ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は今、CSRの観点よりも、経済的合理性の側面から注目が高まっている。だが、その理解はあれど、企業課題として本腰を入れて取り組むのはなかなか難しい。
2020年11月27日のMASHING UP Conference vol.4では、実際にダイバーシティによってビジネスを加速させている日本マイクロソフトのエグゼクティブアドバイザー、小柳津 篤氏とソフトバンクSDGs推進室の日下部奈々氏を招き、「D&Iがもたらすイノベーションと未来型組織、これからの社会」と題したトークセッションを開催。パナソニック コネクティッドソリューションズ社 常務の山口有希子氏をモデレーターに、両社がD&Iを推進することになった背景や、具体的な取り組みについて語ってもらった。
「三人寄れば文殊の知恵」を得るには、D&Iが不可欠
日本マイクロソフト エグゼクティブアドバイザー 小柳津 篤氏は、2014年、働き方改革推進の国民運動である「テレワーク月間」において実行委員も務めている。
小柳津氏が26年間勤務する日本マイクロソフトは、外資系とはいえ、かつては徹夜も当たり前の典型的な「昭和の日本企業」だったという。しかし、今ではD&Iの先進企業として多くのメディアに登場する注目企業だ。変貌の理由を、小柳津氏は「ストレートに言えば、生き残るため」と話す。
「労働時間を減らさないといけないのに、社員が増えない。おまけに、仕事の内容はどんどん難しくなっていくし、お金を投じても、社員がさほど成長しない。そんな現実の中で、企業活動をより付加価値の高いものにするためにD&Iが必要だった」(小柳津氏)
かつて日本の企業のあり方は、同質性の高い社員が、規律正しく、決まった様式や手順に従って仕事をするオペレーションスタイルだった。しかし、これでは日常の業務に追われるだけで、企業としての付加価値を上げるイノベーションは生まれない。
「そこで、三人寄れば文殊の知恵方式を取り入れました。社員のコミュニケーションとコラボレーションを高めることで、イノベーションの機会を高める。しかしこのとき、三人いても同質な人間では意味がない。そのため組織戦略としてD&Iを行っています」(小柳津氏)
戦略的に「革命」を起こすためのチャレンジ
ソフトバンクSDGs推進室の日下部奈々氏。D&I担当後、現在はSDGs戦略策定や対外コミュニケーション、社内浸透施策などの取り組みを推進。
16年前にソフトバンクに入社した日下部氏は、ソフトバンクが急成長し、オペレーション型の仕事を爆発的に増やした過程を目の当たりにしている。通信インフラとして日々、利用者に安定した通信サービスを提供するためには避けらないことだった半面、
「その状況に危機感を抱く幹部もいました。日々の業務をこなすだけでは、孫正義代表が常々語っている『我々は通信事業をしたいのではない。情報革命を起こすのだ』という大目標に到達することはできないので」(日下部氏)
では、どう戦略的にイノベーションを生み出していくか。ソフトバンクの歴史は、その絶え間ない挑戦の歴史でもある。その中で、会社に変化をもたらしたのがD&Iだった。
ソフトバンクには、社内にソフトバンクイノベンチャーという事業提案制度がある。現在、事業化されているものが16件、事業化検討段階のものは87件あるという。
「目的は2つあり、新しい事業を創ることと、事業を作れる人材をつくること。応募件数は年々伸びていて、ソフトバンク以外からも出資を受けています。イノベーションを生む仕組みとして社員に定着しているとともに、意識変容にも影響しつつあり、最近まで『あれお願い』と指示をしていた若手が社長になったりすると、とてもインパクトを生むようです」(日下部氏)
事業化したい人はまず、新規事業にあったスキルを持った人を集めてチームを作る。社外や内定者からメンバーを招聘しても構わない。そうした作業を経て、自分と同質の人間がいても意味がなく、多様性のある人材が必要だということを実感として理解することができる。
「先にイノベーションを生み出す仕組みを用意することで、結果としてダイバーシティというカルチャーを浸透させるということですね」 (山口氏)
意識革命より行動変容が先
「確かに皆さんは、D&Iというと意識改革が重要だとおっしゃいます。でも、意識や文化を変えるのは簡単ではありません。当社では、意識改革より行動変容が先だと気づいてから、推進のスピードがぐっと上がりました」と小柳津氏。
同社が最初に気づいたのは、東日本大震災のとき。出社するのではなく、「自分と家族の安全が確保された場所からすべての仕事をするように」との社長伝令が下った。
「今のようにテレワークが普及していない時代ですから、誰もやったことがないわけです。でも、やってみたら思った以上に快適だった。それまでに、私たちがどれだけリモートワークのメリットを問いていてもピンと来ていなかった人たちが、体感することで即座に理解したのです。このとき、意識変容よりも行動変容が先だと気づきました」(小柳津氏)
非常時が過ぎると、また社員たちが元のように出社してきた。そこで、強制的にオフィスをクローズしたこともある。2019年には、行動変容を実行した人に対して費用補填も行った。
主体的に「選択」できる社員を増やす
パナソニック コネクティッドソリューションズ社常務 山口有希子氏。2020年10月よりダイバーシティ担当役員を務める。
オフィスのクローズや費用補填が劇薬であれば、漢方薬のようにじわじわと効かせてきたこともある、と小柳津氏。
「それは、選択肢を与えることです。朝起きて、どういう仕事のやり方があるかという選択肢が多いほど、主体的に考えるようになります。従来の決められたことを変わりなくオペレーションする仕事は、今後、機械がやったほうがいいでしょう。決められていない、難しいことを皆で作るには、主体的に選択できる社員を増やさないといけません」(小柳津氏)
選択肢と多様性を仕組みとして提示しつつ、その利便性と安全性を会社が保証することで、選択肢を生かす文化が育まれるという。
ソフトバンクでも、ルールを変えることで意識変容を促した例がある。たとえば、「商談はオンラインにして、その結果を数字で出す」と決めたことだ。
「そうすることで、リアルで会うというと『それ、オンラインにできないの?』と上司が促すようになりますし、数字を上げるために頑張るんですね。単純に考えても、移動がないので件数を増やせますし、短い時間で結果を出すためにロジカルになります。確実に商談効率は上がっていますね」(日下部氏)
D&Iを担当する山口氏によると、パナソニックでもさまざまな改革が進行中だという。「フリーアドレスの導入、ITツール活用によるペーパーレス化、社内SNSの活用など、仕組みを変えることで『そういうやり方もあるんだ』という発見があります。スローガンを掲げるよりも、場合によっては仕組みとして実際に変えてしまったほうが、早く成果を出せることもありますよね」と語る。
ときには強制的に「退路を断つ」
参加者からの「男女のバイアスを取り除くにはどうしたらいいか」という問いかけには、「D&Iに向けて行動や意識が変わっていくことを、私は『やる気スイッチ』と言っているのですが、それは人によって違います。多面的に促すことも必要ですし、ときには退路を断つことも重要です」と小柳津氏。
「マイクロソフトの社員の仕事はプロジェクトしかないので、昔のように決められたことを誤りなくオペレーションするスタイルの仕事が存在しないのです。だから変わらざるを得ない。できることから環境を変えていくことが必要です」(小柳津氏)
ソフトバンクのイノベンチャー事業でも、いったん本業から離れて取り組む意味では退路が断たれている。
「イノベンチャーでどれだけいいチームを作れるかを突き詰めていくと、男尊女卑の観点がなくなっていきます。女性側もリーダー像や役割認識にかなりバイアスを持っていて、そのために一歩踏み出せてないのかもしれないということに気づくのです」(日下部氏)
文化の変容は後から気づくもの
結論として、小柳津氏はこう指摘する。
「文化は変えるのが難しい。当社もそこでかなりの遠回りや試行錯誤をしましたが、納得しているのは、環境や制度、ルールが変わり、行動が変わり、意識が変わっていく。これらの継続した状況が、ある種の文化なのではないかということです。直接的に文化を変えるようなアプローチではなく、変化を継続させられるような枠組みを作っていくことの総体が、文化を変えるということだと思うのです。そして、文化の変容は、後から気づくものなのかもしれません」(小柳津氏)
これには、日下部氏も同意する。「結果として、本音を言ってもいい空気感や、フォーマリティが削除されたようなカルチャーが育っていく。それはあくまで、後から気づくものですよね」
まずは何より、行動を変えること。D&Iの意識を持ち、「動ける人が動いていくことが大切」と小柳津氏。
その実践の輪が広がることで、組織が変わり、社会が変わっていく。D&I先進企業のメンバーの誰もがうなずく、説得力のある結論によってセッションが締めくくられた。
MASHING UPカンファレンス Vol.4
D&Iがもたらすイノベーションと未来型組織、これからの社会
山口 有希子(パナソニック コネクティッドソリューションズ社 常務 エンタープライズマーケティング本部 本部長)、小柳津 篤(日本マイクロソフト株式会社 エグゼクティブアドバイザー)、日下部 奈々(ソフトバンク株式会社 SDGs推進室)
このトピックとかかわりのあるSDGsゴールは?
写真/中山実華
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