途上国はほんとうに「遅れている」のか? 先進国の尺度で捉えることは危険ではないのか?
アフリカ、中東、アジア、南米など各地で20年以上調査を続け、現在はオランダのエラスムス・ロッテルダム大学で教鞭をとるデジタル人類学者パヤル・アローラ氏は、MASHING UP カンファレンスVol.4に登場。リープフロッグ、フルーガル・イノベーションなど、今の時代を語る上で欠かせない概念を掲げながらキーノート・スピーチを行った。
後日あらためてアローラ氏に、スピーチで語り尽くせなかった話や、現在進行形のプロジェクトの話などを聞く機会を得た。
暮らしに浸透したデジタル技術の影響を調査
アローラ氏の著書『The Next Billion Users(次なる10億人のユーザー)』(2019年、ハーバード大学出版局、未邦訳)は、世界人口のうち圧倒的な割合を占める途上国の人々が、どのような環境で、何を考え、いかにデジタル技術を利用しているのかを、多くの具体例を引きながら解説。
たとえば、電力供給や電波状況が安定しないナミビアの村での携帯電話の使われ方、インドやサウジアラビアでの恋愛事情、ブラジルの貧民街でのプライバシー問題などを、フィールドワークで出会った人々の声を反映させながら描きだしている。
しかし、途上国における支援プロジェクトなどでは、デジタル技術やインターネットの「利便性」にのみ焦点が当てられ、途上国でも先進国とまったく同じように「楽しさ」「承認欲求」「性欲」が強烈な引きとなることが無視されがちだとアローラ氏は指摘する。途上国の人を「純粋な存在」として平面的に捉える視点のまずさを、植民地時代に遡って紐解いている。デジタル技術が人々の生活や社会に与える影響についてグローバルな視点が得られる本だ。
——まず、デジタル人類学はまだあまり馴染みがない学問ですが、どのような学問で、なぜ今必要とされているのですか?
パヤル・アローラ(敬称略):デジタル人類学とは、人々がオンラインで日々どのような活動をしているのかを調査研究する学問です。重要性が増している理由は、私たちの生活がオンラインに大きくシフトしているため。このシフトは今回のパンデミックで加速しましたが、変化はずっと前から起きていました。仕事、友人や家族とのやり取り、交際相手探し、エンターテインメント、決済など、あらゆる活動がネット上で行われていますよね。
社会的階層や地域によって度合いは違いますが、いまや世界中でデジタル技術が暮らしに浸透しています。人々の行動様式や価値観が、これによってどう変化しているのかを知る必要があります。
また、デジタル空間での人々の行動も理解しなければいけません。オンラインで起きていることは、リアルの世界に決定的なインパクトを与えるからです。ネットでは少々バカなことをしても大丈夫という風潮が未だにありますが、これは間違い。デジタル人類学は「ネットの世界」と「リアルの世界」が、いかに分かち難く結びついているかを明らかにしようとしています。
「当たり前」を疑い、社会を捉え直す
インドに生まれ、サンフランシスコやボストンで学んだパヤル・アローラ氏が、現在の拠点アムステルダムからZoomで取材に応じた。
——今のご自身に至った背景を教えてください。著書には十代の頃の経験が書かれています。既存の学校教育に反発して、仲間とオルタナティブな教育環境を作ろうとしたり、コミューンで暮らしたりしたとのことですが、理想主義的な青春時代に何を学び、今に至ったのですか?
パヤル・アローラ:私が通ったのは、カトリック系の非常に保守的な学校でした。14歳の時にクラスメートがキスをしているところに居合わせただけで「汚れた行為に加担した」と咎められたのです。全校生徒の前で謝罪させられ、3か月の停学処分を受けました。友人たちは離れていき、卒業までの数年間は独りぼっちでした。
今のようにソーシャルメディアがあれば、外の世界の多様な価値観に触れられ、孤独感が紛れたかもしれませんね。ともかく、そこから権威に対する反発心が芽生えたのです。
10代後半は大学に行かずに仲間と学習のための共同体を作ったり、実験的なコミューンで生活したりしました。マルクス主義など、当時憧れを抱いていた思想が全ての面で正しいとは思いません。でも、社会を根本から考え直し、「あるべき理想の姿」を想像するという意味では必要な体験でした。
いまの社会のルールは、本当に皆にとってフェアで包摂的なものなのかを、一歩引いたところから見つめ直すことができた。当時の経験が今に至るまでずっと活きています。
「公共の場」のためのルールを整備する必要性
パヤル・アローラ:インターネットが社会に広がり始めた頃は、とても夢があって、私もそこに惹かれました。新たな「公共の場」が出現して、それまでとは全く違うやり方で人との関わることができるようになりましたから。
例えばウィキペディアは、世界中のボランティアが膨大な時間とエネルギーを注いでくれるおかげで、誰もがネット上で知識にアクセスできる素晴らしい仕組みです。また、オキュパイ・ウォール・ストリート、#MeToo、BLMなどの運動では、人々がネットを介して情報交換をし、力を合わせることができました。
一方で、フェイクニュースの拡散などが政治に深刻な影響を及ぼしてもいる。オンライン空間は、リアルな場所とまったく同じように、仲間との絆を確かめ合ったり、危険を感じたり、人間のあらゆる側面が見られます。ですので、ルールを決め、それを守る仕組みをつくらないといけません。
男女のタブルスタンダードと戦うことの難しさ
——各地で調査を続けてきて、オンライン空間における男性優位は変化したと思われますか?
パヤル・アローラ:いまも多くの社会で、男性と女性のダブルスタンダードが存在し、それがネット上にも現れています。中東、南アジア、アフリカなどに住む女性は「行動」「服装」「発言」など全ての面で自由がありません。規範を外れれば、個人として罰せられるだけでなく、家族やコミュニティにとっても恥とされます。
インフルエンサーやアクティビストなど、女性の方が圧倒的に嫌がらせや脅迫を受けることが多く、家族までが危険にさらされてアカウント停止に追い込まれることも多い。
これに対処するため、ツイッターやフェイスブックなどのプラットフォームは、検索に引っかからないようアカウントにロックをかけられる仕組みをつくりました。でも、これでは自分の意見や活動を発信できるソーシャルメディアのメリットが大きく損なわれてしまいます。ここでも「控えめに」しなければ安全が担保されないなんて、本当に理不尽ですよね。
ヘイトを受けることを覚悟の上で、発信している女性も大勢います。例えばサウジアラビアのスケートボーダーたち。女性がスポーツをすることは取り締まりの対象になるため、目以外を覆うニカブを着て滑っています。世界中から応援されている彼女たちですが、大きなリスクを背負ってもいます。個人が特定されて、収監されたり、鞭打ちの刑などを受ける可能性は非常に高いからです。
途上国の女性が働きやすい環境をつくる
——途上国の女性労働者に関する新プロジェクト「FemLab.Co(Feminist Approaches to Labour Collectives)」について教えていただけますか。
アローラ氏が共同創設者をつとめるFemLab.Coは、インドとバングラデシュで建設、衛生、衣料品、在宅サービス、職人仕事に従事する女性の労働改善に焦点をあてている。
(c) Siddhi Gupta, Image via FemLab.Co
パヤル・アローラ:2020年にIDRCというカナダの団体から助成金を得て立ち上げたプロジェクトです。インド、バングラデシュ、オランダ、ドイツにチームがいて、今後は東アジアにも拡大していきます。法律、人類学、情報科学、デザインなど、多岐にわたる分野の専門家が参加しています。
発展途上国では、いわゆる「インフォーマル・エコノミー」が経済の大部分を占めていて、多くの女性たちが労働規制から外れたところで厳しい条件で働いています。女性たちの声を拾い上げ、デジタル技術を使って労働環境を改善していくことを目的としています。
まずは、こうした地域の女性たちがデジタルメディアをどう使っているかを調査します。そして、女性の仕事の機会を増やせる道筋を探ります。保守的な社会では、女性が他人、特に男性と直接顔を合わせることを「不名誉」なこととしていますが、オンラインでなら対面することなく取引できます。
南アジアでは、織物など職人仕事に就いているのは圧倒的に女性です。バングラデシュでは新型コロナウイルスの流行で、これまで表に出ることがなかった女性たちが、ネットを使って自ら商品を売るようになりました。政府も経済を回すためにEコマースを前向きに捉えていて、女性がビジネスをしやすい環境が生まれています。
女性が使いやすいプラットフォームとは?
パヤル・アローラ:また、デジタルツールを介した仕事も増えていますが、女性がこれらのプラットフォームを使い利益を得るにはどうしたら良いかということにも焦点を当てています。
例えばライドシェアサービスの場合。女性が知らない男性と2人きりになることが許されない社会では、女性ドライバーへの大きな需要があります。でもサービスとして提供するには、地域ごとの慣習や、女性の利用者のニーズに合わせた調整が不可欠です。
女性ドライバーへの配慮も必要です。安全でないと思ったら男性の利用者を断ることができ、それによって評価を下げない仕組みを作らないといけません。このように、まず女性と男性のニーズは同じではないということを理解する必要があります。
——日本にいると、外国からの情報は欧米からのものに偏りがちです。真にグローバルな視点を得るために、どうしたら情報のチャンネルを増やせるでしょうか?
パヤル・アローラ:日本に限らず、多くの国の主要メディアは欧米、特にアメリカの視点に偏っています。ただ、各地で若い人たちが独自の発信をしています。
インド発のウェブメディアに「The Swaddle」があります。インドの若い女性たちが運営する小規模なメディアですが、社会で起きているさまざまな事象に対して、ユーモアを交えた批評を加えていて、多くの読者を得ています。
Village Lifeというインドの貧しい村に住む人が日常の一コマを切り取ったTikTok動画も世界中から共感を呼び、何百万回も再生されています。興味深い情報を発信しているサイトやアカウントは探せばいっぱいあるので、一覧できるプラットフォームがあったら面白いのではないかと思いますね。
このトピックとかかわりのあるSDGsゴールは?
(聞き手・構成:野澤朋代)

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