画像/MASHING UP
SDGsやESG経営が声高に叫ばれ、若者は「自分の仕事は社会的にどんな意義があるのか?」で仕事を選ぶ時代。豊かなUX(ユーザー体験)をつくりだし、社会によい影響を及ぼすためには、様々な立場のステークホルダーと対話しながら価値を生み出す「共創」が不可欠だ。
2022年3月に開催されたMASHING UP SUMMIT2022のセッション「共創 × 利他的UX = ソーシャルイノベーション」には、イーデザイン損保 取締役社長の桑原茂雄さん、千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科教授の安藤昌也さん、モデレーターとしてZアカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一さんが登壇。多様なまなざしで新しい社会をつくる「共創」の可能性を語り合った。
UXデザイナーは「時間」を扱う専門職
千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科教授の安藤昌也さん。UX研究の第一人者として知られる。
撮影/中山実華
セッションのタイトルとなった「利他的UX」とは、消費者が利他的になるUX(ユーザーエクスペリエンス)のデザイン、つまり“誰かを助けたくなるデザイン”のこと。日本で最初にUXで博士号を取り、UX研究の第一人者として知られる安藤さんは、2013年からこのテーマに取り組んでいる。
イーデザイン損保の桑原さんは「生まれ変わったらUXデザイナーになりたい」と語るほど、UXを重視しているという。「UXデザイナーに必要な資質を知りたい」と尋ねる桑原さんに、安藤さんがもっとも重要な視点として挙げたのが「時間軸」だ。
「UXデザイナーは時間を扱う専門職で、ユーザーの心の変化、その時間軸をデザインしていると考えています。
UI(ユーザーインタフェース)は瞬間が大切ですが、UXはサービスなので、もっとロングスパンの時間を考える。少なくとも自分の心の変化を、いろんなスパンで説明できる能力が必要ですね」(安藤さん)
安藤さんの言葉に「なるほど、ジャーニーをデザインするということですね」と腑に落ちた様子の桑原さん。伊藤さんも「時間の経過という概念を入れながら、どう人々が変わってくるかを考える。それがUXデザインのポイントなのかもしれない」と頷く。
ソーシャルグッドへの気づきをいかにユーザーに与えるか
ここで安藤さんがスライドで見せてくれたのが、商品と関連する情報の関係を示した三角形だ。
ソーシャルグッドへの気づきを与える情報伝達。従来、はじめに消費者から見えるものは商品そのものだったが(左)、それがパーパスや自分とのつながりという切り口が見える(右)というように変わってきている、と安藤さん。
©️Masaya Ando
従来の形(消費目的達成型モデル:左図)では、たとえ社会によい影響を及ぼす商品やサービスを作っても、消費者からは“自分とのつながり”が見えにくい。見えたとしても、企業からの「こうしてほしい」という依頼情報の方が際立って、一方的な印象になってしまう。
「しかし三角形を120度回転させる(右図)と、社会とのつながりがあり、商品を支える会社や『中の人』がいて、その商品を買うことで自分もつながりを支えるひとりになれる……と、見え方ががらりと変わるんです」(安藤さん)
ユーザーと社会のつながりをデザインでどう見せていくかというのは、安藤さんの長年の課題。ところが先日、イーデザイン損保の自動車保険「&e(アンディー)」のウェブサイトのトップページを見たところ、「これがもう“まんま”だったんです」と安藤さん。
「&e」のキービジュアルは、自動車が行き交う“ちょっと未来”の街を俯瞰したもの。ひと目で「自分と社会とのつながり」を感じさせることに驚いたと話す。
「自分、みんな、社会」のレイヤーで“事故のない世界”を目指す
イーデザイン損保 取締役社長の桑原茂雄さん。「みんなで事故のない世界を創る」というビジョンのもと、新しい保険「&e」をローンチした。
撮影/中山実華
2021年11月にローンチされた「共創する自動車保険 &e」のミッションは、テクノロジーを介してみんながつながり、事故のない世界を実現すること。その構造は安藤さんの三角形と同じように、「自分、みんな、社会」という3つのレイヤーになっていると桑原さんは語る。
“自分”のレイヤーでは、ユーザーは小型のIoTセンサーを車に取り付け、スマホのアプリとリンクさせることで、日々の安全運転のサポートを受けられる。センサーが衝撃を検知した場合には、プッシュ通知から1タップで24時間365日いつでも事故連絡が可能に。日々の運転を計測して「安全運転」が続くとポイント(ハート)がたまり、コーヒーなどのリワードを受け取れる。
“みんな”のレイヤーとしては、両親など家族の運転状況をアプリで共有する機能がある。運転の頻度や安全運転ができているかを確認できるので、家族で安全運転への意識を高められるのがメリットだ。
そして“社会”のレイヤーでは、利益の一部を寄附して交通インフラの整備に役立てる。また、センサーに蓄積された匿名の運転行動データを分析し、事故防止のための情報としてシェアするなど、事故のない世界の実現に向けて具体的にアクションしていくという。
Zアカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一さん。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長として、学生たちと寮生活を送っているという。
撮影/中山実華
「こうして&eの構造やキービジュアルを拝見すると、完璧に安藤さんがおっしゃった“新しい三角形”になっている。ただ、ちょっと聞きづらい質問ですが、“自分とみんな”までは大事だけれど、3番目のレイヤーである“社会=事故のない世界の実現”までは実感がないというか、そこまで関心がないという人もいるのでは?」(伊藤さん)
「お客様の声としては、“社会”に対して自分でアクションを起こすのはハードルが高いと。しかし自然に運転していて、そこで吸収される程度のアクション——つまり『知らず知らずのうちに世の中に役立っている』というのは、すごく嬉しいというご感想をいただいています」(桑原さん)
「なるほど、お客様からすると、その保険を選んだことの“Why”が明確になる。まさに“誰かを助けたくなるデザイン”、利他的UXそのものですね」(伊藤さん)
安藤さんによると、多くの消費者は、企業が考えているよりも「世の中をもっとよくしたい、誰かの役に立ちたい」という想いを抱いているという。
消費行動に際して、「せっかくだったら」と思える社会貢献のフレイバーがあり、それが「自分・みんな・社会」という見え方をしていると、消費者にとっては選びやすくなる、と安藤さん。これは、これから求められるサービスや製品のひとつの形となっていきそうだ。
ソーシャルイノベーションを推進する3つのポイント
ソーシャルイノベーションの原動力は? 3人のトークから、そのヒントが見えてきた。
撮影/中山実華
「&e」が目指す「みんなで事故のない世界を創る」というビジョンは、従来の保険とは大きく違う。「一体どうやってそこに辿り着かれたんですか?」という伊藤さんの疑問に対し、桑原さんはこう語る。
「お客さまの本当のニーズを考えると、事故があったときに安心というよりも、事故そのものをなくすことだと。
保険はサービス内容やイメージが類似しやすく、コンサルタントに助言を求めてもすぐに機能の差別化の話になってしまう。そこから脱却するには、もっと深い、お客さまの深層心理に近いところに行くべきだと、あるとき閃いたんです」(桑原さん)
その閃きが出発点となり、会社のメンバーと「これが保険会社の存在意義ではないか」と言えるところまで、徹底的に話し合ったという桑原さん。
フラットに「グダグダと」たくさん議論を重ねることで、イノベーションが生まれることがある、と伊藤さん。
撮影/中山実華
その経緯を聞いた伊藤さんも、「とにかくみんなでフラットに話しまくることが大切だ」と共感を示した。
「“そもそも”とか“なぜ”といった、Whyのところを議論する時間が必要。私が学部長をしている武蔵野大学のアントレプレナーシップ学部は、1年次に寮で生活するのが決まりで、私も寮に住んでいます。
そこでの使命は、授業ではないところで“話す場所”を提供すること。授業だとインタラクティブとはいえ一方通行になるけれど、寮だと、とにかくグダグダ話せる。それが学生の成長につながっているところがありますね」(伊藤さん)
セッションを振り返り「単純にテクノロジーでイノベーションが起きるのではなく、社会構造そのものが変わるのがソーシャルイノベーション。今日はその原動力となる、いくつかのポイントを提示できた」と伊藤さん。
まずは時間軸。そしてプロダクトではなく、“社会とのつながり”を見せる三角形に基づいてデザインしていくこと。最後に、Whyを問い続けるためにも、みんなでとりとめなく話す時間を大切にすること。
一人ひとりが「自分、みんな、社会」という多様な視点を持つことで、ソーシャルイノベーションは現実味を帯びていく。そんな明るい展望を見せてくれたセッションだった。
撮影/中山実華
MASHING UP SUMMIT 2022
共創 × 利他的UX = ソーシャルイノベーション
安藤昌也(千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科 教授)、桑原茂雄(イーデザイン損保 取締役社長)、伊藤羊一(Zアカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長)
[イーデザイン損保]
執筆/田邉愛理
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