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CONFERENCE:MASHING UP vol.5

最初の一歩は「一人の声」。常識をくつがえし、よりよい社会をつくるイノベーションの起こし方

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既存の商品やサービスの提供にとどまらず、新しい価値観を生み出し、社会をよりよく変える。これからの時代に求められる企業の姿とは、そういうものではないだろうか。

2021年11月19日開催の「MASHING UPカンファレンス vol.5」にて行われたセッション「常識をくつがえせ。よりよい社会をつくるイノベーション」では、イーデザイン損害保険 CMOの友澤大輔さん、貝印 次長の齊藤淳一さん、ZENB JAPAN 代表取締役社長の濱名誠久さんが登壇。世間や企業の常識と闘いながら、新しい価値観を生み出そうと模索する3人が、ポジティブなイノベーションの秘密を語り合った。

「事故に遭わない社会」という未来を、生活者とともに実現したい

1804年創業のミツカングループの子会社であるZENB JAPAN、1879年に創業された東京海上グループの傘下にあるイーデザイン損害保険、1908年創業の貝印と、歴史ある企業のキーパーソンが集まった本セッション。いま“常識”に囚われない新しい価値観が老舗企業から生まれてきていることは、決して偶然ではないようだ。

「我々3社の共通点は、企業としてどうあるべきか、社会とどう向き合っていくのか、どのように他企業や自治体、生活者と共創していくのかを常に考え続けていることではないか」と話すのは、セッションのモデレーターをつとめたイーデザイン損害保険 CMOの友澤さん。

イーデザイン損害保険 CMOの友澤大輔さん

イーデザイン損害保険 CMOの友澤大輔さん。「従来の保険の“全部”を変えていきたい」と、新商品「&e(アンディー)」に込めた思いを語った。

「自動車保険は中身が見えにくい商品なので、契約者から選ばれるためには価格と認知の競争が熾烈になる。それがすべて保険の料金や内容にかぶさってくる現状をなんとか変えたいというのが、新商品『&e(アンディー)』開発のきっかけでした」(友澤さん)

&e」は本セッションのまさに前日、2021年11月18日にローンチされた新たな自動車保険。イーデザイン損保がパーパス(存在意義)として掲げる「交通事故のない世界の実現」に向けて、さまざまなテクノロジーと保険を組み合わせた「インシュアテック」と呼ばれるサービスである。

契約者は無償で提供される手のひらサイズのIoTセンサーを車に設置し、「&e」のスマートフォンアプリと連携して使用する。事故の際はIoTセンサーが自動で衝撃を検知し、スマホから1タップで事故の連絡をアシスト。事故状況はセンサーやGPSのデータをもとに動画で再現されるため、保障などの対応の迅速化が可能となった。

さらに、“データで安全を作る”という趣旨に賛同する契約者や企業、渋谷区や浜松市などの地方自治体ともに、データを活用した事故削減の取り組みSafe Drive With」を始動。運転データをもとに事故の危険が潜むエリアを通知したり、ウェアラブルデバイスと連動し、健康面から運転をサポートしたりもできるという。

「まだニュースリリース前ですが、10月にシリコンバレーから上陸したマイレージアプリ『Miles(マイルズ)』のエンジンを使い、移動でマイルがたまるサービス『ノルク』もスタートします。事故に遭わない社会という未来を、生活者である皆さんと共創したい。改めてそのパーパスと向き合いながら、会社全体を変える取り組みをしているところです」(友澤さん)

目指すのは、これまでの通販型自動車保険会社ではなく、「インシュアテック保険会社」。従来の保険の“全部”を変えていきたいと、友澤さんは言葉に力を込める。

「野鍛冶の精神」でお客様一人ひとりの声に光を当てる

貝印 次長の齊藤淳一さん

貝印 次長の齊藤淳一さん。体毛処理の多様性を発信した「#剃るに自由を」という斬新な広告アプローチの背景を語った。

2020年8月、「MAGNET by SHIBUYA109」に設置された貝印の巨大広告が、行き交う人の目を釘付けにした。CGで作られたバーチャルヒューマン「MEME(メメ)」が頭の上で両手を組み、自然に生やした脇の毛を堂々と見せる「ムダかどうかは、自分で決める。」というキャッチコピーと、「#剃るに自由を」という印象的なハッシュタグ。この広告を世に送り出したのが、グローバル刃物メーカーの貝印で広報宣伝部次長をつとめる齊藤さんだ。

齊藤さんは20世紀FOX映画(現20世紀スタジオ)にてインターネット黎明期のマーケティングを担当後、スウェーデン発のクリエイティブエージェンシーGREAT WORKS上海支社COOを経て、貝印に加わった。

「貝印がGREAT WORKSを買収した縁で、2016年から貝印の広報宣伝部に移籍しました。貝印は今年で創業113年目の総合刃物メーカーで、非上場のファミリーカンパニー。この5月に新社長となった4代目の遠藤浩彰は36歳。かなり若い体制で次の100年を目指すべく、色々なチャレンジをしています」(齊藤さん)

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カミソリを販売する側の貝印が、「毛の剃り方はもっと自由でいい」と体毛処理の多様性を発信する──。意外なメッセージの背後には、貝印の「野鍛冶の精神」があったと齊藤さん。

使う人の用途や癖までを理解し、ものづくりに活かす「野鍛冶の精神」が、岐阜県関市の刃物ならではの特長としてあり、貝印は、そうしたお客さま一人一人の求めに柔軟に対応する姿勢を受け継いできました。日本には“女性は体毛をツルツルに剃り、男性は残す”というある種の固定観念がありますが、2019年ごろからSNSなどで違和感を訴える声を目にするようになりました。そこでアンケート調査をしたところ、9割以上が『ファッションや髪型のように、剃る・剃らないを自由に決めたい』と考えていることが判明したのです。そこから従来の固定観念を見直してみようというコミュニケーションが生まれました」(齊藤さん)

2021年4月からテスト販売を開始した「紙カミソリ ® 」も、従来の常識を覆すアイデア商品だ。年間160億本作られるというカミソリのほとんどはプラスチックでできている。製造と廃棄の観点から環境負荷を低減しようと、世界初の紙と金属でできたカミソリの実現に取り組んだという。

ノウハウのない紙製カミソリの製品化は苦労の連続で、まさに挑戦だったと齊藤さん。しかし、使い切りだから清潔・快適で、ジェンダーニュートラルなデザインを取り入れた「紙カミソリ®」は話題を呼んだ。ある海外メディアの公式TikTokにアップされた組み立て動画は「折り紙のようで楽しい」と海外でも人気を博し、1800万回の再生を記録したほどだ。

人の健康も、地球の健康も大切にする老舗企業の挑戦

ZENB JAPAN 代表取締役社長の濱名誠久さん

ZENB JAPAN 代表取締役社長の濱名誠久さん。従来とはまったく違う方法で生まれたZENBというブランドについての思いを語った。

ZENB JAPAN 代表取締役社長の濱名さんは、ミツカンの営業本部、MD企画部、戦略企画部などを歴任後、株式会社MizkanのCOOに就任。「お酢のチカラ」キャンペーンを主導し、酢の需要を大きく拡大した立役者として知られる。

「かれこれ4~5年前に、オーナーから『ちょっと新しいことをやってこい』と言われて始めたのがZENBです。ZENBではふだん食べずに捨てている野菜の皮や芯まで、可能な限りまるごと使う。そうするとトウモロコシなどは1.5倍くらい原料が増えます。

やはり今の時代、人の健康と同じように地球の健康も考えていきたい。実はミツカン自体も、捨てられていた酒粕からお酢を作り始めたのがルーツです。この歴史を未来にどうつなげていこうかということも考えながら、ZENBというブランドを立ち上げました」(濱名さん)

ZENBが目指すのは「おいしいとカラダにいいがひとつになる食生活」。まるごと野菜のスティックやペースト、ベジクッキングソース、豆100%のパスタなど、次々と新商品を送り出している。

ミツカンで副社長をしていた濱名さんだが、ZENBはミツカン内の事業にはせず、あえて別の組織にした。仲介業者や店舗販売をすることなく、自社のECから直接販売するDtoCのビジネスモデルを選んだことも大きな挑戦だったと振り返る。

「ミツカンは当然マスマーケティングなので、違うやり方をやってみようじゃないかと。新しい組織、新しい人、新しいやり方。別の組織にすることで、全く新しい未来を作っていくんだという考え方があった」(濱名さん)

ZENBの事業は日本だけでなく、イギリスと北米でも同時にスタートさせている。実はグローバルで共通した食のブランドというのは数少ない、と濱名さん。

「何がチャレンジかって、実は私、英語がからきしで。イギリスでは『しゃべれないのに』と思いながら人を採用し、ようやくスタッフが150人くらいになりました」と、笑顔を交えながら試行錯誤の日々を語ってくれた。

「一人の声」にはパーパスやミッションを超える力がある

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セッションの最後には、登壇者のトークの内容を視覚的に表現したグラフィックレコーディングが披露された。

ベネッセコーポレーション、ニフティ、リクルート、楽天、ヤフーなどを経て、今年の4月にイーデザイン損害保険に参画した友澤さんは、これまで多くの企業の「変革のタイミング」に関わってきた人物だ。

「“このワードがよく出る会社は大企業病に陥っている”と私が思うのが、ハレーション(他への悪影響)という言葉です。このセッションのテーマは“常識を覆せ”ですが、長い歴史を持つ企業では、新しい取り組みをすると反発も大きい。貝印さんやミツカンさんも老舗ですから、社内でチャレンジングな取り組みを通すのは大変だったのでは?」と、友澤さんが2人に問いかけた。

「貝印の場合はお客様の声を第一とする『野鍛冶の精神』があったので、社内で提案するときはそこを大事にしていましたね。定量的なデータよりも、SNSで見かけた1人の強い声が、社内で稟議を通すときのインパクトになった。

それと、うちにはTwitterのような社内SNSがあって、そこでの意見もよく取り上げています」(齊藤さん)

「オンラインだけで始まったZENBでの悩みは、『オンラインだから当然売れるだろう』といった声です。そんなに簡単には立ち上がらないので、『いつまで経っても売れないね』みたいな話になってしまうのがつらかった。

そこで何をしたかというと、組織をすごくフラットにすることと、現場というかお客様の声を大切にすること。貝印さんと重なりますが、やはり生の声に勝るものはない」(濱名さん)

2人の話に友澤さんも大きく頷く。

「データドリブンと言われるが、社内では真逆のエピソードトークの方がけっこう大事。1人のお客様がこんなことを言っている、ここを変えなくてはいけない——そういった話のほうが、皆のモチベーションが上がって自発的に動く流れができたりしますよね」(友澤さん)

成功を積み重ねてきた企業であるほど、社内の常識を覆すことは難しい。チャレンジの推進力となるのは、お客様や社内の仲間、一人ひとりの“生の声”だ

ブランドパーパスやミッションも大切だが、最初の一歩につながる「一人の声」を聞き逃してはいけない。そこからたくさんの人や企業へと横の繋がりをつくっていけば、ひとりの情熱がどんどん広がっていくはず——。

クロストークで3人が交わしたのは、地道かつ熱いイノベーションの起こし方。「データドリブンという算盤の世界と、『これをやりたい』というロマンの部分。その両方がないと、社会は前に進まない」という友澤さんの言葉で、刺激的なセッションは締めくくられた。

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MASHING UP conference vol.5

常識をくつがえせ。よりよい社会をつくるイノベーション

友澤 大輔(イーデザイン損害保険 CMO)、齊藤 淳一(貝印 次長)、濱名 誠久(ZENB JAPAN 代表取締役社長)

撮影/俵和彦、文/田邉愛理

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