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水を育む森のように事業を育てる価値。サントリー山田健氏に学ぶサステナビリティ

山田健氏

(左)サステナビリティ推進部チーフスペシャリスト・山田健氏。森で葉の形を見て、木の同定をしている。この木はカエデの一種のチドリノキだ。(右)奥大山にある天然水の森。

2030年のSDGsの目標達成を目指し、企業がそれぞれの取り組みに力を入れている。そのなかで、100年先の環境を見据え、水源林の整備活動を牽引しているのがサントリーだ。森林再生のプロジェクト「天然水の森」は、企画構想から含めると20年以上も続く活動で、会社だけではなく社会をも動かすほどのモデルとなっている。

興味深いのは、この活動の立役者がコピーライター出身の社員であったということ。事業の生命線である地下水を保全すべく森林の再生を目指す理由や、チームビルディング、そして活動の原動力となる仕事の哲学について、同社サステナビリティ推進部チーフスペシャリスト・山田健氏に話を聞いた。

「二足以上のわらじ」がのちに活動を助けることに

山田健氏

コピーライター時代の山田健氏。フランス・ブルゴーニュ地方の蔵元で、当時編集をしていた世界のワインカタログの取材をしているところ。

1978年にコピーライターとしてサントリーに入社した山田氏は、1980年代の華やかな広告業界を知る世代だ。

広告制作の他にもさまざまな仕事に関わってきた。たとえばワインの新聞広告を制作しながら、ワインカタログの編集長を務め、世界中の銘醸地を訪ねては年間2,000ものテイスティングノートを作成。6冊ものワイン本を出すほど造詣を深めた。また、サントリーが持つ音楽財団(現芸術財団)が発行する音楽雑誌の編集長を務め、企画からアレンジ、原稿依頼、記事執筆までをひとりでこなしたこともあった。

入社して、会社の先輩に言われたのは『二足以下のわらじは履くな』ということ。コピーライターはいつクビになるかわからないんだからという親心だったかもしれませんが(笑)、その教えを忠実に守って、いろいろやりました」

当時は多忙を極めたが、「今思えば、自分では絶対に開けない扉をたくさん開かせてもらった」と山田氏。「強制的と感じるか、いい機会を与えられたと感じるかで、人生は大きく変わる」という氏の言葉には説得力がある。

入社以来、広告や製品企画を多く手掛けたワインやウイスキーからジャンルを変え、ビールや清涼飲料水に関わるようになったことが、のちにつながる大きな転機となる。2000年ごろのこと、ちょうど「天然水の森」の企画が始まった年だ。

良質な地下水を。手探りで始めたプロジェクト

サントリー天然水の森

全国21か所にある「サントリー天然水の森」の一つ、奥大山の美しい渓流。

「天然水やビールを仕込む水について調べるなかで、サントリーがいかに地下水に依存している会社かということを知りました。ミネラルウォーターはもちろんですが、ビール、ウイスキーなどの味も、水によって決まります。製品に使用する地下水について、きちんと知っておかなければならないと感じたんです」

一般的に、企業の工場は物流の利便性を重視した場所に建てられることが多い。しかしサントリーは良質な地下水を汲み上げることができる場所を条件に工場を作ってきた。もちろん当時から、安全性に関しては非常に厳しい水質チェックをおこなっていたが、永続的に上質な水を確保するためには、地下水が、どこから、どんなルートで、どのぐらいの時間をかけて工場の地下にたどり着いているかを知る必要があった。

そのために、山田氏率いる制作チームが着手したのが、のちに「天然水の森」の活動となるプロジェクトだ。

「実は、水のことを調べ始めたのは、いい広告を作ることが目的だったんです。そのため、最初はデザイナーや若手社員と一緒に企画を練りました。会社に提案したら『反対する理由はない』と受け入れてもらいましてね、それが始まりです。

そういう点で、サントリーの社風は自由と言えるのかもしれません。畑の違う僕みたいなコピーライターの発言にも耳を貸してくれたりね。やる気のあるやつにやらせてみようという風土は昔からありました

活動の対象は自社工場の水源涵養(かんよう/自然にしみこむように養成すること)エリアとはいえ、大きな森を相手にした小さなチームは何から始めればいいのかもわからない。

こうして「天然水の森」活動は手探りのなかで始まった。幸いだったのは、かつてワインの仕事に従事していたために、土壌の大切さを知っていたことだ。また、さまざまな専門家が得意なことを持ち寄って、ひとつの目的に向かうチームビルディングのノウハウは、編集の仕事をするなかで培っていた。「二足以下のわらじを履くなと教えてくれた先輩に感謝ですね」と山田氏は笑う。

広告作りのために、カメラを抱えたスタッフと一緒に山に入る時、山田氏は分厚い図鑑を何冊も背負っていった。

「森で知らない植物に出会うたびに図鑑を開いて調べました。岩によっても水のしみ込み方が違いますから、岩のことも知らないといけない。そうして知識を身につけていくうちに、だんだんと、多彩な分野の専門家と会話ができるようになりました。20年前、水文学(すいもんがく)の大御所に話を持ち掛けたときは鼻で笑われましたが、現在は、その水文学はもちろん、森林生態学や、地質学、微生物学といった多彩な分野の第一人者に共同研究をお願いして、40名以上の先生方とタッグを組んでいただけるまでになりました」

子どもたち、その先の世代のために、今すべきこと

天然水の森プロジェクト

(左上)山の斜面の大規模崩壊地の緑化を行うには、まず周囲のカラマツ林の間伐材で階段工を行う(右上)。土が流されないよう土に還るヤシネットで地表を覆い、この森で採取した種から育てた苗木を植栽(左下)。 5年後の様子、ゆっくりと苗木が成長を始めているのがわかる(右下)。

日本の森は、沢山の問題を抱えている。たとえば、放置人工林問題だ。

戦後の日本では、破壊された都市の復興のために、森にスギやヒノキを多く植えた。しかし植えた木が大きく育つには時間がかかる。その間に、外国からの木材輸入が自由化され、スギやヒノキの価値が暴落する。森を管理する担い手がいなくなり、放置された人工林には細い木が密集し、森の中は真っ暗。日が当たらない地面には草一本生えることが出来ず、土が流され、根が浮き上がり、鉄砲水などの災害を引き起こす原因となる。

もちろん、このような森では、地下に水が浸み込むことができず、おいしい地下水が生まれることもない。日本の森が抱えている様々な問題を解決するために、いま、多彩な分野の専門家たちが、知恵を絞ってくれている。

天然水の森

10年後には、だいぶ木々が成長。どうやら立派な森に育ってくれそうな様子だ。

「地下水涵養のカギは、健全な森林土壌なんです。健全な森では、降った雨を土壌が優しく受け止めて、ゆっくりと地下深くまでしみ込ませてくれます。土壌が持つ浄化機能も重要です。微生物が水をきれいにしてくれる。その後、数十年の歳月をかけて、ゆっくりと地層を流れる間にミネラルが溶けだして、おいしい水に磨き上げてくれる。時間はかかりますが、おいしくて安全な水をお届けするためにも、そして子どもたち、その先の世代のためにも取り組まなければいけないことだと思っています」

商売がたきはいない。業界全体で課題に取り組む

20年かけて集めた知見を独り占めしないというのも、山田氏、そしてサントリーの姿勢。知財ともなるノウハウをオープンにするのは「CSRの側面もある」と山田氏。森や水の問題は、飲料メーカーが一丸となって取り組んでいくべきだと語る。

新しい事業の扉を開こうとする時には、ノックの音は大きいほうが絶対にいいんです。水をきれいにしよう、美しい森を次世代につなげようという扉を大きく開くためには業界みんなで扉をノックするべき。商売がたきだなんて、考えている場合ではないんです。競争は扉が開いたあとでいい。そんなことを言ったら営業に怒られちゃうかもしれないけど(笑)」

持続可能な活動のカギは、生命線とビジョン

天然水の森

サントリー天然水の森は、現在全国15都道府県に21か所ある。

ただし、慈善事業ばかりでは企業も疲弊してしまう。持続可能な活動をおこなうためには「活動を実業に結びつけることが大切」と山田氏。カギとなるのは「生命線」と「ビジョン」だ。

「企業の生命線は、業態ごとに違うと思いますが、大切なのは、その生命線を守る活動を選ぶということ。それがカギだと思います。サントリーの場合は、水でした。社内外でわかりすい生命線を見つければ、やれることは自ずから見えてきます。そうすれば会社の利益にもつながり、社内の予算も変わってきて、さらに活動が続けやすくなるはずです。また、夢のある明確なビジョンが語れるかどうか、これも持続可能か否かに大きく関わります。我々が目指す森の未来が明確で魅力的なものならば、協力者も、そしてお客様も増えてくれるからです」

さらに社内スタッフに共有するのは「社外のパートナーたちの生活まで考えよう」ということ。たとえば夏場に仕事量が少なくなってしまう林業に携わる人の生活を守るために、季節性の少ない作業道づくりや植生保護柵の設置を依頼して仕事の安定を図り、そのために必要な技術やノウハウがあるならば、それを身につけられる環境を整えていく。そのノウハウが天然水の森以外にも生かされれば、美しい森はさらに広がっていく。

定年を迎えた今もなお、活動を牽引する山田氏が目指す理想の森とは「多様性に支えられた森」

「木々や植物、虫や動物がにぎわいを見せながら共存し、そこで生活している人間も、木材だけではなく、山菜や薬草、きのこなどの多様な森の恵みを享受できる未来を夢見ています。そのために、人工林をいきなり皆伐して広葉樹に植え替えようなんて急ぐことはない。ゆっくりゆっくりと多様性ある森に育ってほしい。そういう森は、本当に美しいんです」

ふだん何気なく手にとる水が、どこからどのぐらいの時間をかけてやってきたものなのか、思いを馳せることはあまりない。しかし山田氏に話を聞き、森の仕組みを知ると、口に運ぶ水が愛おしく思えるから不思議だ。持続可能な森と水の活動のために、そして自分のすぐ近くにある環境のために、それぞれの「生命線」と「ビジョン」を探ってみたい。

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山田健(やまだ・たけし)
1955年、神奈川県生まれ。東大文学部卒業後、1978年にサントリー(現サントリーホールディングス)株式会社宣伝部に入社。ワイン、ウイスキー、音楽、環境などの広告コピーや編集を手掛け、2000年から企画した「天然水の森」活動を2003年より開始。2020年に定年退職したが、現在も同社サステナビリティ推進部のチーフスペシャリストとして活動を続ける。九州大学客員教授、公益財団法人山階鳥類研究所理事、日本ペンクラブ会員。著書に『水を守りに、森へ』(筑摩選書)、『オオカミがいないとなぜウサギが滅びるのか』(集英社インターナショナル)などがある。

サントリー, 天然水の森, 水科学研究所]画像提供:サントリー

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大森りえ

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