企業において、指導的立場にある女性リーダー人材の割合を示す「女性管理職比率」。少子高齢化が進み労働人口の減る日本では、その割合を増やすことが社会的な課題であるにもかかわらず、政府が「2020年に30%以上を目指す」と2003年に掲げた目標はわずか「平均7.8%」に終わった(帝国データバンク調べ)。出産・結婚・育児・介護などライフステージの変化を受けやすい女性がリーダーとして能力を発揮するには、どんな企業カルチャーが必要なのか。立ち止まって考える段階に来ていると言えるだろう。
2021年11月19日に行われたMASHING UPカンファレンス vol.5では、こうした最新の潮流に欠かせない話題を、第一線で実践しているビジネスパーソンや専門家とディスカッション。その中で「女性リーダーが活躍するカルチャーとは? 心得とホンネ、語ります」のセッションに登壇したのは、グロービスの五十嵐苑子さん、ボッシュの高原美香さん、P&Gジャパンの中野亜耶さんの3人。モデレーターに迎えたPR Tableの久保圭太さんが、実際に女性リーダーとして活躍している3人から成功事例を引き出していった。
自由な環境を与えつつ、成果を出す責任をまっとうさせる
グロービスの五十嵐苑子さん。法人部門で企業の人材育成・組織改革のコンサルティングを行い、経営課題の解決に取り組む。入社前の2011年には、MBA留学のために渡英。その経験を活かし、研修講師として登壇することも。夫と死別し、3歳の息子がいるシングルマザーでもある。
女性社員が全体の60%近くになり、女性の管理職も30%を超えているグロービス。しかし五十嵐苑子さんが入社した2013年当時、法人向けの人材・組織改革コンサルティング部門には、女性でリーダークラスを務めている人はいなかった。自身がいざリーダーに昇進したことを機に、「突出した“個”を持つメンバーを力強く牽引するリーダーに果たして自分はなれるのだろうか」と悩み始めた五十嵐さんは、やがて自身のリーダー像を「1+1=3以上」にする存在、と定める。
「実際にその立場になってみて、リーダーにふさわしいのは一人で何でもできる人ではなく、メンバーの力を引き出して、その化学反応で“1+1”を3にも4にも5にもできる存在だという思いに変わりました」(五十嵐さん)
背景にあるのは、先が見えない世の中で、誰かが唯一絶対の解を持っているわけではない時代において、 “個”を活かすダイバーシティ&インクルージョンの重要性がどんどん広がってきた社会情勢。加えて「自由と責任」を両立させるグロービス独自の企業カルチャーが、リーダーとしての五十嵐さんを後押ししたという。
「グロービスは性善説に則った事業運営をしており、ルールが最低限しかないんです。代わりに“グロービス・ウェイ”という経営理念で従業員を一体化させている。自由が与えられている一方で、成果を出すことに責任がともなうんですね。このバランスをうまくつくるのが、性別を問わず多様性を持った“個” が、単にバラバラに動くのではなく、活躍して成果を出すうえで大切なのかな、と思っています」(五十嵐さん)
与えられた「自由」には、成果という最大のアウトプットを出す「責任」がともなう——。その両方を謳歌しようと五十嵐さんが念頭に置いていたのは、リーダーシップ開発・経営チーム強化コンサルタントに従事するプロノバ代表取締役社長・岡島悦子さんが提唱した「キャリアの早回し」だ。
「岡島さんの記事に感化され、ライフイベントを念頭に、20代のうちから『他人より早くキャリアアップしよう』と意識して行動してきました。MBA留学から帰国し、グロービスに入社した当初から『私、早くマネージャーになりたいんです』と宣言していました。上司もそのつもりで機会付与しながらサポートしてくれていたと思います。これは一例であり、逆に『今はスローダウンしたい』というのも当然ありです。こうした自分のキャリアは自分で決めるという土壌が、グロービスにはあります」(五十嵐さん)
リーダーとしての五十嵐さんは「対話型」だ。ハードな側面のあるコンサルタント業では、意識的に会話の機会を設けている。女性がリーダー昇進に対しておよび腰になってしまう理由のひとつを「責任感の強さ」と分析する五十嵐さんは、「仕事もプライベートも、すべて自分でしっかりやらなきゃ」という意識を変えてもらうために、「もっといろんな人の力を借りて、頼っていい」というメッセージを部下に根気よく伝えている。
「人生において何を成し遂げたいか、何を強みとして社会に携わるのか、もう一度改めて噛み締めていただきたいですね。私、実は昨年夫を病で亡くしたシングルマザーなんですが、色々な人に支えてもらっています。仕事においてもプライベートにおいても、『ここは自分の手でやりたい。でもここから先は他人の手を借りよう』と線引きすると、自分一人の力でできる以上のことが達成できるので、リーダーとしての仕事も楽しくなり、自己実現を進められるのではないでしょうか」(五十嵐さん)
新しいリーダー像の実践で、昇進に対する女性の心理的ハードルを下げる
ボッシュの高原美香さん。新卒入社後、HRビジネスパートナ―として複数の事業部における人材戦略や新規事業部門の立ち上げに携わる。その後、系列のボッシュエンジニアリングに人事責任者として出向。現在は本社に戻り、グループ共通研修の導入・実施、日本独自のニーズに合わせた研修の企画・運営などを行う。
自動車部品や電動工具のメーカーとして知られるボッシュで、人材育成のマネージャーとして働く高原美香さんは、自身のリーダーぶりを「羊飼い」と称する。
「強烈なビジョンを打ち出して部下を牽引するカリスマではなく、話を聴いたり、時にはブレスト相手になったりしながら、みんなの背中を押していくイメージです。周りをアシストして、自分もサポートしてもらいながら前に進んでいくタイプですね」(高原さん)
こうしたリーダー像にたどり着いたのには、理由があった。これまで採用や評価といった人事プロセスに従事してきた高原さんにとって、人材育成は初めて取り組む職域。知識や経験が自身よりはるかに長けた部下を抱えることになったからこそ、羊飼い型のリーダーが誕生したのだそうだ。
「実務能力や経験値で引っ張っていけない局面を目の当たりにして、部下へのアプローチを考える必要がありました。みんなに協力してもらいながら、私自身はメンターやコーチとして機能していけばいい。そういう形に落ち着いたのは自然なことでしたね」(高原さん)
新しいリーダー像が認められた背景には、「ダイバーシティやインクルージョンに注力してきたボッシュの社風が関係しているのでは」と高原さんは分析する。
「ボッシュはドイツに本社を置く企業で、外国人の従業員がたくさんいます。仕事をするうえでも海外との繋がりが多いので、性別はおろか国籍にとらわれることもないんです。その機運が女性活躍のシーンにもうまく適用されているから、マネージャーに昇進してからも各自の方法論が尊重されるのかもしれません」(高原さん)
「羊飼い型のリーダー」を自認する高原さんは、従来と異なるリーダー像を実践することで「マネージャー昇進に対する女性の心理的なハードルを下げたい」と語る(写真右)。
従来と異なるリーダー像を自身が実践することで、「マネージャー昇進に対する女性の心理的なハードルを下げたい」と語る高原さん。プロセスやワークフローを整えれば、サービスの質を下げずとも、また子どもや介護を要する家族がいたとしてもリーダーになることは可能だという。「まずは私自身の周りから、どんな人でもマネージャーになれる環境をつくっていきたい」と意気込む高原さんの見据える未来は明るい。
「能力がある人を、若いうちからどんどん昇進させるのが現在のトレンド。今後ますます“できる”若手がリーダーになるケースが増えるのではないでしょうか。これまでは、子育て中の女性社員がマネージャーになるにあたってぶつかる壁をどう考えるか……といった議論が多かったと思いますが、おそらくこれから順序が逆になります。つまり、早く昇進した若手が育児や親の介護をする時に、会社としてどんなサポートができるか。そういった話題にシフトしていく気がしますね」(高原さん)
こうした柔軟な企業カルチャー醸成のもと、「自分らしさや強みを活かしてマネージャー業に従事する方が、周りもハッピーですよね」と女性リーダーの増加を促す高原さん。オーディエンスに前向きなメッセージを贈り、セッションを終えた。
フレキシブルな社内制度と企業カルチャー活用を促す「1on1」
P&Gジャパンの中野亜耶さん。2008年に新卒入社後、日本とシンガポールで生理用品ウィスパーのブランドマネージャーとして経験を積む。2014年にディレクター昇進後は、多岐にわたるプロジェクトを手がける。2016年に第一子を出産し、復職に際して神戸本社に異動。1年半ほど子連れ単身赴任を行う。2019年に第二子を出産し、2020年4月より現職のおむつブランド・パンパースのディレクター職に就いた。
昇進を機に「リーダーは多様であっていい」という気づきを得たP&Gジャパンの中野亜耶さんも、ボッシュ・高原さんの「自分らしいリーダー像の実践」という意見にうなずく。新卒で入社したP&Gのマーケティング部門では、ブランドをひとつの独立した“会社”のように扱うため、配属された当初から「ブランドの事業責任者」という自覚を求められる。しかし、結果を出さなければいけないプレッシャーに対して強烈なカリスマ性を発揮することができずにいた中野さんは「リーダーシップに欠ける自分がコンプレックスだった」と振り返る。
ところがブランドディレクターになって部下を持ち、他部署のチームをリードする立場になると、その劣等感は払拭される。
「メンバーのよいところを引き出して伸ばし、人間関係をうまく構築して化学反応を生み出す方が、私には向いていました。自分の強みを活かせるリーダーシップに切り替えたんです」(中野さん)
この方針転換を後押ししたのが、Forbes JAPANが主催する「Forbes JAPAN WOMEN AWARD」を5回連続で受賞したP&Gジャパンの社風。「女性をマイノリティとして扱わず、みんな同じ土俵に立ち“結果”で評価される前提があるんですよね」と中野さんは語る。特に助けられたのは、フレキシブルな社内制度と企業カルチャーだそうだ。
「評価に値する結果を出すまでの道のりは、個人に任されているんです。フレキシブルに自分が働きやすい形で成果を出していけばいい。それがDNAとして骨の髄から染みついています。社内制度も早くから在宅勤務を導入し、コアタイム以外は働く時間を自分で決めてよいなどサポートが整っています」(中野さん)
一方でこうした恵まれた環境を活用できるかどうか、中野さんは「上司との関係性が重要」と話す。いくら制度があって、フレキシブルな企業カルチャーが広がっていても、直属となる上司の理解がなければ宝の持ち腐れ……というわけだ。しかしP&Gジャパンでは、部下に裁量権のある「1on1」(面談)で、上司と意見のすり合わせができるという。
「部下がどういうキャリアを描いているか、何につまずいているか、目標やゴールを達成し結果を出すために会社はどんなサポートをすればよいか、こうした議論が当たり前になっているので助けられました」(中野さん)
このP&Gジャパン式「1on1」に加えて重要なのが、「昇進に対する女性ならではの“傾向”を、人事やマネージャーが把握しておくことですね」と中野さんは強調する。
「昇進のチャンスがあった時、男性は自信がなくても挙手します。一方でその男性と同じくらいの能力だったとしても、女性はどこか一歩引いてしまう。この傾向を踏まえたうえで、フェアな目で“誰がリーダーにふさわしいのか”考え、女性にもオポチュニティー(機会)を与えるのが重要です」(中野さん)
「その先にある成功体験を早く積ませてあげることで、昇進に対する心理的なハードルは下げられると思いますね」と自らの実感をもとに女性リーダーの登用を訴える中野さんは、今後ディレクターとしてどのような地平を目指すのか。そう尋ねると「スローダウンしたキャリアのアクセルをもう一度踏み直したい」という答えが返ってきた。
「ここ数年で出産・育休が続き、異動によって子連れ単身赴任を経験するなど、キャリアをスローダウンしなければならない場面がありました。いまやっと夫と一緒に住めるようになり、子どもが小学校に入学するタイミングになって手が離れてきました。ここでもう一度アクセルを踏んで、海外転勤やより多様なチームを率いる立場として働いていきたいです」(中野さん)
talentbookで女性リーダーのロールモデルを打ち出す
PR Tableの久保圭太さん。前職で女性が多い部署のマネジメントを経験し、女性が活躍できる企業カルチャーや制度づくりの重要性を実感する。現在は企業で働くビジネスパーソンに焦点を当て、活躍のストーリーを社内外に発信するプロダクト「talentbook」のPRに従事。グロービス、ボッシュは同サービスを活用し、コンテンツ発信を続けている。
女性リーダーとしての葛藤から活躍にいたるまで、三者三様の事例を明かした五十嵐さん・高原さん・中野さん。若手女性ビジネスパーソンのロールモデルとなるであろう彼女たちのような存在のストーリーやノウハウを公開しているのが、PR Tableが提供している「talentbook」というプロダクトだ。
①記事をつくり、②社内外に公開・発信し、③計測・分析を繰り返すことで、企業カルチャーの発信を一気通貫で行うことができる本サービスの活用方法は、多岐にわたる。たとえば採用シーンでは、コンテンツに触れた採用候補者に人的魅力を伝え、歩留まりの改善やミスマッチの防止に繋げることが可能だ。今回のケースでいえば、女性の採用候補者にロールモデルとなる社員の記事を読んでもらい、リーダーとして活躍している入社後のイメージを具体的に抱いてもらうことができるだろう。
このほか、自社プロダクトやサービスの情報発信、社内外のステークホルダーに対するビジョン理解の促進に加えて、従業員のエンゲージメント向上(働きがいの醸成)にも訴えかける。
talentbookに掲載されているストーリーのように、リーダー像も、キャリアの描き方も、もっともっと柔軟でいい。そう思わせてくれるセッションだった。
MASHING UPカンファレンスvol.5
女性リーダーが活躍するカルチャーとは? 心得とホンネ、語ります
久保 圭太(PR Table PR室マネージャー)、五十嵐 苑子(グロービス ディレクター)、高原 美香(ボッシュ 人事部門 ボッシュトレーニングセンタージャパン マネージャー)、中野 亜耶(P&G ジャパンベビーケアブランドディレクター)
撮影/中山実華 、文/岡山朋代
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