長い不妊治療を経験。「正解だと思っていた結婚とは、まったく違う感じになったけど、これで正解だったかなと思える」と語る。
また、女性同士の結婚というロールモデルがないなかで葛藤するのが、杉山氏。
「僕たちは制度もないし、法にも守られていないぶん、お互いの気持ちを確認しながらやってきました。その過程が、僕たちのつながりを強いものにしてくれたと感じています。僕たちはたまたま双方の親が理解してくれましたが、『たまたま』とか『ラッキー』ではいけないと思う。やはり制度が必要なんです。僕たちには結婚が認められていないのに、結婚して離婚して……って自由に出来るマジョリティの方との差は余りに大きいですよね(笑)」(杉山氏)
乙武氏が人生を歩むなかで大切にしているのは、やはり「固定概念に縛られないこと、常識に左右されないこと」。
「僕は大学進学を選びましたが、これからの時代は何が正解かわかりません。僕の友人は、小学6年生のときに『プロのサッカー選手を目指す』と言ってバルセロナへ渡りました。彼もすごいけど、送り出した親もすごい。物事を判断するときに、何が正解かという固定概念を持たずに価値観を転換できるような大人でありたいですね」(乙武氏)
一方の杉山氏が人生で大切にしているのは「失敗を恐れないこと」。
「100回失敗しても、101回目に成功すれば、それまでの失敗は“経験”に変わります。親に何度も突き返されて、しまいには『病院に行け』とまで言われましたが、そこで関係を絶たずにコミュニケーションを続けたから、苦い思い出も“経験”になりました」(杉山氏)
そしてもうひとつ、迷ったときには「みんな」「世間」に答えを求めずに、正解を自分に問うということ。
「どの道を選ぶかよりも、選んだ道でどう生きるか。迷いながら正解を求めるのではなく、選んだ道を正解にするということを、ずっとやり続けていく。僕はそう思って生きています」(杉山氏)
笑いあり、涙あり。既知の間柄である3人だけに、本音で語られたこのセッション。前例も正解もない人生を、自分らしく歩む登壇者の強い思いと言葉に励まされ、自分の生き方についてあらためて考える有意義な機会となった。
MASHING UPカンファレンス Vol.4
正解はない。教わるな、切り開け。自分の人生のひらきかた
岡島悦子(株式会社プロノバ 代表取締役社長)、乙武洋匡(作家)、杉本文野(NPO法人東京レインボープライド 共同代表理事)
このセッションとかかわりのあるSDGsゴールは?

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