©ビービット「L&UX2021」
デジタル化で生まれる断絶や格差、データの悪用などのネガティブな面を乗り越え、自由で楽しい社会を実現するにはどうしたらよいのか。また、プロダクトやサービス単体よりも、そこから得られる体験すべてを網羅する「ユーザーエクスペリエンス(UX)」に価値の主軸が移ってきているなか、企業はどう変わっていくべきか。
「UX×テックの社会実装」をテーマに掲げたオンラインフェス「L&UX2021(Liberty&UX Intelligence)」が、2021年5月17日から28日にかけて開催され、世界各地のスピーカーの間で議論が交わされた。
主催は、UXに関するコンサルティングやサービスを提供するビービット(beBit)。同社の執行役員CCOで「L&UX」をオーガナイズした藤井保文氏は、著書『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)のなかで、人々の行動がデータ化され「すべてがオンラインになる」世界を描き、大きな反響を呼んでいる。
この記事では、「個人データと認証の社会活用可能性」というセッションについてレポートする。
デジタル社会を可能にする「電子ID」と「認証システム」
コロナウイルスの流行で、ビジネスや行政の非効率があぶり出され、デジタル化を求める声が高まっている。その一方で、データ漏洩やなりすましに対する不安、「個人情報をどこでどう使われるのか分からない」という不信感もある。
「効率や利便性」と「信頼や安全性」をどう両立させるのか。この難しい課題について示唆に富むプレゼンテーションをおこなったのが、AIを活用した認証サービスを提供する企業Veriffの共同設立者兼CPO(最高製品責任者)、ジェイナー・ゴロホフ(Janer Gorohov)氏だ。「電子ID発祥の地」エストニアで2015年に設立された同社は、現在アメリカやイギリスにも拠点を置き、190以上の国と地域でビジネスを展開する。
日本からは、経済産業省でスタートアップ支援や産学連携推進を担当する瀧島勇樹氏が登壇した。瀧島氏は、デジタル時代の公共サービスについて、政府の役割を再定義する試論を取りまとめた経験を持つ。
企業に向けてUXコンサルティングを手掛け、ユーザビリティやデータ活用に関して造詣の深いビービットの藤井氏のモデレーションで議論が進められた。
誰でも安心して使えるように設計する
ジェイナー・ゴロホフ氏のいるエストニアとリモートで繋ぎ、セッションが行われた。
©ビービット「L&UX2021」
オンラインサービスでは、ユーザーが身元を証明するためにIDを提示し、それをサービス提供側が承認する。EC、SNS、シェアリングサービス、行政サービス、選挙、受験など、認証技術が役立てられる分野は多岐にわたり、今後ますます増えていくとみられる。
認証システムを企業などに提供するVeriffが、サービスを設計する上で重視しているのが、デジタルリテラシーの有無を問わず誰もが使えるようにすることだ。「直感的に使えるインターフェイスと、シンプルなプロセスを実現するまでに、ユーザビリティのテストを何度も繰り返してきた」とゴロホフ氏はいう。
例えば、銀行口座開設に必要なオンライン手続きは「身分証明書」と「自分の顔」をスマホで撮影するなど、わずか数ステップで完了する。認証の成功を左右するのが、デバイスの機種や写真を撮る時の光の具合などの諸条件だ。ユーザーが途中で諦めてしまわないよう、失敗したら再試行のための指示を与え、時間がかかる場合は理由を伝える。
自動化されたリアルタイムのフィードバックと明確な指示を重視するVeriffの本人認証プログラムでは95%の人が初回で成功するという。また、人間の主観を排除するため、認証の過程では動画や写真、デバイス情報、ネットワーク情報、書類、生体情報、ユーザー行動など、さまざまな種類のデータが使われる。
電子国家エストニアで進む「信用のインフラ」
Veriff 共同設立者兼CPO ジェイナー・ゴロホフ(Janer Gorohov)氏
©ビービット「L&UX2021」
Veriffが生まれたエストニアは、行政手続きのほとんどをオンラインで行える電子国家として知られる。情報化社会の構築に着手したのは約25年前。オンライン化に向けて信頼を高める上で重要だったのは、「市民の個人データは市民自身が保有するもので、政府がそれを使うには、市民の同意を得なければならない」という決定だった。また、シニアなどあらゆる層にサービスを浸透させるため、人的なサポートも充実しているという。
エストニアがシンプルで透明性が高いシステムを構築できたのは、比較的小さな国だということが関係しているとゴロホフ氏は語る。コミュニティレベルの規模感で、知り合いづてに人と人が簡単に繋がり、民間企業と政府と市民とが協業しやすい環境がある。他国で同じシステムを実現するのは容易ではないかもしれないが、「信用のインフラ」をつくろうとしているVeriffがそれを支援できたらという。
「信頼関係は1日で成るものでななく、長い時間がかかります。私たちは信頼を築いていき、将来的には個人がグローバルIDを持つことで、さまざまなサービスにアクセスできるようにしていきたいと考えています」(ゴロホフ氏)
個人情報を扱う上で重要な「透明性」と「データの最小化」
個人情報を集めるときに留意すべき点が2つあるとゴロホフ氏はいう。
「ひとつは透明性です。エストニア政府を例に出すと、政府のサイトにログインすると、誰が私のどういうデータを受け取ったのか、全部確認することができます。自分のデータがどのように取り扱われているか把握できるので信頼感が高まります。ふたつ目はデータの最小化です。本人認証のためのデータは必要最低限に留め、それ以上は要求しないことです」(ゴロホフ氏)
日本を含む世界各国で認証ビジネスを展開するVeriffだが、国や経済圏ごとに異なる傾向を見出し、それに合わせた対応を考えているのか。
「仮説を立てるのは良いのですが、本当にそれが地理的な問題なのかどうか、実際に人々と話し合い、検証する必要があります。これに対する答えはひとつではなく、ユーザビリティの観点からどの問題を解決しようとしているかによって変わってきます。ユーザーの期待を理解することなのか。データ処理のための法的な同意が必要なのか。同時に解決しなければならない問題がたくさんあり、それぞれにアクションが必要になります」(ゴロホフ氏)
データ活用とガバナンス
経済産業省でスタートアップ支援や産学連携推進を担当する瀧島勇樹氏。
©ビービット「L&UX2021」
データ活用に関し、日本政府はどういう構想をもっているのだろう。日本は安倍政権時代にデータガバナンスの枠組み「Data Free Flow with Trust(信頼性のある自由なデータ流通)」を打ち出しており、2019年に大阪で開催されたG20サミットとデジタル大臣会合で採択されている。「信頼を得た上でデータを活用し、社会に役立てる」というこの枠組みの作成に携わった瀧島氏は、次のように語る。
「コンセプトはシンプルだけれど、信頼がなければ実現できません。IDやeKYC(個人認証)、サービスにアクセスするため皆にとって使いやすいインターフェイスも必要です。データ活用に関する政府による規制や、それに企業がどう対応するのかというガバナンスの問題もあります。世界的なデジタル化の流れのなかで、日本ではデジタル庁を作ったり、マイナンバーカードの普及を進めようとしています」(瀧島氏)
データ活用に関する規制について、ゴロホフ氏は世界各国で「共通性」があると良いという。例えば、ヨーロッパには個人情報保護を目的としたGDPR(EU一般データ保護規則)があるが、同じような規制が日本にあればVeriffとしても進出しやすい。オンライン化に向けて信頼性や透明性を高めるため、企業と政府の緊密な協力関係が重要となるが、世界ではどういう動きがあるのだろうか。
これについて瀧島氏は、EUと日本が個人情報保護に重きを置いているのに対し、アメリカは「もっと自由にデータを使おう」という立場だったが、それがいま変わりつつあるという。
「いろんな問題が出てくるなかで、(アメリカでも)プライバシーの重要性が強く認識されるようになりました。GAFAなどのプラットフォーマーも、データの扱いや規制に関し積極的にコミットしていこう流れがここ2年くらいの間で出てきています。インドや中国も原則では同意しています」(瀧島氏)
政府、民間企業、市民の協力関係を築く
ビービット 執行役員CCO / 東アジア営業責任者 藤井保文氏がモデレーターをつとめた。
©ビービット「L&UX2021」
信頼を得た上で、データを「パブリックグッズ(公共財)」として皆で使っていくという同意が世界で形成されているなか、そこに至るには「個人」と「企業」と「行政」の協力関係が不可欠だという認識も共有されていると瀧島氏はいう。
これらステークホルダー同士の関係性について、ゴロホフ氏も「問題解決で最も難しい点は、互いが抱える問題を把握し、理解すること」だとし、顔を合わせ議論を重ねることの重要性を訴えた。そして、ユーザーテストで人々の本音を聞き出しながらUXを磨いていく方法は、「個人」と「企業」と「行政」3者の関係にも当てはめられるのではないかとした。
これまでの議論を引き受けて藤井氏は「生の声を聞いて課題を洗い出し、それを真摯に解いていけば、解決できることは多いのではないか」と結んだ。
安心して暮らせるデジタル社会を築くためのカギは、思い込みや一方的な価値の押しつけを廃し、丁寧なコミュニケーションを重ねていくことにあるのだろう。
[ L&UX2021 ]
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