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望月衣塑子さんに聞く新聞記者の仕事とは。現場で感じた悲しみや怒りをエネルギーに変える

望月衣塑子さん顔写真

菅義偉元首相が内閣官房長官の頃、定例会見で何度も鋭い質問を投げかけたことで注目されるようになった東京新聞の記者、望月衣塑子さん。自らの生い立ちや厳しい取材現場を綴った『新聞記者』(角川新書)は映画化され、Netflixで米倉涼子さん主演によるドラマ化も決定している。望月さんはドキュメンタリー「i―新聞記者ドキュメント―」や各種報道番組にも出演し、活躍の場を広げている。

10月に上梓した『報道現場』(角川新書)では、まさしく現場を駆け回り、葛藤しながら走り続ける様子と、社会の課題、理不尽さを綴っている。そんな望月さんが立ち向かっている問題と、そのエネルギーの原動力について聞いた。

望月衣塑子(もちづき・いそこ)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などを担当し、事件を中心に取材する。経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅官房長官の会見に出席。質問を重ねる姿が注目される。そのときのことを記した著書『新聞記者』(角川新書)は映画の原案となり、日本アカデミー賞の主要3部門を受賞した。著書に『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』(以上、角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)など多数。

2021年の元旦から関わり始めた外国人問題

望月衣塑子さんの手写真

取材対象の決め手は「感性ですね」という望月さん。その感性が、大きな問題へと踏み込むきっかけになる。

2021年の元旦、望月さんが足を運んだのは、生活困窮者へ食事や生活相談を提供する「大人食堂」だ。そこには多くの外国人が訪れていた。外国人労働者の問題は以前より関心があったのだという。

「大人食堂」をきっかけに、外国人労働者を雇うニチイ学館に大規模な雇い止めの事実があったことを知る。

「所持金の1000円を握りしめて大人食堂を訪れたフィリピン女性がいて、その方に話を聞きました。調べていくと、200人のフィリピン女性が契約更新されず、約58人の所在が今もわかっていない。その案件を追いかけているさなか、名古屋出入国管理局でスリランカ出身のウィシュマさんが亡くなったんです

今も調査が進んでいるウィシュマさんの痛ましい事件は、望月さんの心に火をつけた。

外国人問題について語る望月衣塑子さん

交際相手からDVを受けて警察に駆け込んだウィシュマさんは、在留期間を超えたオーバーステイとわかり、入管施設に収容される。だがその後、ものが食べられなくなり、衰弱して亡くなった。DVケアは行われず、点滴や入院などの措置も取られないままだったという。

ちょうど同時期、入管法の改正案が国会に提出されていた。内容は、入管の権限を拡大し、外国人に対する監視と排除をより強くするというもの。

「現時点でも問題の多い施設で、権限を強めたら大変なことになると思いました。改正案が通るのを何とか止めようと、法務委員会の議員に何度も掛け合いました。まずは挨拶に行き、資料を見せて事情を説明していったんです」

最初は警戒心を持っていた議員も、説明をするほど協力的になっていく。メディアやSNS、国会でも取り上げられる機会が多くなり、高校生や大学生によるデモも行われた。

「そこまでやっても、通ってしまうのではないかと思っていた」という望月さんの懸念に反し、5月に廃案が決まった。自著『報道現場』によると、連絡を受けるや否や「やった! やったー!!」と社内をかけ回ったという。

記者という立場を踏み越えてでも、「通してはいけない」という使命感

キリッとした表情で語る望月衣塑子さん

一般的には、メディアを通して問題を広く知らしめるのが新聞記者であるはず。議員に訝しがられながらも接触し、それでも動かそうとしているものは何なのだろう。

「良くも悪くも、私が踏み越えている部分はたくさんあります。今回の場合は『改正案を通してはいけない』という一心でしたね。報道で世の中が変わる部分もあります。でも、すべての議員がニュースを熱心に読んでいるわけではない。報道以外の方法でも伝えていかなくてはいけないと思うんです」

「私一人ではできない」という望月さん。弁護団や学生団体の熱意、移住連などの支援団体(特定非営利活動法人 移住者と連帯するネットワーク)の活動を知るにつれ、地道な活動に対して少しでも助けになりたい、という思いが強くなっていった。

「団体の方たちは、議員に会いたくてもアポが取れないと言っていました。私は記者という特権を活かしてさまざまな方に接触できるので、フルに動いたんです。やりすぎてへとへとでしたが……」

望月さんも、自分の意見がすべて正しいとは思っていない。不法滞在する外国人を取り締まらなくてはならない事情もわかる。ただ、人権に対する意識が希薄なために断たれてしまった命がある——その事実を知って、放っておくわけにはいかないのだ。

現場を知るからこそ、その時の感情がエネルギーになる

穏やかな表情の望月衣塑子さん

そこまでのエネルギーを持って立ち向かう原動力は何なのか。事件のことは前のめりに話す望月さんも、自分のこととなるとふと穏やかな表情を見せる。

「純粋に、理不尽なことへの怒りみたいなものかな。ウィシュマさんの件では、報告書を読むほど涙が止まらなくなってしまうし、『なんで誰も助けてあげられなかったのか』という悔しさが溢れます。おそらくその施設では何かが麻痺していて、見てみぬふりが当たり前になっていたのでしょう」

「そういうものだ」「みんながそうしているから」。そうやって、私たちは麻痺してしまうのかもしれない。多数に紛れず、おかしいことに「おかしい」と言うには、少なからず痛みが付きまとう。

「自分で怒りを持たなくては、何かを突き詰めることはできません。怒りがあれば苦痛な取材も苦痛ではないし、逆にエネルギーになります。立ち向かう力を高めるためにも、現場の声を聞く必要があるんです

正月に訪れた大人食堂では、望月さんと同年代で、故郷に子どもを残して来たイラン人女性と出会った。母親と離れた子どもは、精神的に不安定になり自殺未遂をしたという。一方彼女はコロナで飲食店での働き口がなくなり、危険の伴う夜中の警備をしている。

「私と同世代なのに、生まれた国が違うだけでこんなにも境遇が違う。子どもの自殺未遂などを聞くと胸が締め付けられます。私が親子喧嘩をして『大変だ』などと言っているのとはわけが違いますよね。その差を見てしまうと、他人事ではないと感じてしまうんです

そんな望月さんも、現場に足を運ぶきっかけとなる「感性」は、アップデートしていかなくてはならないと感じている。セクハラ問題などは、望月さんも「そんなもんだ」と問題にしてこなかった反省があったという。

若い人たちは、目をつむらず強烈な問題意識を持っています。私の感性で書こうとするものとかなり違う。それは、私も学ぶところがあるし、自分の価値観を変えていくべきだと思っています」

おかしいものには断固として立ち向かい、自分自身の価値観も柔軟にアップデートしていく。これからもそのパワーで、私たちの知らないさまざまな問題を明るみにしてくれるはずだ。

望月衣塑子さん上半身の写真

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撮影/中山実華、 取材・執筆/栃尾江美、取材協力/KADOKAWA

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