Photo: Cartier Women's Initiative
ビジネスを通して社会や環境に良いインパクトを与えたい。そんな女性起業家の支援を目的にラグジュアリーメゾンのカルティエが2006年に創設した「カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)」は、世界中から応募者を集めるアワードや教育プログラム、コミュニティの運営などを行う。
この15年で徐々に支援の規模を拡大し、内容を充実させてきたCWIの活動とともに、受賞者たちのプロフィールや事業についてシリーズでお届けする。
初回は、CWIのグローバル プログラム ディレクターのウィンジー・サンパイオさんと、東アジア地区の審査委員長を務めるZebras & Companyの田淵良敬さんへのインタビュー。イニシアチブのビジョンやミッションとは? そしてどのようなプログラムなのか。
女性起業家が無理なく着実に成長できるよう支援
CWI グローバル プログラム ディレクターのウィンジー・サンパイオさん(右)と、東アジア地区の審査委員長を務めるZebras & Companyの田淵良敬さん(左)。
アメリカでの学生時代からインパクト投資に関心を持っていたというサンパイオさん。約15年間投資関連の仕事に携わり、カリフォルニアのソーシャルインパクトファンド「Next Wave Venture」では、特に女性インパクト起業家への投資に注力した。3年前にフランスに移住。2019年にCWIのディレクターに就任している。
田淵さんは総合商社勤務の後、10年ほど前にインパクト投資の世界に入った。欧州に拠点を置くLGT Venture Philanthropy(リヒテンシュタイン公爵家創業の投資機関)では、主に東南アジアの社会起業家に投資。2015年に日本に帰国してからは主に国内の社会起業家への投資・支援を行ってきた。
2021年3月には、インパクト投資やジェンダーレンズ投資(※)を行うZebras and Companyを共同設立。社名は「ユニコーン企業」との対比で語られることが多い「ゼブラ企業」という概念にちなんでいる。ゼブラ企業は社会に対するインパクトを重視し、より長いスパンでの成長を目指す。IPOやM&Aというイグジットに向けて短期間で急拡大するより、持続可能なビジネスを育みながら、投資家や株主だけでないさまざまなステークホルダーを幸せにすることを目標とする。Zebras and Company はCWIのエコシステム・パートナーでもある。※ジェンダーレンズ投資:男女平等の推進と金銭的リターンの双方を求める投資。
事業が軌道に乗るまで、スキル獲得や人脈構築をサポート
カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)のWebサイトではフェローをはじめ、応募方法についても詳しく知ることができる。
https://www.cartierwomensinitiative.com/
CWIのビジョンは「社会を変えようと働くすべての女性インパクト起業家が、その能力をフルに活かせる世界をつくる」こと。ビジネスを通してSDGs達成を目指す事業を応援する。
「残念ながら、今の世の中は女性起業家にとって、またインパクト起業家にとって、厳しいものです。その2つが掛け合わさった女性インパクト起業家の場合はなおさらです。私たちのミッションは、多くの障壁を前にする彼女たちがビジネスを育て、リーダーシップ・スキルを伸ばすための経済的、社会的、人的資本を与えることです」(サンパイオさん)
女性インパクト起業家の場合、一定以上のキャッシュフローを生み出すまで、または外部の投資家から資金を調達できるようになるまで、通常より時間がかかることが多いというサンパイオさん。事業が軌道に乗るまで多角的にサポートするCWIは、「アワード」「フェローシップ」「コミュニティ」「ソートリーダーシップ」の4つの柱を軸に運営されている。
Photo: Cartier Women's Initiative
アワード
「中南米およびカリブ海地域」「北米」「ヨーロッパ」「中東および北アフリカ」「サハラ以南のアフリカ」「東アジア」「南アジアおよびオセアニア」という7つの地域ごとに選考が行われる。地域ごとに3名のファイナリストが選ばれ、そのなかから1名ずつ受賞者が選ばれる。2021年度からは、地域別のリージョナル アワードの他に「サイエンス & テクノロジー パイオニア アワード」が新設された。このアワードとリージョナル アワードの受賞者、計8名にはそれぞれ10万ドル(約1100万円)が、ファイナリスト16名には3万ドル(約335万円)が授与される。
フェローシップ
ファイナリストであるフェローたちが参加する1年間の教育プログラム。デューデリジェンスの調査で、それぞれの事業のステージや、強化すべき点などが洗い出され、コーチングやメンタリングなど、ステップアップのための支援を受けられる。また、フランスの有名ビジネススクールINSEADが提供する社会起業家向けプログラムへの参加資格も得られる。
コミュニティ
過去の受賞者、コーチ、審査員、投資家、パートナー企業などの関係者で構成されるネットワーク。心的サポートの提供や人脈構築の後押しのほか、カルティエのブランド力を活かし彼女たちの事業の「可視化」を促す。
「女性に限らず、起業家は孤独なことが多い。いろんな問題に関して最終的には一人で決断せねばならず、重圧と日々格闘しています。私たちがつくるコミュニティは、そうした孤独を和らげるのに役立っています」(サンパイオさん)
ソートリーダーシップ
事業を育てている女性起業家の知見を多くの人に届けるため、イニシアチブの4本目の柱として立ち上げられた。アプローチはふたつ。ひとつ目は世界各国の女性インパクト起業家の考察に触れられる講演会やパネルディスカッションの開催で、ふたつ目は調査研究へのスポンサーシップだ。今年は「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター」という調査コンソーシアムによる、女性インパクト起業家に関する年次報告を支援している。
「11月頃に発表される予定の調査報告書を見れば、世界各国でどんな起業家が、どんな課題を解決しようとしているかを一覧できるようになります。こうした調査を支援するのは、各国の政策決定者、NGO、NPOなどがデータを参考にして、インパクト起業家が活動しやすいエコシステムを作れるようにするためです」(サンパイオさん)
ベンチャー投資の世界にもイノベーションを
インタビューはフランスと日本をリモートでつないで行われた。
CWIが社会に与える効果とはどういうものなのだろうか?
「資金調達は、女性起業家が直面する最大のバリアーです。ベンチャー投資の世界にもイノベーションが求められています。田淵さんが最近立ち上げられたZebras and Companyもそうですが、経験豊富な投資家たちが、女性起業家の仕事の重要性や社会に与えるインパクトに注目するようになったことは、本当に喜ばしいことです。社会課題や環境問題の解決に挑む彼女たちのニーズに合った形での投資が実現するのですから」(サンパイオさん)
単なるアワードではなく、コミュニティづくりを重視しているところがCWIの大きな特徴だと田淵さんはいう。
「もちろん賞金の10万ドルは重要です。ただ、それ以上に、ファイナリストに選ばれると約400人のコミュニティの一員になることができる。私は前職の上司から、投資家が最も優先すべきなのは『起業家に寄り添うこと』だと教えられました。CWIではそれを、関係者一人ひとりが個人として、またコミュニティ全体としても実行していると思います」(田淵さん)
選考の際に重視する点について、田淵さんは次のように語っている。
「市場、戦略、チームなどを含めビジネスが持続可能かどうか、CWIのビジョンにコミットしてくれるかどうかなどを見ています。最も重視するのは、社会に与えるインパクトです。その企業の活動は、どういう人をどのように幸せにするのか、どれほど多くの人にインパクトを与える可能性があるのか。さらに一人ひとりの将来にわたっての幸福度にどの程度大きな影響をもたらすのか。インパクトのリーチと深度を見ます」(田淵さん)
この田淵さんが挙げた『CWIのビジョンへのコミットメント』について、サンパイオさんは次のように補足した。「CWIは他の女性起業家をエンパワーすることに情熱を注いでいます。私たちがそうする理由は、世の中に女性起業家のロールモデルが少ないからです。CWIのコミュニティの一員になる人には、ぜひ互いに手を差し伸べ合ったり、経験をシェアしたりしてほしい。また、次世代の指針となってほしいのです」
多様な背景を持つCWIコミュニティ
Photo: Cartier Women's Initiative
20代前半から60代半ばまで幅広い年齢の参加者がいたというCWIフェローシップ。田淵さんは2021年度の選考で印象深かった起業家に、AIを活用した手話翻訳デバイスを開発しているという、中国出身のナナ・ワンさんを挙げた。
「彼女にとって英語は第一言語ではなく、初回のピッチでは事業の詳細について十分説明しきれていませんでした。中国特有の政府と市場の関係が分かりにくく、審査員としてもインパクトが測りづらかった。でも、中国出身の審査員が、現地のシステムについて背景を補足し、彼女に中国語でより詳しく話を聞いてくれた。その後、彼女はフェローシップ・プログラムでプレゼンや英語のスキルを磨き、2回目のピッチでの説明は格段に明確になっていました。選考プロセスの間に成長を遂げていたのです」(田淵さん)
「ナナさんは確か、フェローシップ参加者のなかでも最年少で、大学の研究プロジェクトを事業に発展させたんでしたよね。まさに、小さなアイデアを大きく育てた良い例だと思います」(サンパイオさん)
審査員の国籍やバックグラウンドが多様であるため、選考の視点も多角的かつグローバルであることがうかがえるエピソードだ。
日本からの応募を期待している
Photo: Cartier Women's Initiative
CWIの今後についてサンパイオさんはこう語る。
「2021年10月からカルティエは、ドバイ国際博覧会(EXPO2020 Dubai)に博覧会とともに『ウーマンズ パビリオン』を出展します。半年間にわたる、女性のエンパワメントに関するプロジェクトです。2022年3月にはCWI初の同窓会を企画しています。15周年を記念して過去の受賞者や関係者が一堂に会し、コミュニティの今後について皆で議論したいと思っています。2022年春に募集を開始する2023年度CWIは応募地域を増やすなど、今後も規模を拡大していきます」(サンパイオさん)
CWIアワードでの活動だけでなく、投資家としても長く女性起業家をサポートしてきた田淵さんは、ジェンダーレンズ投資というものが「社会的インパクト」や「女性支援」という側面からだけではなく、「利益を上げられる」行為としてもっと多くの投資家の関心を集められるようになればと願う。「新しいビジネスチャンス、市場、イノベーションに繋がる可能性を秘めている」と彼は言う。
最後に、サンパイオさんから次のようなメッセージがあった。
「MASHING UPの読者の皆さんに、もっともっとインパクト起業について知ってもらいたいです。また、日本からたくさんのご応募をお待ちしています」(サンパイオさん)
Cartier Women's Initiative
取材協力:Cartier Women’s Initiative, Zebras & Company
ドバイで開幕した国際博覧会に「ウーマンズ パビリオン」がオープン
Photo: ©Cartier
10月1日、新型コロナウイルス感染症の影響により1年延期されていた「2020年ドバイ国際博覧会」が開幕。博覧会とカルティエのコラボレーションによる「ウーマンズ パビリオン」がオープンしました。
「ジェンダーの平等と女性の社会的地位の向上なしに世界全体の持続可能な開発目標(SDGs)と平和で豊かな世界の実現は達成できない」という共通の信条のもと、3月31日までの6か月間、博覧会とカルティエの共同キュレーションによるコンテンツやプログラムを通して、より公平で公正な世界の構築のために、あらゆる分野における女性の完全かつ平等な参加が不可欠であるということを世界に伝えていきます。
「New Perspectives (新しい視点)」と題された展示エリアでは、過去から現在まで、有名、無名に関わらず、変革者として中心的役割を果たしてきた女性についても紹介。パビリオンでは、重要でありながらしばしば忘れられがちな女性の貢献に光を当て、「女性が輝けば、人類・社会全体が輝く」ことを明らかにします。特に、世界が新型コロナウイルスによるパンデミックを乗り越え、より持続可能な未来に向けて取り組んでいる今、女性が社会の発展にもたらす重要な貢献にスポットを当てると同時に、依然として直面している課題を浮き彫りにします。そして世界中から訪れる人々に向けて、意識変革と具体的な協調行動を促していきます。
本連載では引き続き、ウーマンズ パビリオンに関する情報をお届けいたします。

イベント
おすすめ
JOIN US
MASHING UP会員になると
Mail Magazine
新着記事をお届けするほか、
会員限定のイベント割引チケットのご案内も。
Well-being Forum
DE&I、ESGの動向をキャッチアップできるオリジナル動画コンテンツ、
オンラインサロン・セミナーなど、様々な学びの場を提供します。